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マクラな草子   作者: いーさん
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004

 ここで一つ、尾崎蒔良の昔の話でもしよう。尾崎蒔良が忘れたという本気の出し方にまつわる昔話である。いや、忘れたという表現は本来適当ではない。忘れたのではなく、忘れたいだけなのだ。尾崎蒔良の本気、すなわち尾崎蒔良流『道具武装』という蒔良本来の『自己流特技』を蒔良自身が使わないために、使いたくないために忘れたいのだ。

 無論そんなことができるわけもない。『道具武装』は尾崎蒔良が元来より持っている、蒔良だけの特技だ。そんなものを忘れることができるのならばそれだけで特技と評価されるのだろう。

 結果としてだが、蒔良は『道具武装』を使えなくなった。忘れたいなどと自分では思っていても、そもそもそう思った時点で蒔良は『道具武装』を使えなくなっていた。

 トラウマ。

 親友を『道具武装』で傷つけてしまったというトラウマである。

 否、親友では留まらない。他人以上知り合い以上友達以上親友以上恋人『以下』である。語り忘れていたがその蒔良の親友というのは女子である。蒔良がまだ小学生だった頃に知り合い、いまでも二人の関係はつかず離れず適当な距離を保ちつつ続いている。中学生当時は確かに互いのことを好き合っていて、恋人により近しい間柄だった。

 近しかっただけで、それ『以下』でしかなかったのだが。

 名を大地獄沢雛という。この名は彼女が仕事上名乗っているだけで本名は別にあるが、雛本人は本当の名を、本当の名字を語りたがらない。

 家族との繋がりを示す名前など、雛にとっては嫌悪すべきものなのだから。

 大地獄沢雛の特技は占いだった。小学校の頃から占いが好きになり、その程度は年相応の可愛らしいものだった。友人たちからせがまれ、よく友人たちを占っていた。蒔良もその内の一人だった。偶然一緒になったクラスメイト。占いが好きな友だち。この時点では蒔良と雛はその程度の関係でしかなかった。

 二人とも中学生になると、雛の占いは周囲から気味悪がられることとなる。雛の占いの才覚が徐々に発揮され始めたからだ。

 的中率が、普通ではなかった。

 雛の占いは、よく『当たってしまった』。いい結果が当たるのならばまだいいが、悪い結果まで当ててしまうと周囲は雛に嫌悪感しか抱かなくなった。

 常識では理解できない常軌を逸した存在、大地獄沢雛。

 今で言う瀬川奈々実のように、雛は周囲から孤立した。

 それでも雛は占いをやめることがなかった。蒔良が雛の占いを褒めていたからだ。

 雛は蒔良の事が好きだった。自分が得意なことを褒めてくれるのは家族でも友人でもなく、蒔良だけだった。その優しさが嘘か本当かはどうでもよかった。雛は蒔良の事が好きだった。

 蒔良もそんな雛の想いに気付き、こんなことを口にした。

「ぼくたち、両想いだね」

 当時の蒔良も雛の事が好きだった。占いが得意な彼女、自分にはない稀有な才能を持っている彼女の事を羨ましいと思った。単純に雛の容姿も可愛らしいと思っていたというのもあるが。

 ちなみにこの時点ではまだ、蒔良は自身の才能、『道具武装』には全く気付いてはいない。姉や悪友以外の誰かと喧嘩をしたことは無いし、姉や悪友とは殴り合いしかしていなかった為、気付くに気付けなかったのだ。

 武器を手に取り戦うことが、今まではなかった。

 それが、雛を傷つけた一つの要因でもある。

 占いを続けている雛の事を、とうとう家族が気味悪がった。雛の占いの腕はさらに磨きを増して的中率が上がり、雛が独自の占術を編み出すと、その的中率は九割を超えた。

 雛はある日、家族の行く末を占ってしまった。

家庭崩壊。

およそ予言に近いほどの的中率を家族は恐れ、そして、雛を捨てた。

 雛のいない場所へと逃げたのだ。

 家族揃って、どこかへ。

 蒔良はその事実に憤りを感じた。雛を置いて消えてしまった雛の家族を殴りたくて仕方がなかった。溜まりに溜まったこの怒りはどこへ振り下ろせばいい?

