007
いよいよ尾崎蒔良が三年に進級してから初の『特技合わせ』の日がやってきた。蒔良は大地獄沢雛に会った日から、自分の『自己流特技』である尾崎蒔良流『道具武装』を使えるようになるための特訓を姉と行ってきた。前のように武器を握ると震えてしまうようなことは無いが、それでもやはり雛に対しての遠慮が少なからず残っていたため満足な完成には程遠い。自分の特技も満足に使えないなど情けないと自分では思いつつも、それはこれからの課題にしていけばいい。
そのための『特技合わせ』だ。自分の才能を自覚し認め、それを伸ばすために受講している特技開発カリキュラムの一環としての行事。チーム戦である今回においてどのような試合、どのようなチームと戦うかは分からないが、相手に『特技持ち』が居るならばそれだけで自分にとっての良い刺激となる。
『特技合わせ』に参加するような生徒がみな一様にそのように感じているかは定かではないが、面白くともつまらなくとも心に与える影響は必ずある。それを自覚できるだけでも、意義があるのである。
「さてみなさん。今日は待ちに待った『特技合わせ』だ。本日から五日間、存分に相手を試し、自らを試せ。どんな相手と戦うにしても最低限の礼儀だけは忘れずにな。……それではこれより『特技合わせ』の開会を宣言する! 思う存分、楽しめ!」
立川響生徒会長のコールと共に湧き上がる会場。今『特技合わせ』の参加者は過去の『特技合わせ』と比べると一段と多い。立川響生徒会長と戦えるというのはそれだけで、自分の才能を試したい人間にとってはおいしく映るのである。
或いは立川響を倒し、一躍名を上げたい連中がどれ程居るのか……それは把握できない。
さて、今『特技合わせ』のルールをおさらいしよう。
基本的には同クラスでペアを組み、さらに他の学年のペア二組と合わせて三組六人のチームを形成し、チーム同士で試合をする団体戦である。各チームにはリーダー、副リーダーを決め、それぞれの腕章を奪い合うルールだ。腕章を取られたチームは失格とならず、生徒会側が決めた相手と試合を続けることになる。その時に相手の腕章を奪うことももちろんできるし、負けても試合は続けられる。
腕章を持てる数には限界がある。リーダー腕章は五つ、副リーダー腕章は七つ以上を持つことは許されない。腕章を限界数持っている場合、試合に勝っても相手の腕章を奪うことができない。むしろ腕章を持っていないチームに譲渡することが薦められる。
今回の『特技合わせ』においては所謂『優勝者』というのは発生しない仕組みである。どれだけ他のチームを倒したところで得点を得ていくわけではないし、より多く戦えばいいというものでもない。生徒会が試合を仕切っている限りそういった偏りはありえない。
ただし、生徒会チームと戦い、勝利することができれば話は別である。
リーダー腕章三つ、或いは副リーダー腕章六つを集めることで生徒会チームと試合をする権利が与えられる。立川響が率いる生徒会チームと、である。
それに勝てば、『優勝』。口で言うだけなら簡単である。
それを為すことがどれだけ大変なことか、腕に覚えのある生徒なら誰でも知っていることであるのだが、だからこそ、それを為そうとする生徒も大勢いる。
『さあさあ始まりました『特技合わせ』! 実況はこの私、小野寺歩矢子! 解説は――』
『小城三鷹。よろしく』
『テンションが低いぞ小城くんこのやろう! ともあれ私たち二人が注目のゲームをことあるごとに実況しちゃうからそのつもりで!』
小野寺歩矢子。学校一テンションの高い女生徒と称される噂好きの放送委員長。現生徒会が仕切る『特技合わせ』だけでなく、学校のありとあらゆる行事の実況を全て担ってきた生徒である。対して小城三鷹。マスメディア部部長の彼はあらゆる情報を収集することを趣味としている生徒であり、夢美里高等学校七不思議をはじめとするありとあらゆる噂話の情報を持っている。それらの真偽は問わず、とにかく集めるだけ集めたいと考えているだけである。
こと解説に回ればその副産物として得たあらゆるデータを駆使した的確な解説を行うとして評価が高い。
二人ともなんら特技を持っている訳ではない一般生徒ではあるが、それでも学校中に名を知らしめている生徒である。
『ずばり小城くん。今回の『特技合わせ』はどういった生徒たちが活躍できるのかな?』
『基本的にはチームバランスのとれたチームだろう。『特技持ち』と一般生徒合わせて運動、学力が平均的に備わったチームが最も勝率は上がるはず。各試合のルールは試合直前になるまで分からないのだから今はそのくらいしか言えない』
『なるほどねえ。じゃあ事前情報において生徒会チームに勝ち目のありそうなチームってあるのかな?』
『どうだろうな。いくら平均的に優れているチームだろうとあの生徒会長の前では無力となる可能性が大いにある。直接会長と対峙したことのある生徒なら言っている意味も分かるだろうが、あの会長の前に純粋な強さは決して意味をなさないということだけは頭に入れておいた方がいいかもしれない』
