表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/71

11.「暗黒教団」

 その後、僕は普通に過ごし、グレッグ邸の一室で、いつものように眠ったはずなのだが、気が付いたら、猿轡を噛まされ、手足を縛られて、馬車の荷台に転がされていた。

 訳が分からなかった。


「あ、起きたみたいだね」


 御者が声をかけてきた。

 聞き覚えのある、女性の声だった。


「あんたが、あの貴族様と聖騎士の命を救ったんだろ?

 厄介そうだから拉致してみたんだ。

 あとで、どうやったか教えてよ。

 連れてくるの、結構、大変だったんだからさ」


 女性は、笑いながら僕の猿轡を外した。

 そこで、僕はこの女性が、あの暗殺者だということに気付いた。


「この縄は解いてくれないの?」


 僕は、素直にそう聞いた。

 しかし、彼女は、僕の反応が面白かったようで、声を上げて笑い出した。


「あんた、怖くないのか?

 拉致されたんだぞ?

 いつ殺されるか分からないんだぞ?」


 そう言われてみて、僕は初めて自分の状況に気付いた。

 けど、それで怖さが募ることはなかった。


「まあ、怖いことがありすぎて、麻痺しちゃったのかもしれない。

 いつ殺されるかわからない状況は、拉致される前と後ではあまり変わらないし」


 僕の恐怖の臨界点は、もうとっくに限界突破してしまっていた。

 多少のことで驚くこともない。

 この世界に来てから、驚きの連続で、何を驚けばいいのか既に分からなくなってしまってきているほどだった。


「そうなの?

 あたしは、あんたが教会のお偉いさんなんじゃないかと思って拉致してきたんだけど、違うのか?」


 僕が「違う」というと、彼女は後ろから見て分かるぐらいに肩を落とした。


「そうか。

 最近、あんたのせいで仕事も失敗ばかりだったから、何とか挽回しようと思ったんだけどな。

 あんたは、仕事の邪魔をするのが本当にうまいな」


 変な褒められ方をされた。

 僕を重要人物と間違えたのは、彼女自身のせいなんじゃないかと思ったが、僕はあえてツッコまなかった。

 恐怖が麻痺しているとは言え、あまり機嫌を損ねて自分の命を危険にさらすのも良くないと考えたからだった。


「まあ、細かいことを気にしてもしょうがないや。

 あんたのことを教えてよ?