 そんな時、捨てられた雛の元を訪れたのが雛の実兄、渡である。彼はぼろぼろの服を着て、雛に詰め寄った。

「お前の占いのせいで、母さんと父さんは死んだ! 」

 聞けば、父親が運転していた自動車が大型のトラックに衝突したのだという。運よく生き延びた兄渡が雛の占いを思い出し、雛の元を訪れたのだ。

 曰く、雛の占いを信じて逃げた結果、本来巻き込まれるはずのなかった事故に巻き込まれたのだと。

 その場に居合わせた蒔良は反論する。

「でもそれはあなたたちが雛を置いて勝手に逃げたからでしょう! 雛は悪くない!」

「黙れ! そもそもお前も! こいつに余計なことを吹き込んだから、こいつが占いにのめり込んでしまったんじゃないか!」

 事故との因果関係はもちろん証明できない。渡は気が動転していて、冷静な判断を下せなかったのだ。

「お兄ちゃん……」

「黙れ。貴様などもう妹ではない! 殺してやる、殺してやる!」

 渡は大学生だ。中学生との体格差は歴然であり、蒔良が止めに入ったがあっけなく吹き飛ばされてしまった。

「雛!」

「ううっ!」

 渡が雛の細い首を掴み、締める。このままでは本当に雛が絶命してしまう。いやだ、雛を失うのはいやだ。

 蒔良は我を忘れて渡に掴み掛る。だが渡の力は強く、雛を逆に苦しめるだけだった。

「あ、あうう。ご、ごめん、まくら、ちゃん」

「雛! 雛!」

 雛の意識は朦朧としていた。それでも渡が雛に込める力は緩まる気配がない。

 蒔良は近くに落ちていた木の枝を手に取った。細く柔らかく、とても人を殴るには適さない脆そうな枝だ。

「雛から、離れろ!」

 それでも、雛を傷つける渡をこの手で倒さんとする蒔良の強い意志が、脆き枝を強固な『武器』へと変えた。

 鈍! という効果音と共に渡は倒れた。とても蒔良の体格では考えられない衝撃を加えられたことに渡は驚愕した。

「てめえ!」

 だが渡はそんなことを少しも気に留めることもなく、渡に対して反旗を翻した蒔良に掴み掛ろうとした。中学生に比べて力もある大学生ならば掴み掛れば呆気ないと単純な思考だった。

 それでも蒔良の激情には遠く及ばない。

 尾崎蒔良流『道具武装』の前には、ただ突っ込んでくるだけの渡など相手にならなかった。蒔良が振るったのは細くてもろい朽ちかけた木の枝だ。

 それでも、本来ならありえないほど力が込められており、渡を圧倒した。

 蒔良自身も、枝を『武器』と認識した時から不思議と的確な攻撃を繰り出せる気がしていた。それは真実であり、それが『道具武装』の本質である。

「やめて! 蒔良ちゃん! お兄ちゃんが死んじゃうよ!」

 雛の声で意識が戻される。蒔良の目の前で渡が血を流して倒れている。

 いつから? 二度、三度打ち込んだときはまだ自分の意識ははっきりしていたように思う。その先を思い出せない。

 蒔良は知らず内に渡を必要以上に痛めつけてしまっていた。動かなくなった渡を無表情で殴り続ける蒔良に雛は恐怖を覚えた。

「ぼくが……?」

 騒ぎを聞きつけた大人たちに三人は保護され、事情を話した。その時、客観的に見れば明らかに蒔良が加害者である状況だったのだが、蒔良が中学生で渡が大学生だったこと、蒔良が手にしていた木の枝がひどく脆く、人を殴るには適さないと判断されたこと、雛が蒔良と渡、どっちも悪くないと弁明していた事、目を覚ました渡が、自分が雛の首を絞めてしまっていたことを認めた事などから、蒔良は少年院にも入れられずに済んだ。

 身寄りのない雛を親戚が預かるという話にもなったが、雛の占いの力は親戚中に知れ渡っていたために誰も引き取り手が現れないまま、

「うち、一人で生きるから、いい」

 と、雛の決心を尊重して話は終息した。渡は釈放された後、どこかへと消えてしまった。

「雛……」

「蒔良ちゃん、君は何も悪くないんだよ。むしろうちは嬉しいんだ。あの時助けてくれなかったらうちは死んでいた。命の恩人である蒔良ちゃんを責められる権利なんて、ないんだよ」

 その言葉が返って蒔良を苦しめた。激情に身を任せていたとはいえ、両親を失ったばかりの雛の実兄を一方的に殴りつけ、雛を結局一人にしてしまう結果になった。

「雛。ぼくはもうあの力を使わない。あんなので傷つく人を、もうぼくは見たくない」

「うん。うちもあんな蒔良ちゃんは見たくない。優しく、強く、うちの事を認めてくれた蒔良ちゃんのあんな怖い姿、もう見たくない」

「ごめん、雛。……許してくれとは言わない」

「許すも何も、蒔良ちゃんは何も悪くなんてないんだ」

 いや、悪い。雛が何と言おうと、例え雛が許してくれるとしても、自分が自分を許せない。

 この件で蒔良はひとつの決心をした。

「雛。ぼくの家に来なよ。ぼくたちと家族になろう」

 ある種プロポーズにも聞こえる蒔良の言葉。雛は心から、それを嬉しく思い、そして重く感じた。けれど、蒔良のその提案を雛は否定する。

「うちは一人で生きていくよ。蒔良ちゃんたちに迷惑はかけられない。でもありがとう。とても嬉しいよ。大好きな蒔良ちゃんがそう言ってくれて。結婚したいくらいだ」

「だったら!」

「でもだめだよ。結局うちは誰とも家族にはなれないんだ。だからごめん、蒔良ちゃん」

「どうしてそこまで……。ぼくも、姉さんも雛の事を迷惑だなんて思うもんか! ぼくの事が好きなら、ぼくの傍に居てよ、雛!」

 蒔良の切実な思いはけれど、雛には届かなかった。

「本当にありがとう。うちはこの町から離れる気はないからさ。落ち着いたら会いに来てよ、明里ちゃんと一緒に。……またみんなで一緒に遊ぼうね。うちが愛する、大好きな大好きな、『大嫌いな』蒔良ちゃん」

