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マクラな草子   作者: いーさん
7/11

003

 翌日の放課後、尾崎蒔良と瀬川奈々実は三年三組の教室に残り、『特技合わせ』でのチームメイトを待っていた。昼休み頃に菊池綾子より蒔良宛にメールが届き、チームメンバーの顔合わせは正面玄関から近い(つまり下校しやすい)三年のフロアの中で最も馴染のある教室ということで三年三組の教室で行ないましょうとのことだった。一年生のメンバーは既に確保してあり、仙堂里あひるが連れてくる手はずになっており、菊池は仙堂里よりも先に三年三組の教室を訪れた。

「やあ菊池ちゃん。早かったね」

「失礼します……」

 上級生の教室を使うということで若干緊張の色を隠せない菊池である。現在は放課後と言えども教室に残っている生徒も多くはないまでも数名いるため、いつもは声量も多い菊池も委縮気味である。

「堅くなる必要はないのよ綾子。私たち三年生は基本的に受験やら何やらで忙しい身分だから、訪れた下級生にちょっかい出すような暇はないわ」

「と言ってもですねえ。やっぱり見知らぬ教室を訪れるというのは勇気がいるものなのですよ奈々実せんぱい。正時せんぱいのクラスを訪ねたこともあるので一度も来たことがないわけではないのですがそれでも……ですかねえ」

「あらなにかしら綾子。私は受験生だから後輩に構っている余裕などないのだけれどどうしてこんなところに居るのかしら」

 テンションを控えめにしている菊池を尻目に若干悪戯心が芽生えた瀬川が菊池に軽口を言う。

「せんぱい! 実は私、せんぱいの事っ!…………す、す、す」

 菊池は無理やり自身を奮い立たせ、瀬川の冗句に乗った。

「す?」

「スキンシップの取り方を間違えた魔法使いから生まれた少女略して魔女だと思っていました!」

「ふふふ……。よくぞ見抜いたわね綾子。けれどもう遅い、遅いのよ。既に私の手駒であるオザッキーの末裔、マックラーンの封印はとかれている! 見よ、この堂々たる雄姿! 猛々しい魂の持つエネルギー! 溢れだす無限のパワー! 全てにおいて世界を揺るがす全知全能の新人類の王よ!」

「わけがわからないよ瀬川。オザッキーとかマックラーンとか安直だし。なんだか設定も安いし。どうやら君は物書きの才能がないようだね」

「なんという横槍! これがマックラーンの力か!」

「空気を読まない能力エアブレイカー! 恐ろしい!」

「馬鹿だろ君ら」

 瀬川と菊池のやりとりを見て呆れ果てる蒔良と教室に残っているクラスメイトの姿がそこにはあった。

「でもまあ少しは緊張も解けたでしょう」

「おかげさまで。……奈々実せんぱい、本当に文才がないんですね」

「……放っておきなさい」

「失礼します」

 そこへ、女子生徒が二人の男子生徒を従えて教室に入ってきた。女子生徒は菊池綾子がペアを組むクラスメイトの仙堂里あひるである。

「どうもせんぱい方。わたしが仙堂里あひるです。『特技合わせ』終了までなにかとお世話になると思いますがよろしくおねがいします」

「うん。こちらこそよろしく。僕は尾崎蒔良」

 蒔良は、菊池から聞いた仙堂里の印象とは若干異なる印象を受けた。クラスの中では大人し目な子であると聞いていたが、意外にも社交性のあるしっかりとした子であると蒔良は思った。

「……瀬川奈々実」

 瀬川は初対面の生徒三人と接することに少なからず緊張をしている。蒔良はそれを察し、瀬川の傍にさりげなく寄った。その気遣いに、瀬川は少し安堵した。

「尾崎……蒔良、先輩ですか。失礼ですが結構不吉な名前をお持ちですね」

「はは、本当に失礼だねえ」

 そう解釈するか、と蒔良は心の中で分析をする。

 尾崎蒔良。蒔良が名乗った後、相手がどのような解釈をするかで蒔良は相手の事を一定の評価ができると考えている。これは蒔良自身の基準で確たる証拠はないのだが、蒔良と聞き寝具を思い浮かべる人は一般的な思考回路を持つ人間。尾崎蒔良と聞き不吉な印象を持つ人は少しひねくれた性格をしている人間と、蒔良はそう考えている。