 あたしは、ティア・アールゲイン。

 教会の雇われ暗殺者さ」


 これが、ティアとの初めての出会いだった。

 馬車に揺られながら、僕たちは自分のことについて話した。

 僕は、異世界から来た医者だということや、毒や気胸の治療法についても隠さずに話した。

 隠しても得になることはあまりないと判断したからだった。


 ティアの言う教会とは、ミューズたちの言う暗黒教団のことだった。

 ややこしいので、僕が単に教会と言った場合は、ミューズたちの所属する教会のことを指すことにする。

 というのも、元々、暗黒教団は教会の一派閥に過ぎなかった。

 それが、信仰上の理由により、埋めがたい溝を持って決裂したのだという。

 このため、教会は認めていないが、教会が信仰する神と暗黒教団が信仰する神は同一だ、というのが、暗黒教団の主張だ。

 ティアによれば、教会と暗黒教団の違いは、博愛を教会に所属するものだけに行うか、それ以外のすべてに行うかの違いに過ぎない。

 教会は言う。「信じる者は救われる」

 暗黒教団は言う。「信じられなくても、人は救われる」

 そんな博愛主義の暗黒教団が、なぜ暗殺を繰り返すのかと言えば、暗殺を行った方がたくさんの者が救われると考えているからだ。

 暗黒教団内の元老院と呼ばれる組織により、暗殺の対象者が決定され、それがティアたち暗殺者に指令される。

 暗殺対象の基準は明確なので、暗殺者が疑問に思うことはあまりない。

 その基準とは、「魔王に仇なすもの」。

 このため、暗黒教団は外の人間からは魔王崇拝者たちの集団だと思われている。


「普通、魔王って悪の親玉のような気がするけど、違うの?」


「まさしく、その通りだよ。

 その点においては、あたしたちの教会の考えも変わらない。

 できれば、魔王にいなくなってほしいと考えている。

 けどね、魔王はいなくならないんだよ」


 ティアは悲しそうに首を振って答えた。

 それは、こういうことだった。

 魔王の力は強大だ。

 魔王を滅ぼすには、全人類を動員して当たらなければ倒せないほどだ。

 過去に何度か、大規模な討伐隊が編成され、そのうちの何度かは、実際に魔王を殺すことに成功した。

 しかし、数年後、魔王は必ず蘇るのである。

 以前より遥かに強大な力を手にして。


「今の魔王は12代目の魔王と言われているけど、それはもう絶望的に強い。

 何度か大規模な討伐隊が組まれたけど、今のところ、それはことごとく失敗している。

 魔王の強さは、魔王が生み出す魔獣の強さでもある。

 魔王を倒すのにも多大な犠牲が必要なのに、魔王を倒すとさらに強力な魔王が現れて、周囲の魔獣もさらに強力になって、討伐隊以外にもさらに多大な犠牲が出るようになる。

 これじゃあ、魔王なんて倒さないで放っておいた方がいいんじゃないかって思うのは当然だと思わない?」


 だから、ティアたちは暗殺を行っている。

 ミューズは暗黒教団を、魔王と共存の立場を取る者たちだと言った。

 それは、間違いではない。

 しかし、ティアの言葉を聞くと、その印象がまるで違って聞こえた。

 それは、抗生物質と細菌の関係に似ていると思った。


 その昔、人は細菌を殲滅する抗生物質という武器を手に入れた。

 それはもう強力な武器で、人は感染症に悩まされることはなくなるのではないかとさえ言われた。

 しかし、現実には感染症はいまだに猛威を振るっている。

 抗生物質が効かない細菌が現れたのだ。

 人類は、英知を結集し、抗生物質の効かない細菌にも有効な抗生物質を開発した。

 しかし、そんな抗生物質にも、耐性を持つ細菌が現れた。

 再び新しい抗生物質を開発しても、効かない菌が現れる。

 このいたちごっこが何度も続いている。


 これを異世界のことに当てはめると、暗黒教団の考え方の方が、現在の医学に近いように思えた。

 日本では、抗生物質の乱用は避け、様々な細菌に効くような抗生物質は、なるべく使用しないという流れになっている。

 このような方法を採ることにより、耐性菌の存在を抑え、効果を上げている地域もあるらしい。


 そもそも、僕たちの世界で最も猛威を振るっている感染症に対し、対抗する手段があるにも関わらず、放置している例のある現状が、それを如実に物語っている。

 その感染症とは、マラリアだ。

 マラリアは、世界保健機関の推計によると、年間3~5億人の罹患者と150~270万人の死亡者があるとされる恐ろしい感染症だ。

 日本などの先進諸国にも、かつてはマラリアが存在した。

 しかし、マラリアを媒介するハマダラカを撲滅することで、先進諸国からはマラリアは輸入例を除いて消滅させることができた。

 ハマダラカさえ撲滅できれば、マラリアは自然に消滅する。

 現時点で、マラリアを撲滅する方法は存在するのである。

 では、なぜそれをしないか?

 その方法に問題がある。

 ハマダラカの撲滅に、かなりの役割を果たしたのが、DDTと呼ばれる殺虫剤である。

 DDTとは、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」で問題提起をしたことに端を発し、のちに環境ホルモンとして有名になった物質である。

 この殺虫剤を大量に撒布すれば、現在、マラリアが猛威を振るっているアジアやアフリカなどの患者を激減させることが出来るだろう。

 しかし、環境ホルモンを大量に撒布するような行為は、現在、社会的に認められていない。

 年間3~5億人の罹患者と150~270万人の死亡者がいるにも関わらず。


 どうするのが正しいのかなんて、本当の所は分からない。

 現代医学の考え方が必ずしも正しいとは限らない。

 ただ、それでも、教会の考え方は理想論過ぎるんじゃないかと、部外者である僕には思えたのだった。

感想を頂き、読み直してみて説明が足りないと思い、抗生物質の説明を追加しました。

2/20再び修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