マンドラゴラ、引っこ抜かれた相手に一目ぼれする
「はぁ……はぁ……」
一人の若者が夕暮れ時の山の中で息を切らしていた。
泥だらけの靴が、かなり長い時間歩き回っていることを物語っている。
草木をかき分け、少し開けた場所に出た時、疲れた若者の顔が一気に明るくなる。
「あ……あった!」
腰に下げた薄汚れたカバンから、一枚の丸められた紙を取り出し、広げる。
その紙には植物の絵が描かれており、若者の目の前に生えている葉と同じ形をしていた。
絵の下には小さな文字で『マンドラゴラ』と書かれている。
「ふぅ……。よし」
表情を引き締め、若者は自分の両耳に小さな布を丸めて詰める。
そして慎重な足取りでその植物へと近づいていく。
「これが……マンドラゴラ」
マンドラゴラ。
地面から引き抜くと同時におぞましいおたけびをあげ、その声を聞いた者を即死させるという恐ろしい魔物。
木の根っこのような体は万能薬の元となり、どんなケガや病気も治すと言われている。
若者は母の病気を治療する為に危険を承知で山に入り、自身の暮らす村の住人から聞いた目撃情報を元に、必死でマンドラゴラを探していたのだった。
「……よし」
意を決し、両手で葉を掴み、腰を落とす。
「ふっ……んんっ……くっ……!」
踏ん張るタイミングで、少しずつ草の周囲の土が盛り上がっていく。
「ぬぅっ……ふんっ!」
若者が渾身の力を込めると土をまき散らしながら、ふっくらとした人のような形をした根が地面から勢いよく飛び出してきた。
「ま、間違いない。マンドラゴラだ」
右手で葉っぱの部分を掴み、土にまみれたその体をじっと眺める。
すると、閉じられていたマンドラゴラの赤い目が突然大きく開く。
「うわっ! く、くるか!?」
若者が目を細め、歯を食いしばり、絶叫に備える。
ところがマンドラゴラの口からもれたのは、絶叫ではなく小さなつぶやきだった。
「……あら、素敵な男の子。ぽっ」
若者の顔を見た途端、マンドラゴラの瞳に恋する乙女の輝きが宿る。
若者は端正な顔立ちをしているがどこか頼りない雰囲気もあり、年上にモテそうなタイプだった。
耳栓をしている為、マンドラゴラの声が聞こえていない若者はしばらくそのまま構えていたが、やがて恐る恐る耳栓を外す。
「もう、大丈夫、なのかな?」
「ねえ、あなた」
「うっ、うわあああああ!!?」
マンドラゴラの甲高いダミ声に驚き、若者が尻もちをつく。
その拍子に手から離れたマンドラゴラは、くるりと一回転し華麗に地面に着地した。
「ちょっと、いきなり手放さないでよ。危ないわね」
「あ……ご、ごめんなさい。殺されるかと思って」
「ま、別の意味ではコロしてあげたいけど。うふん」
マンドラゴラが体をくねらせセクシーポーズを決めるが、若者は尻に付いた埃をはたいていて気づかない。
「……で? いきなり人様の体を引っこ抜いてなんのつもり?」
「え……。あ、えっと……母が病気で、その」
「なるほど。あたしの体を治療に使うつもりね? まあ、あなたなら、別の意味で使ってくれてもかまわないけど。むふん」
マンドラゴラが体をくねらせ脳殺ポーズを決めるが、若者は暮れゆく空を見上げていて気づかない。
「……いいわ。人間なんて本当はこの場で殺してその血を養分にしてあげるところだけど、あなたは特別。協力してあ、げ、る」
「ほ、本当ですか!?」
若者の表情が一気に明るくなる。
「あなた、名前は?」
「えっと、ホリオって言います」
「それじゃホリーちゃんって呼ぶわね。あたしは……そうねえ、マンドラちゃん、とでも呼んでちょうだい」