 無論これに当てはまらない場合も多いが、かといってそれなりに信用できる分析だと蒔良は解釈している。

 いずれにしろ、それで対応を変えることなど無いから目安にもならない目安なのだが。

「さて、この二人が一年生のチームメンバーです」

 仙堂里の後ろに居る男子生徒二人が前に出る。二人とも背は低いがひとりは目つきが悪く態度も大きく振る舞っているが、もう一人は大人しくうつむき加減である。

「この目つきの悪いのが牡蠣崎倉之助くん。大人しそうな子が大内湖大和くんです。一年生ですからね、今回の『特技合わせ』でどれだけ役に立てるかは分かりませんけど」

「……どうも、大内湖大和です」

「牡蠣崎倉之助です」

 大内湖はともかく、牡蠣崎がまともな挨拶をしたことに蒔良は軽く驚く。見てくれだけで人の判断はできないため、反省する。

「ちなみに牡蠣崎くんは『特技持ち』です」

「へえ、この時期で『特技持ち』だなんて大したもんだね」

 年度初めの『特技合わせ』の時点で『特技持ち』の一年生は珍しい。それがどんな特技であれ、入学してからおよそ一か月の特技開発カリキュラムで自分の本質を探り、『自己流特技』として開発、そして習得ができるというのは滅多な生徒ではできない偉業と見做されている。それはその時点で学校中に牡蠣崎の事が知れ渡ってもおかしくない事なのだが、蒔良はそのような事実がないことに全くの疑問を抱かず牡蠣崎を褒めた。

「全然まったくたいしたことじゃねえですよ、先輩。おれの特技なんて『特技合わせ』じゃあ全く役に立たねえんですから」

普段は口が悪いようだが、謙虚である。牡蠣崎は三年生である蒔良に対してなんの緊張もなく恐れもなく接している。

「さてと、これで五月の『特技合わせ』に出場するメンバーが顔合わせできたね」

「尾崎くん。あとはチームリーダーと副リーダーを決めなくてはならないのよ」

「ああそうだったね……。どうやって決めようか?」

「それは当然、せんぱい方でしょう。蒔良せんぱいと奈々実せんぱいがやってくださいよ。三年生なんだし」

 菊池は当然のように蒔良と瀬川をチームリーダーに推薦する。

「わたしもそれでいいと思います」

「僕も」

「おれもです、先輩方」

 二年、一年の総意で、チームリーダーは蒔良、副リーダーは瀬川に決定した。

「はあ。それでいいかい? 瀬川」

「仕方ないんじゃないかしら。私も嫌とは言えないわよ、後輩の頼みだもの。でもこれで、生徒会にメンバー表を提出できるわね」

「いやあと一つ、チーム名を書く欄があります」

「チーム名か……」

 蒔良はこういう時には頭が働かない事を自覚していた。何かの名前を考えることは苦手である。瀬川も同様であり、二人はチームメンバーに命名を託す。

「あひるちゃん、どんな名前が良いと思う?」

「そうね……。わたしもこういうの得手ではないのだけれど、単純に『チーム尾崎』とか」

「安直じゃねえですか先輩。けどまあおれも考えんの苦手だからそれでいいとも思いますけどよ」

「……僕も」

 議論にすらなっていない話し合いの結果、チーム名は『チーム尾崎』に決定した。リーダーの名をチーム名に使うことに一切の抵抗が見られないチームメイトの思い切りの良さと考えなさに一抹の不安を覚える蒔良である。

