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14.「アルデンの町」

 僕たちは、アルデンの町を歩いた。

 まず、町を見てほしいと言われたからだった。

 道すがら、すれ違う人とティアは、にこやかに挨拶を交わす。

 すれ違う人たちは、にこやかに応じるが、その後で明らかに笑みを凍りつかせ、僕の額に視線を集中させる。

 すれ違った後で、何やらヒソヒソ話し合っている。

 どうやら、この刻印のことを、皆ご存じのようだ。

 僕は居心地が悪くなって、ティアに気になっていることを聞いた。


「あの爺さんは何者なんだ?」


「リゲル・オットー。

 結構、有名人だよ?

 ツル毒と虚笛殺法、そして、その《サイン》の用法、合わせて三殺を編み出した功績が一番かな。

 この町の長老で、現在の元老院のメンバーの一人でもある。

 あ、あたしの師匠の一人でもあるんだよ」


 ティアは、ちょっと誇らしげに言った。

 つまり、元凄腕の暗殺者ということのようだ。


「この町は?」


「あたしたちの教会は、光の教会からは迫害されている。

 だから、教会と言っても、そういう建物はない。

 ない代わりに、信者たちが集まる場所が必要だっていうので、できた町がこのアルデンの町さ。

 ここ以外にも、いくつもあるらしいよ。

 あたしは、数か所しか行ったことないけど」


 確かに、教会と言われると、まず建物を思い浮かべる気がする。

 そして、そのような建物は、この町にはなさそうだった。


「そういう町だから、町の外からの侵入を極端に制限してるんだ。

 特に、あたしたちを目の敵にしている光の教会の奴らをね。

 この町が奴らに見つかったら、多分、異端者狩りで焼打ちにされちゃうんじゃないかな?」


 ティアの言うことはいちいち物騒だ。

 それだけならいいのだが、恐らく、いずれも事実なのだろう。

 怖い所にきたものだと、今更ながらに思う。


「あ、着いたよ」


 ティアが指し示すそこは、リゲル長老の家よりも少し大きい家だった。

 家の前の庭には、小学生くらいの子供たちが遊んでいる。

 と、思いたかったが、実際には超高速で組み手をしていたり、投げナイフの訓練をしていたり、綱渡りの訓練をしていたり、にしか、見えなかった。

 ティアが「ただいまー」と手を振ると、子供たちは自分のしていることを切り上げて、こちらに駆けよってきた。


「ティアねーちゃん、おかえりー」


「おかえりー」


「みんな、いい子にしてた?」


「うん!」


「もちろん!」


 こうして交わされる言葉だけを見ると、久々に帰ってきた姉になつく子供たちにしか見えない。

 しかし、僕は目の前の光景に唖然とする。

 ティアが子供たちを次々に放り投げ、その子供たちは宙でバク転し、音もなく着地してみせるのだ。

 子供たちにとってはこれが日常で、むしろ、ティアに遊んでもらえるということで嬉しいようだった。

 投げられてはティアに駆け寄り、投げられるということを繰り返している。

 キャッキャ言いながら。


「ごめん、みんな。

 今日は、このお兄ちゃんと用があってきたんだ。

 また遊んでね?」


 ティアの発言に、一斉に非難の目が僕に向けられる。

 あまりに強い視線に、僕はたじろいでしまった。


「このお兄ちゃん、奴隷の人?」


 多分7歳くらいのかわいい女の子が、僕、というより、僕の額を指差して言った。


「違うよ。

 今、このお兄ちゃんは、長老様に試されているところなんだ。

 あたしも、それを手伝ってるんだよ」


「そんなことより俺たちと遊んだ方が楽しいのに」


 ちょっと年長っぽい男の子が、不貞腐れるように言った。

 ティアは、二人の頭を撫でてやり、にんまりと笑う。


「あとで、このお兄ちゃんも遊んでほしいって。

 このお兄ちゃんね、実は、私の仕事を2回も防いだ、すごい人なんだよ?」


 ティアがそう言った途端、子供たちの僕に対する目つきが一変した。

 目をキラキラさせて、何かを期待するような目で見てくる――と思ったら、子供のうちの一人に後ろから蹴飛ばされた。

 そちらを向くと、男の子がすごいスピードで逃げていき、「やったー! 蹴りが当たったぞー!」とか言って、周りの子供たちとわいわい騒いでいる。

 蹴られた僕は、かなり痛かったが。


 ティアは、その後、難なく子供たちをいなして、僕を建物の中へ案内した。

 広い玄関を抜けると、そこにはエプロン姿の女性が立っていた。

 優しそうな表情と黒く長い髪をした、僕と同年代くらいの美しい女性だった。


「マーテル先生、ただいま戻りました」


 ティアが珍しく頭を下げる。

 敬語を使うのも初めて見た気がする。


「ティア、お帰りなさい。

 そちらの方は?」


「異世界人のカナンです。

 人を治す職業だったようで、リックのことを診てもらおうかと思って、連れてきました」


「それは素晴らしいわね。

 カナンさん、よろしくお願いしますね?」


 マーテル先生と呼ばれた落ち着いた女性は、そう言って穏やかに微笑んだ。

 僕も、つられて微笑む。

 しかし、リックって、なんのことだ?

 今初めて聞いたけど……。


「じゃあ、カナン。こっちだ」


 僕は、ティアに促されて家の奥の方に進む。

 途中に大きなテーブルとたくさんの椅子が並んだ部屋があったり、外で遊んでいるよりも、もっと小さな子たちが積み木とかで遊んでいる部屋があったりした。

 きっと、孤児院のような建物なのだろう。


 僕が通されたのは小さな個室で、大きめの窓とベッドがあるだけの、シンプルな部屋だった。

 そのベッドに、小学生くらいの子供が上半身を起こして座り、窓の外を眺めていた。

 僕らが入室したことに気付いた彼は、人懐こい笑みをこちらに向けてきた。


「お帰りなさい、ティア姉さん」


 彼が、問題のリック少年だった。

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