23.「アーティファクト」
「何を言ってるんだ、リック?」
僕の問いに、リックは微笑む。
「何って、そのままの意味ですよ?
カナンさんは、ぼくたちのことを裏切ることのできない魔法に囚われています。
裏切れば、即座に死に至るでしょう。
ぼくは、カナンさんに治療を受けている。
カナンさんに死なれるのは困る。
そのための監視者です」
リックは、そのまま、ミューズの拘束を解く。
ミューズは、ミスリルのプレートメイルやチェインメイルを身に着けていなかった。
就寝時の動きやすい服装だった。
彼女も寝ているところを拉致されたのかもしれない。
「そして、聖騎士さん。
もし、あなたがカナンさんを連れて逃げたとしましょう。
そうすれば、カナンさんは、ぼくの治療を続けられなくなる。
これは、ぼくたちに対する裏切りに当たる。
裏切り者には、死が待っている」
ミューズは、縛られていたせいで節々が痛いのか、伸びをする。
伸びをした後で、リックを睨みつけた。
「君も、あの暗殺者の一味ってわけかい?
私を解放したことを、後悔することになるよ?」
リックは、両手を広げ、余裕の表情を見せる。
「まだ解放していませんよ?
あなたたちが解放される唯一の道は、聖騎士さんが、ぼくを殺すことです。
そうすれば、カナンさんは僕を治療するという義務から解放されます。
けど、光の教会の方に、殺しは禁忌であると聞いています。
特に、僕のように、病弱で、人殺しをしたことのないような人間を殺すのは」
ミューズは、銀色の眉をひそめる。
「私に出来ないとでも?」
「ええ。できませんね。
聖騎士にとって、禁忌を犯すことは、神との契約を破ることを意味します。
それは、信仰上の問題も出てくるでしょうが、現実の問題も出てきます」
信仰上の問題とは、罪を犯すことで、神に来世での生命を与えられなくなること。
現実の問題とは、神聖魔法を使えなくなってしまうこと。
ミューズにとって、殺人は二重の禁忌になっているのだ。
ミューズは歯ぎしりをして、拳を握りしめる。
リックは終始、にこやかで、ミューズに握手を求めるためか、右手を差し出した。
「あえて挑発するような言い方をしましたが、ぼくたちの教会は、あなた方の教会のように『右手に聖書、左手に剣』を実践しているわけではないんです。
できれば、仲良くしたいと思っているのです」
しかし、ミューズは、その手をはたく。
パン、と、乾いた音が辺りに響いた。
リックは肩をすくめ、手をさすりながら、部屋を出て行く。
「あ。聖騎士さんの部屋は、カナンさんの隣をお貸しします。
あそこは空き部屋ですから、ご自由にお使いください」
振り返りもせず、そう言って出て行った。
後には、僕とミューズだけが残された。
僕は、何と言っていいかわからず、とりあえずミューズに労いの言葉を掛けようとした。
が、掛ける前に抱き付かれた。
「カナンッ!
よかった! 心配した!
もう、二度と会えないかと思った……」
最後の方は、涙声になっていた。
僕は、子供でもあやすかのように、頭を撫でてやった。
ミューズは、僕の胸に頭を埋めてくる。
こんなに涙もろい子だとは思わなかった。
出会った時には、いきなり剣を突き付けられたし、口調は凛々しい感じがするし。
僕は、イメージとのギャップに少し戸惑いながら、ゆっくりと頭を撫でてやった。
どれだけ、経ったろうか?
ミューズは、多少しゃくるような声を出していたが、落ち着いてきたようだ。
今までのことを、そのままの姿勢でポツリポツリと語り出した。
僕が忽然と姿を消したことに気付いたミューズは、しばらくはグレッグの護衛を続けながら、グレッグ邸の周囲を捜索した。
しかし、全く手がかりが出てこない。
グレッグの護衛をしたままでは捜索は不可能と判断したミューズは、教会に掛け合い、僕の捜索を申請した。
その破格とも言える提案が通ったのは、グレッグが容認してくれたこともあるが、グレッグたちの証言により、僕がアーティファクト認定を受けたからだった。
アーティファクトとは、そもそも、その時代の技術では作れない物を指す言葉である。
異界の知識を危険視する勢力が、教会内にもいるということだろう。
そして、その捜索隊の一人として、ミューズが抜擢された。
僕の顔を知るのは、教会関係者ではミューズしかいないのだから、当然と言えば当然だ。
グレッグには、別の聖騎士が護衛として派遣された。
暗黒教団の暗殺者が僕を拉致したのだろうとミューズは思っていたが、どこに連れ去られたのかまでは見当もつかなかった。
暗黒教団が隠れ里を持っているという噂は聞いたことがあったが、隠れ里と言うくらいだから、実際の場所など分からない。
しかし、ミューズには手がかりがあった。
ティアの落としていったミセリコルデだ。
武器職人を虱潰しに当たっていくことで、少しづつ、アルデンの町に近づいてきた。
ようやく、その情報が形になり始めた時。
ミューズは拉致されてしまった。
「本当は、あまり大事にはしたくなかったのだけれど、私にも立場がある。
こうするしか、方法がなかったんだ。
――すまない」
そう言って、申し訳なさそうに顔を上げるミューズの頭を、僕はクシャクシャに撫でてやった。
アーティファクト認定や捜索隊の話を言っているのだろう。
特に問題はない。
僕の力は、あってないようなものだ。
いかに知識があるとはいえ、それはいつでも使えるという代物ではない。
だから、僕の知識に対しては、ある程度、過大評価しておいてもらった方が都合がいい。
その時は、そう考えていた。