「とりあえず、決めることは決まったね。……なんだかやっつけ感がすごいけれど」

「まだお互いの事も分からないのではそうなることはむしろ自然でしょう、せんぱい」

 仙堂里の言い分にも一理あった。よくよく考えれば今日の今日会ったばかりのチームメイトである。お互いの事を何も知らずに『特技合わせ』に挑むというのは無謀である。

「じゃあなんだろう。改めて簡単な自己紹介くらいはしておくかい? 質問タイムありで」

「……尾崎くん。あまり面倒なことを提案しないでよ」

 自己紹介が苦手な瀬川が否定する。

「まあまあ瀬川。これもチャンスと思いなよ。それに、少なくとも『特技合わせ』ではあの三人と行動を共にすることになるんだから、少しでも慣れておかないと」

「それはそうだけれど……」

 渋る瀬川を説得し、蒔良は自己紹介を始める。

「僕は尾崎蒔良。……特に長所も短所もないかなあ。自分で言うのもなんだけれど、特技開発カリキュラムを受けていながら自分の長所を自覚できない平々凡々な人間だよ。趣味は散歩と日本独特の文化探し。いろいろな国から影響を受けている日本の、これといった日本だけの文化を探すのが趣味だ」

 人には理解できない趣味である。そしてなんの実りもない。

「尾崎せんぱいは『自己流特技』をお持ちで?」

 仙堂里が質問をする。その質問に蒔良は答えられない。というより答えたくなかった。尾崎蒔良が中学の頃抱えたトラウマに直結し、本気を出すことをやめた過去の一件から、蒔良は自分の特技を封印しているのである。

「答えらえねえんですか? 」

「……いや、答えられないわけじゃあないんだけれどね」

「その様子だと尾崎くん、特技を……」

 特技など持っていないと嘘を吐くことは簡単だが、蒔良は嘘を吐くのが嫌いだった。嘘を吐くというのは自分の事も欺くということであり、今回の事で嘘を吐けば、過去の一件にも背を向けることになる。それは一番大切な友人を裏切ることにもなり、それだけは絶対にしたくなかった。

 沈黙は肯定に値する。

 だからこの時蒔良が取った選択肢は認めることだった。

「……うん。持ってるよ、僕は特技を。尾崎蒔良流『道具武装(ツールマスター)』と言ってね、そこらにある道具とかガラクタを武器として扱う技術系特技だ。でも、本来人を傷つけるためにはない便利な道具を人傷つける武器に変えてしまうこの特技を僕は一度使ったきり封印している。理由はまあ話せば長くなるんだけれど、聞くかい?」

「蒔良せんぱいが特技を……」

「そうなんだ菊池ちゃん。黙っていてごめん」

 菊池は蒔良の事を、特技を持たない一般生徒だと思い込んでいた。だから蒔良が『特技持ち』と知り、ショックを受けた。自身も特技開発カリキュラムを受講して二年目、一向に特技を習得する気配がない。だから特技を持たないせんぱい二人に親近感を持って接していた。

 しかし、これでは単に『特技持ち』に嫉妬してしまうだけだ。それだけはあってはならない。

「いや、ちょっと驚いただけですよ、せんぱい。別にせんぱいは私をだましていたわけじゃあないですし、そういえば一般生徒だなんて一言も言ってませんでしたからね。私がそう勝手に思い込んでいただけなんですもんね」

「そもそも黙っていた理由が分からないのだけれど、尾崎くん」

 瀬川が当然の疑問を口にする。

「……まあそれはなんというか。さっきも言ったかもしれないけれど、いや言っていないか。僕は自分のこの特技が嫌いなんだよ。だからなんていうか……認めたくなかった。それは逃げだってわかっているんだけれどね」

「封印したってどういうことなんですか、先輩」

「封印というか、戒めというか。普通に道具を道具として使う分には構わないのだけれど、武器として、つまり『道具武装』を使うこと前提で道具を手にすると、僕は震えて動けなくなる。……トラウマなんだ。僕はこの特技で昔、親友を傷つけた」