『おっとここで小城くんからのアドバイスだ! みなさん、参考にしておいた方がいいと思うよ!』
立川響生徒会長という男が持つ特技の前ではみな平等、とまでは言わないが、立川響のもつ特技に真っ向から挑むことができる特技を持つ生徒は限られている。
立川響は強いのではない。
立川響は、絶対なのである。
「今回も張り切っているなあ、小野寺さんと小城さんは」
「これだけ大きなイベントだもの、当たり前よね」
尾崎蒔良と瀬川奈々実の両名は、毎度のことながら気分が高揚している実況者に対して感想を述べる。二人は現在チームメイトの集合を待っているところである。
「おや、尾崎くんになっちゃん」
体育館の出口付近で待つ二人に話しかけてきたのはクラスメイトの千早なつきだ。彼女は、蒔良が瀬川とかかわりを持っていることをよしとし、同じように瀬川とかかわりを持つことを決めた生徒である。ファッションとして常にヘッドフォンを首にかけている。その他にも千早と友人同士である複数人が同じように瀬川と交友関係を持つに至っていた。
なっちゃん、とは、千早及びその周囲が瀬川を呼ぶときのいわばニックネームである。
「やあ千早さん。日向さんは一緒じゃあないのかい?」
蒔良は千早の呼びかけに応じる。
「彩音のやつはどこかにひとりで行ってしまったよ。そこらではしゃぎ回っているとは思うが、なに、すぐ戻るさ」
「日向さんの面倒を見るのも大変ね」
日向彩音という生徒は天真爛漫な生徒で蒔良たちの属する三年三組内のムードメーカーである。普段はもうひとりのムードメーカー、野中潤と共に行動をしているが、今回は千早とペアを組んでいるため別行動である。
「君たちこそ、他のメンバーは一緒じゃないのかい?」
「僕たちの一回戦目の会場がここだからね。二年生の子たちが一年生の子たちを連れてきてくれることになってる」
『特技合わせ』の会場は基本的に校内のどこでも、となっている。ただし、特技開発カリキュラムを受講していない、いわば『特技合わせ』の参加権がない生徒の通常授業の邪魔にならない場所に限られる。もっとも、夢美里高等学校に通う生徒はほとんどがカリキュラム受講生であるため、実際に使用できる校内施設は多い。
各試合の会場は生徒会と、生徒会が依頼した審判団によって決定される。さすがに全ての試合を生徒会だけで運営するのには無理があるため、生徒会が依頼した生徒に限り『特技合わせ』の運営の一部を携わることができる。生徒会が依頼できる生徒の人数は『特技合わせ』の内容にもよる。ちなみに小野寺や小城の二人は毎度、実況依頼を受けてそれを承諾している。
「実はわたしたちの会場もこの体育館なのだよ。よもや、君たちと戦う事にはならないだろうね」
「対戦相手はぎりぎりまで知らされないのよね。対戦相手の情報を得られないというのは不安で仕方がないわ」
「といってもこれだけのチーム数だ。滅多に当たるなんてことは無いんじゃないかな」
「それはどうだろう。今回の『特技合わせ』はトーナメントではない。買っても負けても何度でも次がある。一日に何戦させられるかは分からないが、同じチームと対戦することは恐らくないということを考えると、わたしたちと君たちが戦う可能性も低くはないだろう」
千早はそのように考察した。
「今回の『特技合わせ』はとにかくいろいろな人と戦わせるみたいだからね。もしも千早さんたちと戦うことになったときはお手柔らかにお願いするよ」
「それはこちらのセリフさ。わたしも潤も特技を持たない一般生徒だからね。だからといって大人しく負けてはやれないがね。ま、実際に試合をする時になればその理由も分かるだろう、手の内をここで見せる必要もない。……そろそろ時間だ」
『さてみなさま準備は整ったかな? そろそろ第一回戦をあちらこちらで始めたいと思うので急いで会場まで集合するように!』
実況の小野寺は張り切って生徒たちを促した。
「それじゃ、わたしは先に失礼するよ。日向を見つけて、チームを合流させなくてはな」
「そうか、いいタイミングだね。僕たちのチームもようやく到着したようだ」
体育館の外から菊池綾子をはじめとしたチーム尾崎のメンバーが向かってきている。
「あれが君たちのチーム、か。試合前に敵の情報を知るというのは基本的な戦略なのだろうが、今はやめておこう。フェアじゃあない」
「ありがたいね。それじゃ、また」
千早は身をひるがえして去っていく。同時に尾崎たちのチームメンバーが体育館入り口に集結した。
「意外に遅かったね。もうすぐ試合だ。気を引き締めていこう」
尾崎蒔良。瀬川奈々実。菊池綾子。仙堂里あひる。牡蠣崎倉之助。大内湖大和。六名はまだ見ぬ対戦相手の元に向かう。いよいよ『特技合わせ』の第一回戦が始ろうとしていた。