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18.「リック」

 ハマスさんは商人だ。

 蜂の巣から蜂蜜を取り出してくれ、代わりに蜂の巣自体や蜂の幼虫を引き取ってくれた。

 蜂の巣は蝋の原料になるし、蜂の幼虫は食用になる。

 僕の勤務していた病院の地方では未だに蜂の幼虫を食べる文化があり、患者さんにも頂いたことがあったりした。

 患者さんとしては好意でくれたのだが、蜂の幼虫を食べることに、僕はどうしても慣れることができなかった。

 飲み込むときに喉で動くのがいいとか言っていたっけ。

 ちょっと理解できなかった。

 そんな訳だったので、食べなくて済みそうでホッとした。

 いやいや、異世界で食事について文句は、あまり言ってはいけない。

 出てくれば食べますよ?

 でも、食べなくていいなら、なしで済ませたい。

 もし出てきたら必ず煎ってから食べようと、変な誓いをしたりした。


「じゃあ、あたしはご飯の準備をしてくるから、カナンはリックと話でもしてて?」


 取引が終わると、そう言って、ティアは僕を置いてどこかへ行ってしまったので、僕は再びマーテル孤児院のリックの部屋を訪れた。

 リックは、相変わらずベッドの上に腰かけていた。

 分厚い本を読んでいる。

 リックはノックの音に顔を上げると、人懐こい笑みで僕を迎えてくれた。


「やあ、カナンさん。

 ようこそ、おいで下さいました」


 リックは、すぐに本を脇にやり、ベッドにスペースを作ると、どうぞどうぞと勧めてくれた。

 僕は、そのスペースに腰かけた。


「カナンさんは、どちら出身の方なんですか?

 ぼく、このアルデンの町を出たことがないので、外の世界のことが知りたいんです。

 カナンさんの住んでいた国のことを教えて下さい!」


 僕が腰かけるなり、リックは目を輝かせて言った。

 僕は、自分が異世界人で、むしろ自分の方がこの世界のことを良く知らないから、教えてほしいとお願いした。

 自分が医者であることは、まだ打ち明けるのは避けようと思っていた。


「じゃあ、お互いに教え合いっこしましょう!

 カナンさんの住んでいた世界と、ぼくたちの住んでいる世界で、一番違うところはどこですか?」


 僕は少し考えたが、その答えは明白だった。


「僕の住んでいた世界では科学が発達していて、この世界では魔法が発達しているところだと思う。

 僕の住んでいた世界に、魔法はないんだ」


「魔法がないんですか!?

 代わりに科学っていうのがあるんですね?

 それって、どんなものなんです?」


 リックは興味津々といった感じで、身を乗り出して聞いてくる。


「科学の科、は、僕の名前の科納の科、でもあるんだけど、細かく分類するという意味がある。

 ありとあらゆる自然現象を細かく分類して、その法則を見出し、生活に役立てるための学問が科学だ」


「立派な学問なんですね!

 ちなみに、カナンさんのナンはどういう意味なんですか?」


「たくさんのものを一つにまとめるという意味だ。

 科納で、細かく分類したものを、きちんと整理して頭の中にまとめなさい、という意味らしい」


 そうすれば約束の地に行ける、と、僕の父は名前の由来を冗談めかして語っていたっけ。

 まあ、約束の地どころか異世界に来てしまった訳だが。

 そういえば、忙しさにかまけて正月にも家に帰っていなかったから、しばらく父にも会っていない。

 元気にしているだろうか?


「いい名前ですね!

 ぼくの名前は、力とか支配とかいう意味があるそうなんですが、完全に名前負けしています。

 ぼくに力があれば、ティア姉さんやマーテル先生に守られるだけじゃなく、守ってあげられるのに」


 そう言って、リックは肩を落とした。

 僕は、リックの肩に手を置く。


「僕の世界の言葉に『ペンは剣よりも強し』という言葉がある。

 文章で表現される思想は世論を動かし、武力以上に強い力を発揮するということだ。

 『知は力なり』とも言う。

 腕力や筋力だけが力じゃない。

 実際、僕なんて、戦闘能力が皆無だけど、こうやってなんとか生き残っているんだ」


 ガラではない、とは思ったが、僕はリックを慰めてあげた。

 いや、そうじゃないな、と僕は思った。

 これは、自分自身に言っている言葉なのかもしれなかった。

 この世界に来て、色々と怖い思いをした。

 僕に魔獣や暗殺者を撃退する力はない。

 けど、今まで勉強してきた知識を生かすことで、この世界の人たちに認められることができた。

 いや、僕には、この知識くらいしか武器がないのだ。

 これからも、この知識を武器にして戦っていかなければ、生き残れない。


「『ペンは剣よりも強し』『知は力なり』

 いい言葉ですね。励まされます」


 リックは、そう言って、先ほど読んでいた分厚い本に手を置いた。

 聡明な子だと思った。

 僕の言うことを、ほとんど理解しているようだ。

 彼もまた、切実なのだろう。

 暗殺者を養成する孤児院で、一人だけ暗殺者になれない。

 そのプレッシャーや挫折感は、僕には想像できなかった。


「剣が使えなくても、魔法を使えばいいですもんね!

 あれ? でも、カナンさんの世界には、魔法ないんでしたっけ?」


 ……。

 理解はしていなかったようだ。

 まあでも、知識に魔法が加われば、それは無敵だろう。

 僕は、ミューズの使っていた神聖魔法を思い出しながら、そんなことを思っていた。

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