 もう蒔良に、雛を追う気力は残されてはいなかった。大好きだった雛に大嫌いと言われてしまったショックもあるだろう。しかし、それ以上に雛の決意が固く動かしようの無いものだと分かり、それ以上引き留めることができなかったのだ。

「……でも雛。ぼくたちはいつまでも親友だよ」

 静かに去っていく雛の背中に、そう声を投げかける。雛はそれに対して、背を向けたまま手を振っただけだった。

 その後、蒔良に対する事情聴取も落ち着いてきた頃、蒔良は姉である尾崎明里と共に夢美里中を捜索し、ついに雛の姿を認めたときには雛は横たわって倒れていた。

「雛!」

 息はある。どうやら疲労と空腹で倒れてしまっただけの様だ。介抱し、尾崎家へと雛を運ぶ。

 明里の部屋のベッドに寝かせ、雛が気が付いた時、蒔良は心の底から安堵した。

「ああ……蒔良ちゃん。それに明里ちゃん。久しぶり―。元気してた?」

 弱々しい声で雛は言う。

「あたしたちのことより自分の心配しなさいよ雛ちゃん。あんた今まで何やってたの?」

「そんなことよりお腹すいた。なんか食べさせて」

 人を心配させていたにも関わらず、マイペースにそんなことを要求する雛に対し、蒔良と明里はつい笑ってしまった。良い良いと明里は意気揚々とキッチンに向かい、食事の用意を始めた。部屋に残された蒔良は雛と何を話したらいいか迷った挙句、もう一度、雛に問うてみた。

「雛。こんなことを続けていたらいつ死んでもおかしくないだろ。いい加減諦めて、ぼくたちと家族になろう」

 雛は蒔良に礼を言い、それでも、その申し出を断った。

「うち、やりたいことあるんだ。蒔良ちゃんだけが認めてくれた自分の才能を、やっぱり否定はしたくない。うちがこれを諦めなかったからあんなことになっちゃったけど、それでもうちができることと言ったら、これしかないから」

 雛は決意を込めて、蒔良に言った。

「うち、占いを続けたい。ひとりで、自分だけの才能を使って、自分の力で生きていきたいんだ」

「……雛」

 それはなんと無謀な生き方か。中学生の少女が占いだけで生活できるわけがない。……止めるべきだ。雛を大切に思っているからこそ、それは絶対にやめさせなければならない。

「止めても無駄なんだね、雛」

「無駄さ、蒔良ちゃん。うちの諦めの悪さは知っているだろう? うちは蒔良ちゃんよりも、明里ちゃんよりも、お父さんよりもお母さんよりもお兄ちゃんよりも頑固だよ」

 本当は、蒔良が褒めてくれた、認めてくれた唯一の才能を。

 捨てたくないだけ。

 雛にとって蒔良の存在はそれほどまでに大きいのである。

「……わかった。でもさ、手伝うくらいならいいだろう? ぼくも姉さんも結局君の家族にはなれないけれど、それでも僕が大好きな雛のことくらい、僕は見守っていきたい」

「そう面と向かって言われると照れるねえ蒔良ちゃん。それが君の良いところでもあるんだろうけれど、乙女を口説き落とすには台詞がちょっと安っぽくないかい?」

「そうかな? じゃあ雛。ぼくたちに余計なお世話を君にしにいくよ。それなら文句ないだろう」

「構わないさ、歓迎するよ」

「その代わり、定住くらいしなよ。ホームレスならホームレスでいいからさ、ふらふらしてないで同じ場所に居てくれ」

「そうだね。この前は考えなさ過ぎたよ」

 明里が食事の用意を済ませている間、蒔良と雛は存分に会話を楽しんだ。雛の心も徐々に安らいでいき、蒔良も、雛と一緒に居るのは本当に楽しいと改めて実感した。

 結局、雛はここと場所を決めるまで尾崎の家に厄介になっていたが、それもすぐに終わった。夢美里と隣町を隔てる大きな川にある防空壕跡地。そこに雛はねぐらを作り、住むことに決めた。横穴は大人が入るには少しばかり窮屈だが、体の小さい雛にとっては丁度良い大きさだった。

 これで尾崎蒔良と、蒔良の親友大地獄沢雛の第一の物語は一旦の終息を迎える。これより蒔良と雛の二人は、蒔良が現在に至るまでのお間ずっと関わりを続けており、それはこれからも続くのだが、尾崎蒔良と大地獄沢雛。二人が織りなす第二の物語の扉はそう遠くない未来で開かれることとなるだろう。それが喜劇か悲劇か惨劇かは今のところ語るべきではないのだが、よき運命であることを今は祈るだけである。


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