17.「《ヘーレム》」
「水分制限、ねぇ」
ティアは、僕の提案に、考えるような仕草をした。
そんなことで本当に良くなるのかと言いたげだ。
利尿薬のないこの世界で、現時点では、それが最良の方法だと僕は信じている。
昔は利尿薬として水銀などを使ったらしいが、その副作用を考えれば、あまりお勧めできないし、僕自身、どのように使っていいのか見当もつかない。
今まで制限されていなかったとすれば、ある程度は効果があるだろう。
「あまり食事とかも与えない方がいいのか?」
ティアは、僕の額を見て言った。
どきりとした。
返答次第では、裏切ったことになるのだろうか?
「いや、食事自体は、しっかり食べてもらった方がいい。
リックは、どちらかというと栄養不足のようだから」
僕がそう言うと、ティアは、なぜかホッとしたような顔つきになる。
「マーテル先生に、蜂蜜を取ってきてくれって頼まれているんだ。
蜂蜜は栄養満点だから、構わないよね?」
僕は頷いた。
なるほど、リックのためを思って作る料理が、彼のためにならないのだとしたら、やるせない。
僕たちは蜂の巣探しに出かけることになった。
というか、この世界にも普通の生物がいることが、少し新鮮だった。
聞けば、虫だけでなく、動物もいるのだという。
では、動物と魔獣の違いは何かと聞けば、人間に会えば必ず襲ってくるのが魔獣で、そうでもないものが動物なのだという。
意外とアバウトだ。
この分類なら、肉食動物は皆、魔獣にされてしまうのではないだろうか?
きっと、益獣と害獣の分類みたいなものなのだろう。
ティアは、蜂の巣の場所なら、もう分かっていると言った。
町の人が教えてくれたらしい。
町の人は、彼女が蜂蜜を採取するのが得意であるということを知っているというのだ。
神速で飛んでいる蜂をすべて捕まえたりするのだろうか?
ありうるので怖い。
「あ。あったよ」
ティアの指差す先には、蜂の巣があった。
遠目で見る限り、蜂も蜂の巣も結構、大きかった。
スズメバチではなさそうだが、スズメバチくらいの大きさの蜂だった。
あまり近寄りたくない感じだ。
もしや、取ってきてとか言われないだろうか。
あ! 得意って、そういうことか!?
僕は、気付かなければ良かったことに気付いてしまい、内心でビクビクした。
「じゃ、ちょっと行ってくるね。
『父と子と聖霊の御名において。
聖絶を宣せよ。
悪しき者どもに死の制裁を』」
ティアが、そう言いながら祈りを捧げると、彼女の手は黒い光に包まれた。
そのまま、蜂の巣の方へ近づいていく。
目と鼻の先くらいの距離になると、異変を察知した蜂たちが、ティアの周りを回り始める。
あ、危ない!
「《ヘーレム》!」
ティアの宣言により、彼女の手を取り巻いていた黒い光が辺りにほとばしり、彼女の周囲にいた蜂たちがその光に包まれると、一斉に地面に落下した。
え?
何が起こった?
やはり木の陰に隠れていた僕は、目を凝らしてティアの方を見た。
もう、彼女の周囲には、蜂は飛び回っていないようだった。
「カナン! もう来ていいよ!
蜂は退治したから!」
ティアが、元気よくこちらに手を振ってくる。
ヘーレム?
聞いたことのない単語だが、虫除けとかの意味なのだろうか?
僕は恐る恐るティアの方に近づき、地面に落ちていた蜂の一匹を観察する。
確かに死んでいた。
「ティアも魔法が使えたんだね。
しかも、便利そうだ」
「全然、便利じゃないよ。
この魔法、蜂避けくらいにしか使えないし。
かけた人間が死んでくれれば、仕事も楽でいいのに」
はあ、とため息をつきながら言う。
相変わらず物騒な返答をする子だ。
「人間には効かないの?」
「うん。人間だけじゃない。
魔獣にだって、効いたためしがない。
多分、ある一定の大きさ以上の生物には効かないんだと思う」
ティアは、そう言って肩をすくめた。
「小さい生物になら効くの?」
「うん。農業をやっている人には、害虫駆除のために使っている人もいるよ。
使う人にもよるみたいだけど、ネズミくらいの大きさの生き物には、まず効かないんじゃないかな?」
害虫駆除のために使えれば非常に便利なのではないかと思ったが、ティアにとっては物足りないらしい。
彼女にとっては、暗殺に使えない、イコール、便利じゃない、なのかもしれない。
何かが大いに間違っていると思ったが、僕は何も言えなかった。
「じゃ、カナン。蜂の巣、持って?
ハマスさんのところに持っていくよ。
蜂蜜を取り出してくれるから」
「あい」
僕は、言われた通りに蜂の巣を持ち上げる。
意外と重量があった。
蜂の巣の中を見ると、蜂の幼虫が詰まっているところもあったが、動かないため全部死んでいるようだった。
どういう原理だか分からないが、恐ろしい魔法だ。
「ティアは、いくつも魔法を使えるの?」
道すがら、僕はティアに聞いた。
「ある程度はね。
でも、仕組みとかそういう難しいことは、リックに聞いてよ。
リックの方が詳しいし、できれば、カナンにはリックの話し相手になってあげてほしいんだ」
後で思ったのは、それこそがティアが僕をこの町に連れてきた本当の理由なんじゃないかということだった。




