表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/71

13.「《サイン》」

 ティアは、もうそろそろ町に着くとか言っていたが、実際に町に着いたのは、それから1週間ほど経った後だった。

 それまで、僕はどうしていたかと言えば、やっぱり手足を縛られて転がされていた。

 ちゃんと3食食わせてもらっていたけど、どうなるのか不安で不安でしょうがなかった。

 ティアは、あっけらかんと「まあ、なるようになるよ。気にしない気にしない」とか言ってきたけど、それが余計に不安を煽った。

 わざとこういう言い方をしているのかもしれない。

 腹を括っているとか言ったけど、基本チキンなんです。

 すみません。


 町に着いた僕は、やっと縄をほどいてもらえた。

 手足が阻血して壊死してしまっているのではないかと思ったが、大丈夫そうだった。


 そこは、グレッグの屋敷があったエーネルスホルンの村と、同じくらいの町だった。

 違うのは、グレッグの屋敷がないことと、民家が若干多いくらいで、大きな違いはないように見えた。

 僕は、ティアに連れられて、町はずれにある少し大きめの民家に入った。


 そこには、1人の老人がいた。

 禿髪で、しわくちゃな顔をしており、辛うじて残る眉は真っ白であった。

 見た目では80近いように見えたが、こちらにきて、これほどの老人を見たのは初めてだった。

 恐らく、こちらの平均寿命は、日本に比べて遥かに短い。

 日本の半分ぐらいなのではないだろうか。

 だから、この老人も見た目よりずっと若い可能性があるし、80歳とかだったら、この世界の最高齢だったりするだろう。


 僕の不思議なものを見るような視線に対し、老人は不審な物を見る目つきで、僕のことを見てきた。

 そして、その視線を今度はティアに向けた。


「ティア、こいつは何者だ?」


「カナンだよ?」


「……ティア。

 儂は、お前の結論から話す喋り方を嫌いではないが、今は説明をして欲しいな。

 もう一度、聞こう。

 こいつは何者だ?

 このアルデンの町に入れる価値のある人間か?」


 溜息を吐きながら老人がそう言うと、ティアは少し考える仕草をするが、すぐ言葉を返した。


「カナンは異世界人だ。

 その知識で、あたしの暗殺を2回も防いだ。

 一人は、ツル毒を完全に食らわせた。

 一人は、虚笛殺法を完全に成功させた。

 なのに、どっちも、奇想天外な方法で救命してしまったんだ」


「なんだと?」


 老人は、その白い眉を顰める。

 ツル毒というのがクラーレで、虚笛殺法というのが気胸を作る方法のことだろう。

 ティアは、かつて僕がした説明を、ほとんどそのまま繰り返した。

 良く覚えているものだ。

 僕は人間の生理学に沿ってやった行動なので、生理学を思い出せばいくらでも話ができるが、ティアはそうではない。

 僕の話だって、チンプンカンプンだったはずだ。

 それを、しっかり覚えている。

 実は凄い奴なんじゃないかと、この時、初めて思った。


「なるほどのう。

 ふたつとも必殺の方法だったんだがのう。

 確かに、生きて帰すわけにはいかんのう」


 老人は、いきなり不穏なことを言って近づいてきた。

 まずい、と僕は思って後ずさろうとしたが、ティアに羽交い絞めにされて、できなかった。


「えっ、ちょ、何をするんです?」


 老人は、ニコリともせずに、僕の額に手をかざす。

 その手は、黒く輝き出した。


「『父と子と聖霊の御名において。

 邪なるものを示せ。

 かの契約により刻印を刻め』

 《サイン》」


 黒い光は、老人の手から離れ、僕の額に吸い込まれていく。

 老人が手を離すと、ティアも僕を解放してくれた。

 ご丁寧に鏡を持ってきて、こちらに向けてくる。

 僕の額には三日月のような黒い文様が刻み込まれていた。

 い、一体、何をされたんだ!?


「初めて見るみたいだね!

 これが光の教会が言う、暗黒魔法だよ。

 闇に生きる者たちに神が差し伸べる、もう一つの奇跡さ」


 ティアが、にっこりとして言った。

 にっこりと出来るようなことなのか?


「この魔法は、契約を刻印する。

 貴様が我々を裏切るとき、この刻印は貴様の脳髄を焼き尽くすだろう。

 そういう契約を込めた」


 なんだって!

 そんな契約していない!

 横暴すぎる!

 クーリング・オフだ!


「よかったね、カナン!

 カナンが裏切らなければ、あたしたちは何もしないよ!」


 今の話のどこによかった成分があったのだろう?

 僕はティアの正気を疑った。


「異界の者よ。

 貴様は、しばらくこのアルデンの町で生活せよ。

 その知識を、この町のために使ってもらえるとありがたい」


 老人はそう言い残すと去って行った。

 ティアが嬉しそうに僕の手を取る。


「じゃ、アルデンの町を案内するよ!

 困っていることが色々あるんだ。

 助けてよ、カナン!」


 先程のことがなかったかのように、ティアは僕の手を引っ張ろうとする。

 僕は釈然としないものを抱えていた。

 額を指し示しながら言う。


「これは、大丈夫なのか?」


「ん? どうだろ?」


「えっ!?」


「あたし、その刻印を受けた人が死ぬところって、見たことないんだよね。

 人ってさ、他人を裏切る時って、その人の前では裏切らないんだよ、きっと。

 だからカナンが裏切るときは、あたしの前で裏切ってね!

 カナンの死ぬとこ、見たいからさ!」


 ティアは、再び僕を絶句させると、そのまま、家の外に連れ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