「えっ……それはちょっと馴れ馴れしいですよ。えっと、それじゃあマンドラさんで」
「んもう、照れ屋さんね。でも、そんな所も魅力的。ねえ、ちょっとしゃがんでくれる?」
「こう、ですか?」
ホリオが片ヒザをつくと、マンドラが軽やかに飛び上がりホリオの左肩に着地する。
そしてくつろぐように腰を下ろし、ホリオに頬ずりする。
「それじゃ、行きましょ。お義母さんの病気を治しにね」
「……お義母さん?」
「気にしない気にしない。レッツゴー」
「は、はい。おっとっと」
ホリオが歩きだすと同時に、少し左によろける。
「あら、大丈夫?」
「マンドラさんって、意外と重いんですね」
「……あなた、レディに対してそのセリフは駄目よ。少し教育が必要みたいね」
「え?」
こうして無事にマンドラゴラを手に入れたホリオは足早に山を下り、母の待つ家へと戻るのであった。
♢ ♢ ♢ ♢
「ただいま」
農村の小さな家にホリオが入ると、ベッドで寝ていた母、ネコムが苦し気に身を起こす。
その体はやせ細り、肌はくすみ、目の周囲は落ちくぼんでいた。
「ケホッ……おかえり、ホリオ。遅かった……ねっ……ゲホッ」
「起き上がっちゃだめだよ、母さん。ほら、体に障るから横になって」
「ごめんね……ケホッ。……ところで、なんだい? その肩に乗せているものは」
ネコムの視線の先では、ごく自然な様子でマンドラがホリオの肩に座っていた。
「えっと、この人はマンドラさん。山で会ったマンドラゴラだよ」
「マンドラでございます、お義母さま。以後、お見知りおきを」
マンドラが肩の上で立ち上がり、しなやかなカーテシーを披露する。
「マ、マンドラゴラ……?」
その名を聞いた途端、ネコムの目に怯えの色が宿る。
「あ、あんた大丈夫なのかい? そんな……人? 連れて来ちゃって……ゲホッ」
「だ、大丈夫だよ。マンドラさんいい人だから」
「そうそう、ワタクシ魔物の身ではございますが、根はいい奴ですのよ。根っこだけに」
「……」
警戒心を強めるネコムに構うことなく、マンドラが近くの机の上に飛び乗る。
「さあホリー、お湯を沸かして。そうね。コップ一杯分くらいの量でいいわ」
「え? あ、は、はい」
言われるままに、ホリオが小さな鍋に水を入れ、火にかける。
そしてマンドラは机の上に置かれていた小さなナイフを右手にとり、自身の左肩の一部をサクッと切り落とした。
「マッ、マンドラさん!?」
「そんな驚かなくても大丈夫よ。別に痛くないし。これをお鍋の中に入れて煮詰めるの。お義母さん、固形物は飲み込みづらそうだからね」
「で、でも……」
「んもう、平気だってのに。いいわ、あたしがやる。ほっ」
机の上からふたたびホリオの肩に飛び乗ると、ぽいと肩の切れはしを鍋に放り込む。
やがて、木と薬を混ぜたような不思議な香りが家の中に充満し始めた。
「ん、そろそろいいかしら。これをお義母さんに飲ませてあげて。熱いから気をつけてね」
「わかりました」
ホリオが鍋の中身を木製のコップに移し替え、盆に乗せると慎重にネコムの元へと運ぶ。
ほどよく立ち上る湯気を軽く吸い込み、ネコムが小さくため息をつく。
「良い香り……。鼻の奥がスッキリするようだわ」
「文字通り、ワタクシが身を削って作った特製の薬湯ですわ。お義母さまのお口に合うといいけど」
「ありがとう、マンドラさん。ケホッ……いただきます」
息子が信用しているのならきっと大丈夫なのだろう、とマンドラを受け入れ、少しずつ、薬湯を喉の奥に落としていく。