 本当は謝らなくちゃあいけない。心の底から。

「あいつは許すって言ってくれているんだけれどね。僕の方が自分を許せないんだろうな……。だから今は『道具武装』を使えない。使おうとしても使えないのさ」

「ふうん。昔、ということは、その特技はもしかして高校に入る前から習得していたの?」

「そうだね。その通りだよ」

「でもそんな事情があるなら全然蒔良せんぱいは悪くないじゃないですか! じゃあ仕切り直して次は奈々実せんぱいですよ!」

 自己紹介の途中だった。瀬川は一度深呼吸して、何を喋るか一度頭の中で考えてから口にした。

「瀬川奈々実。知っていると思うけれど、学校中の嫌われ者」

「瀬川。そんなことまで言わなくていいから」

「……うん、尾崎くん。じゃあ隠す意味もないから私も特技を。瀬川奈々実流『母性本能(マザー・マザー)』という特技を持っているわ。つい最近開発できたもので、偶然開発できたものなのだけれど、ええとなんというか。どんな特技かは説明しにくいわ」

「奈々実せんぱいまで特技を……?」

「ええ綾子。尾崎くんが入院しているときにちょっと、ね」

 鈴木正時との戦闘で大けがを負った蒔良が入院し、瀬川が見舞いに行った日。蒔良はその時瀬川の本質を知った。母親のような安らぎを、瀬川から感じ取った。『母性本能』はその本質を体現した特殊能力系特技。身体の疲れや精神に癒しをもたらし、精神的に強くなれる温もりと優しさを与える特技である。

「……瀬川せんぱいと尾崎せんぱいは大変仲がよろしいのですね。二人の絆が、瀬川せんぱいの特技開発に一役買ったのでしょうか」

「へえ、ドラマチックじゃねえですか。おれは好きですよ、そういうの」

「……僕も」

 仙堂里、牡蠣崎、大内湖の三人は瀬川を称賛したが、菊池綾子だけはそうではなかった。

 自分とは近しいと思っていたせんぱいが両方とも『特技持ち』だった。さっきは嫉妬しないと決めたのに、心が折れそうだ。

 いけない。このままだと暗い感情に支配されて二人の事を裏切ってしまいかねない。そんなことはごめんだ。

 絶対に、二人を敵とは認識したくない。

「いいなあ! 二人とも特技を開発できて。わたしもいつか開発できるでしょうかね!」

「うん。君ならできるよ、菊池ちゃん」

 表面だけ取り繕っても、やっぱり駄目だ。だんだんと嫉妬の渦に巻き込まれそうだ。

「…………」

 頓々と、菊池の肩をたたく者がいた。

「えと、大和くん?」

「元気、出してください」

 大内湖は一人、菊池の心中を察して静かに囁いた。大人しく見えて実はとても勘の良い一年生である。その優しさに菊池は少しだけ救われ、菊池は大内湖の頭を撫でた。大内湖は照れていたが、まんざらではなさそうである。

「じゃ、次は私ですね。私は菊池綾子。『自己流特技』は習得していない一般生徒です」

 それからの自己紹介は割とスムーズに進んだ。仙堂里も牡蠣崎も自身の持つ特技については何も語らず、聞かれてもごまかすだけであった。夢美里高等学校の『特技持ち』の中にはこのように、自分の『自己流特技』を人に教えたくない生徒もいるため、蒔良も瀬川も追及はしなかった。

 さらに、人一倍おとなしいだけの大内湖は一般生徒でありながら過去数々の賞をとってきた神童と呼ばれたことのある経歴をもつ少年であったことに蒔良と瀬川と菊池は大いに驚いた。仙堂里と牡蠣崎はそのことを既に知っていたようで、それをしてチーム蒔良に招待したのだと言っていた。

 ともあれ、チーム尾崎のチームメンバー顔合わせはこれにて終了。チームリーダーは尾崎蒔良。所有特技は『道具武装』。副リーダーは瀬川奈々実。所有特技は『母性本能』。以下、一般生徒、菊池綾子、大内湖大和。『特技持ち』仙堂里あひる、牡蠣崎倉之助。所有特技は両者とも不明。

 チーム尾崎。彼らが『特技合わせ』にてどのような活躍を見せるのかは、まだ分からない。


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