01.「異世界」
ヘリポートから落ち、僕は、しばらく気を失っていたらしい。
どれくらいかは分からない。
僕が目を覚ました時、頬に冷たい感触があった。
なんだろうと思って目を開くと、それは剣だった。
は?
見間違いではなかった。
どう見ても、それは剣だった。
細身だが両刃であり、西洋の騎士剣のようだった。
僕は、見たこともない銀色の騎士に、剣を突き付けられていたのだった。
銀色の甲冑に銀色の剣、そして、銀色の髪。
いでたちだけを見れは、銀色の騎士としか形容のしようがなかった。
「起きたかい?
君は何者なのかな?」
銀色の騎士が無表情で聞いてきた。
その声が少女のものだったことに驚いたが、それよりも、自分が命の危険にさらされている事実に驚愕だった。
ち、ちょっと、待ってくれ。
何が何だか分からん。
なんで僕は、見知らぬ地で、命の危険にさらされているんだ?
僕は、そんな感じで、かなりパニックになっていた。
僕があまりのことに何も言えないでいると、銀色の少女は剣をさらに突き出した。
ひぃ!
刺さる! 刺さるって!
「怪しい法衣を着ているし、暗黒教団の者じゃないだろうね?」
言われて、僕は自分の身体を見た。
さっきまで当直中だったため、白衣のままだった。
この少女は白衣を知らないのか?
っていうか、暗黒教団ってなんだ?
頭の中が?だらけだった。
「僕は、滝沢科納。医者だ」
僕は何とかそう言ってみるが、彼女はむしろ怪訝そうな顔をした。
「医者? それは、なんだい?」
は?
予想外の返答に、僕は絶句してしまった。
医者って、古代ギリシア時代からある職業じゃないのか?
ヒポクラテスとかパレとか野口英世とか、知らないっていうのか?
「人の病気や怪我を治す職業だ」
「ふむ。じゃあ、私と同じだね。
司祭みたいなものかな?」
司祭?
どうして、人を治療するって言っているのに、宗教っぽい話になってしまうのだろう?
混乱は深まるばかりだった。
「多分、違うと思う」
「そうなのかい?
君は、一体どこから来たんだい?
見慣れない格好だし、よく分からないことを言うね」
「日本という国だ」
僕がそう言ったのは、彼女の騎士の格好と整った顔立ちが、あまりに日本人離れしているからだった。
自分が日本語で話しているという事実を、その時は失念していた。
ただ、それは正解のようだった。
「ニホン?
聞いたことがない名だよ?」
「ここは、どこなんだ?」
「ここはエーネルスホルンの森だよ。
私たちは、たまたま、ここ周辺の魔獣討伐に来ていたんだ」
そう言われて、初めて僕は周りを見回した。
日本と違い、木々がまばらで、あまり起伏がないようだった。
日本に、こんな森が残っているところなど、ないだろう。
銀色の少女は、僕のオドオドした様子に、手をポンと叩いた。
「わかった。
カナン、君は異世界人だろう?
伝承に、たまに出てくるよ。
突然、前触れもなく現れて、未知なる知識で、私たちに繁栄と混乱をもたらすとか」
異世界人?
その言葉に、妙に納得してしまう自分がいた。
少なくとも、周りの世界、特に、この少女が意味不明なのは確かだった。
「では、カナン。
君の実力を見せてくれないか?
悪いけど、君の首に傷をつけてしまった。
傷を治すのが職業というなら、その傷を治して見せてくれよ?」
は?
僕は驚いて首を振った。
そんなこと、できるわけないじゃないか。
何を言っているんだ?
「できないのかい?
少なくとも、私たちの国の司祭には造作もないことなんだけどね?」
そう言って、ふふっと笑うと、少女は剣を鞘に納め、目を閉じ、指を組んで、祈りを捧げるような格好になった。
そして、静かに、祈るような言葉をささやいた。
「『天にまします我らの父よ。
願わくは、あなたの子に、傷の癒しを与えたまえ』」
祈りの言葉と共に、なんと、彼女の手が光りだす!
次いで、彼女が僕の方に手を向けると、光が手から僕の方へほとばしる!
「《ヒール》!!」
驚きは、それだけでは終わらない。
彼女の言葉と共に、光は収束し、消え去った。
呆然とする僕は、首のところに手をやった。
さっきまで痛みを持っていた首は、完全に痛みを失っている。
首の傷は、ほとんど跡形もなく、完全に治癒してしまった!
この時の衝撃は、今でも忘れられない。
「す、すごい……」
「これが、私の所属する教会の秘儀だよ。
私たちは『奇跡』と呼称しているが、『神聖魔法』という名前の方が一般的だろうね」
「神聖魔法……!」
僕は、その言葉に計り知れぬ衝撃を覚えた。
魔法が存在する、ということもそうだが、今、この少女がいとも簡単にやってのけたことは、現代医学ですら成し得ないことだからだ。
そもそも、現代医学には「治す」という概念が存在しない。
この事実には、意外に思われる方もいるのではないだろうか?
たとえば、風邪とかは、医学の力で治しているよね?
薬よく使うし?
いやいや、風邪薬は症状を和らげるための薬で、それ自体が風邪を治している訳じゃない。
たまに抗生物質を使うこともあるけど、これは、ばい菌を殺す薬であって、いわば攻撃魔法みたいな薬なんです。
癌とか虫垂炎とか手術で治すよね?
いやいや、手術こそ最強の攻撃魔法ですよ?
癌とか虫垂の膿瘍とかを、切除してやっつけてしまう訳ですので。
ごく一部の例外に、治していると言えなくもない治療はあるけど、そんなのは少数派だった。
基本的な医療のスタンスは、攻撃魔法で病気をやっつける!
攻撃魔法では、治すべき患者さんの身体も攻撃してしまうけど、それはある程度は仕方ない。
攻撃魔法に耐えられた患者さんだけが、自然治癒力によって元気になっていく。
これが現代の医療だった。
この医学の常識を、あっさりと超えた張本人である銀色の少女は、何か問題でも? とでも言うかのように、こちらを見ている。
心なしか、自慢気な表情をしているようにも見える。
それに対して、僕は尊敬の眼差しで彼女を見た。
その眼差しは、かつて僕が医学生だった頃、医学に対して向けていたものと、同じものだったかもしれなかった。