第二章『特技合わせ』 001
全校生徒の自主性を極めて重要視する公立高等学校、夢美里高等学校において教師側が唯一定めているルールがある。それが、『特技合わせ』においての主催は常に生徒会に限るというものである。『特技合わせ』の開催、非開催の権利を含むすべての権限を生徒会は擁する。『特技合わせ』以外の学校行事などは他生徒が生徒会に申請し受理されればいつでも行うことができる。それはもちろんプログラム全内容を開示し合理性が伴うものという条件付きではあるが、体育祭や球技大会などおよそ高校生の主たる行事などは生徒会の主催でなくとも開催することが可能だ。その年に申請さえすれば、年に数回の体育祭を開くことも可能である。
ただし『特技合わせ』のみ、生徒会役員以外の生徒が主催で行うことは禁じられている。『特技合わせ』は夢美里高等学校においては伝統ともいうべき行事であり、それを他の生徒が運営するには不安がでるというのが主たる理由ではあるが、『特技合わせ』というのはその性質上、生徒たちの技能と才能を比べる行事である。生徒会以外の生徒が独断で『特技合わせ』をセッティングし、弱者を一方的にいたぶる非人道的な大会になってしまわないよう、生徒会というある種教員側に信用されている組織に運営がまかされているのである。いわば『特技合わせ』の秩序を保つためである。
尾崎蒔良が三学年に進級し、今年度初の『特技合わせ』は五月の二〇日~二四日までの五日間にかけて行われることとなった。日程の発表に伴い校内の掲示板は『特技合わせ』に関する文書で埋め尽くされ、臨時の集会も執り行われた。
五月一日のことである。
蒔良も、四月の一件での怪我も順調に回復してきて登校を再開したばかりの頃である。
「ではみなさん。これより生徒会長より五月の『特技合わせ』、その全容について説明があります。心してお聞きいただきたい」
司会進行を務めるのは生徒会副会長、三年二組の山田未来である。
「さて、今年最初の『特技合わせ』がいよいよ開始される。新入生のみなさんにとっては初めての『特技合わせ』、どんな行事でどのような内容なのか不安もいろいろとあるだろう。だが、特技開発カリキュラムを受講しているのだからある程度の知識だけは持っているだろうと勝手な推測のもと話を進めよう」
壇上に立つ生徒会長立川響の威圧感は半端ではなかった。新入生にとっても立川響という男が只者ではないことくらい肌で感じ取れるほどにその存在感が引き立っている。
「今年最初の特技合わせだが、形式で言えば団体戦だ。チームを組んでもらい、定められた組み合わせにて対戦し、勝利したチームがある特別な試合に参加できる。それは後々説明しよう。まずはチームの組み方だ」
「……チーム戦か。噂通りだね」
「そうね」
蒔良と瀬川は壇上の響きを見つめながらつぶやく。
「最初に各クラス、ペアを組んでもらう。その後、他の学年のペアと一組ずつでチームを組む。合計六人三組のチームを組んでもらうということだ。つまり、各学年一組ずつで混成されたチーム同士で試合を行う。クラスのだれと組むかは問わないが、他のクラスとペアを組むのは禁止だ。同様に他の学年でペアを組むのも禁止する」
「……困ったな。僕には一緒にチームを組めそうな後輩がいない」
「一応綾子あたりは候補に挙がるけれど。それでも三人ね……」
「菊池ちゃんとチームを組むなら、菊池ちゃんと組むパートナーの人も一緒になるから四人だ。……問題は一年生とは全く接点がないってことなんだけれど」
三年間、同学年でしか友人を作らなかった蒔良と、三年間ほとんどの生徒と接点を絶ってきた瀬川の二人にはチーム候補を挙げられないのである。
「同学年で組めないルールが痛いね」
蒔良たちの不安をよそに響は説明を続ける。
「チーム編成の例外は認める。各学年で人数の偏りがある場合も考えられるだろうから、その場合、各学年一組構成が難しくなるだろう。その時は明確にチームを組めない理由があるチームのみ例外を認めよう。次に各試合のルールだが、それは当日になるまで開示しないことにする。対戦相手についても同様だ。試合当日になるまで対戦相手の傾向と対策を打てないようプログラムを組んである。故にチームを組む際は、どのようなチームとあたっても勝てるようなバランスのいい編成をお勧めするが……それは自由だ。『特技合わせ』の目的は勝つことではない。自身のことをよく知ることだ。まあそれ以前にみなさんには是非とも楽しい試合をしてもらいたいがな」
「くじ運いいといいわね」
「僕にそれを期待してはいけないな。新年のおみくじでは必ず大凶を引くことで一時期有名になったことがある」
「逆に凄いのでは?」
「そうだね」
軽口を言い合ってはいるが、直後、二人に衝撃が襲う。
「勝つことは目的ではないと言ったが、勝てばそれなりの特典がある。それが先ほどちらっと言った特別な試合をすることができるというやつなのだがな。今回の『特技合わせ』ではチームリーダーと副リーダーを決めてもらう。各試合の定められたルールによって勝利した場合、定められた相手のリーダー、または副リーダーが付けることになっている腕章を手に入れることができる。リーダーの腕章で三つ。または副リーダーの腕章で六つを手に入れたチームは……俺がリーダーのチームと試合をすることができる」
集会に参加している全生徒が驚愕した。夢美里高等学校の実質的な王者の貫録をもつ立川響。『絶対的なカリスマ性』によって相対するものは誰であれ立川響には敵わないとされている、夢美里高等学校の頂点の名をほしいままにしてきた男。
一年生はともかく、二年生と三年生のだれもが知っている。いくら『試合』だろうと立川響にかなう生徒は夢美里高等学校にはいないと。それでも、『自己流特技』を習得しているほとんどの生徒はこの特別試合に恐れを抱きつつ、心の中で歓喜した。
立川響と戦える。
その点のみにおいても、今回の『特技合わせ』は参加する意義がある。
「いわば生徒会チームなのだがな。我々は通常の試合には参加しない。条件を満たしたチームのみが俺たちと戦うことができる。俺たちに勝つことができた時点でそのチームは今回の『特技合わせ』の優勝チームだ」
「生徒会チームへの挑戦か……。たしかに面白そうではあるね」
「尾崎くんだったらどう? 勝つ自信はあるの?」
あるわけがない。立川響に勝てる生徒など、この学校には居ない。もしかすると新入生の誰かが彼を倒しうる逸材だったのならば、とも思うがそれもおそらくないだろう。
「……ま、夢だよな。響くんに勝つってのは」
「私はどうでもいいんだけれど」
瀬川が驚きこそすれ、立川響と戦えるかもしれない『特技合わせ』自体には魅力を感じてはいなかった。それは彼女が、今は『特技合わせ』を通じて尾崎蒔良と、あるいは自分自身と向き合いたいからである。
「優勝したチームに特別賞があるわけではない」
響は続ける。
「ただし誇れ。この俺を倒したという事実を。それがみなさんが得ることができる、掛け替えのない優勝賞品だ」
立川響を倒す。
新学期最初の『特技合わせ』は、ほぼすべての特技開発カリキュラム受講生が参加する大々的なものとなる。