13.「《サイン》」
ティアは、もうそろそろ町に着くとか言っていたが、実際に町に着いたのは、それから1週間ほど経った後だった。
それまで、僕はどうしていたかと言えば、やっぱり手足を縛られて転がされていた。
ちゃんと3食食わせてもらっていたけど、どうなるのか不安で不安でしょうがなかった。
ティアは、あっけらかんと「まあ、なるようになるよ。気にしない気にしない」とか言ってきたけど、それが余計に不安を煽った。
わざとこういう言い方をしているのかもしれない。
腹を括っているとか言ったけど、基本チキンなんです。
すみません。
町に着いた僕は、やっと縄をほどいてもらえた。
手足が阻血して壊死してしまっているのではないかと思ったが、大丈夫そうだった。
そこは、グレッグの屋敷があったエーネルスホルンの村と、同じくらいの町だった。
違うのは、グレッグの屋敷がないことと、民家が若干多いくらいで、大きな違いはないように見えた。
僕は、ティアに連れられて、町はずれにある少し大きめの民家に入った。
そこには、1人の老人がいた。
禿髪で、しわくちゃな顔をしており、辛うじて残る眉は真っ白であった。
見た目では80近いように見えたが、こちらにきて、これほどの老人を見たのは初めてだった。
恐らく、こちらの平均寿命は、日本に比べて遥かに短い。
日本の半分ぐらいなのではないだろうか。
だから、この老人も見た目よりずっと若い可能性があるし、80歳とかだったら、この世界の最高齢だったりするだろう。
僕の不思議なものを見るような視線に対し、老人は不審な物を見る目つきで、僕のことを見てきた。
そして、その視線を今度はティアに向けた。
「ティア、こいつは何者だ?」
「カナンだよ?」
「……ティア。
儂は、お前の結論から話す喋り方を嫌いではないが、今は説明をして欲しいな。
もう一度、聞こう。
こいつは何者だ?
このアルデンの町に入れる価値のある人間か?」
溜息を吐きながら老人がそう言うと、ティアは少し考える仕草をするが、すぐ言葉を返した。
「カナンは異世界人だ。
その知識で、あたしの暗殺を2回も防いだ。
一人は、ツル毒を完全に食らわせた。
一人は、虚笛殺法を完全に成功させた。
なのに、どっちも、奇想天外な方法で救命してしまったんだ」
「なんだと?」
老人は、その白い眉を顰める。
ツル毒というのがクラーレで、虚笛殺法というのが気胸を作る方法のことだろう。
ティアは、かつて僕がした説明を、ほとんどそのまま繰り返した。
良く覚えているものだ。
僕は人間の生理学に沿ってやった行動なので、生理学を思い出せばいくらでも話ができるが、ティアはそうではない。
僕の話だって、チンプンカンプンだったはずだ。
それを、しっかり覚えている。
実は凄い奴なんじゃないかと、この時、初めて思った。
「なるほどのう。
ふたつとも必殺の方法だったんだがのう。
確かに、生きて帰すわけにはいかんのう」
老人は、いきなり不穏なことを言って近づいてきた。
まずい、と僕は思って後ずさろうとしたが、ティアに羽交い絞めにされて、できなかった。
「えっ、ちょ、何をするんです?」
老人は、ニコリともせずに、僕の額に手をかざす。
その手は、黒く輝き出した。
「『父と子と聖霊の御名において。
邪なるものを示せ。
かの契約により刻印を刻め』
《サイン》」
黒い光は、老人の手から離れ、僕の額に吸い込まれていく。
老人が手を離すと、ティアも僕を解放してくれた。
ご丁寧に鏡を持ってきて、こちらに向けてくる。
僕の額には三日月のような黒い文様が刻み込まれていた。
い、一体、何をされたんだ!?
「初めて見るみたいだね!
これが光の教会が言う、暗黒魔法だよ。
闇に生きる者たちに神が差し伸べる、もう一つの奇跡さ」
ティアが、にっこりとして言った。
にっこりと出来るようなことなのか?
「この魔法は、契約を刻印する。
貴様が我々を裏切るとき、この刻印は貴様の脳髄を焼き尽くすだろう。
そういう契約を込めた」
なんだって!
そんな契約していない!
横暴すぎる!
クーリング・オフだ!
「よかったね、カナン!
カナンが裏切らなければ、あたしたちは何もしないよ!」
今の話のどこによかった成分があったのだろう?
僕はティアの正気を疑った。
「異界の者よ。
貴様は、しばらくこのアルデンの町で生活せよ。
その知識を、この町のために使ってもらえるとありがたい」
老人はそう言い残すと去って行った。
ティアが嬉しそうに僕の手を取る。
「じゃ、アルデンの町を案内するよ!
困っていることが色々あるんだ。
助けてよ、カナン!」
先程のことがなかったかのように、ティアは僕の手を引っ張ろうとする。
僕は釈然としないものを抱えていた。
額を指し示しながら言う。
「これは、大丈夫なのか?」
「ん? どうだろ?」
「えっ!?」
「あたし、その刻印を受けた人が死ぬところって、見たことないんだよね。
人ってさ、他人を裏切る時って、その人の前では裏切らないんだよ、きっと。
だからカナンが裏切るときは、あたしの前で裏切ってね!
カナンの死ぬとこ、見たいからさ!」
ティアは、再び僕を絶句させると、そのまま、家の外に連れ出した。