全て飲み終える前から、ネコムの肌がみるみるうちに色を取りもどして行く。
「まあすごい……体がどんどん楽に……」
全て飲み干した時、ネコムの病魔は完全に消滅していた。
「か、母さん! よかった!」
「あらあら」
母の手を取り、ホリオが涙を流す。
そんな息子の様子を見て、ネコムもまた目頭を熱くしていた。
「うんうん、良かったわね。ぐすっ……おっといけない、樹液が漏れちゃう。あたし弱いのよね、こういうの」
マンドラはホリオの肩の上で、感涙にむせぶ親子をにこやかに見守った。
♢ ♢ ♢ ♢
ネコム完治の噂は瞬く間に村中に広がり、病に苦しむ村人がこぞってホリオの家に押し寄せた。
ついでだからとマンドラはホリオと共に村中をまわり、その身を削って治療を施した。
病には薬湯を。傷には樹液の塗布を。
最初はその異形の姿に警戒心を露にしていた村人たちも、マンドラの献身的な治療と気さくなふるまいに徐々に打ち解けていき、いつしかマンドラを守り神様と呼ぶようになっていた。
マンドラが村に居ついてからしばらく経ったある日。
村人の治療に向かうホリオとマンドラの前に、一人の女性が立ちはだかった。
「ホリオ」
「やあ、ウメル。……どうしたんだ? 怖い顔して」
ウメルと呼ばれた女性は、ホリオの肩に乗ったマンドラを睨みつけている。
クセのある青髪が特徴的で、少し気が強そうな目をしている。
「みんなはその魔物を受け入れてるみたいだけど、私は納得してないから。絶対いつか本性を現すに決まってる。早く殺すかどこかに捨ててこないとこの村、滅ぼされるかもしれないわよ」
幼馴染の突然の暴言に、お人よしのホリオが眉をひそめる。
「なんでそんな事言うんだよ。マンドラさんは本当にいい人だし、村のみんなも感謝してるじゃないか」
「ふん。悪人は最初にいい顔して、相手を油断させるものなのよ」
腕を組みぷいとそっぽを向くウメルに、マンドラが余裕に満ちた笑みを向ける。
「あなたがウメルさんね。ホリーから話は聞いてるわ」
肩の上で立ち上がり、ネコムにしてみせたように優雅にヒザを折る。
「なにさ、気取っちゃって。人間ぶってんじゃないわよ」
「おい、いい加減にしろよウメル」
「いいのよホリー。……ウメルさん、あなた、心配でたまらないのよね。この村が……というより、ホリーの事が」
「な、なに言ってんの」
「あたしには見えるわ。あなたからホリーに向けられた乙女の波動。あなたもホリーの事が大好きなのよね」
その言葉に、ウメルの顔が一瞬で赤くなり頭から勢いよく湯気が噴き出す。
「ば、ばばば、バカにしてるのあんた!? ワケわかんないこと言ってると、この場ですり下ろすわよ!」
「ふふ、かわいらしいこと。でも、あたしも負けないわよ。今はまだいい人止まりだけど、そのうちきっと、ホリーのハートを射止めてみせるんだから」
「黙れって言ってんのよ!」
「あ、あの。マンドラさん?」
二人の間に散る火花が見えないホリオがマンドラに顔を向けると、マンドラがホリオの鼻を軽く手でおさえる。
「ホリーは気にしなくていいわ。さ、行きましょ」
「う、うん。またな、ウメル」
「くっ……」
拳を震わせ、立ちすくむウメルの横を二人が通り過ぎていく。
「ウメルちゃん。この子鈍感だからちゃんとアプローチしたほうがいいわよ」
「う、うるさい! 魔物のあんたにそんなこと言われたくないわ!」
背後で地団駄を踏む音を聞きながら、マンドラはクスクスと笑うのだった。
♢ ♢ ♢ ♢
それからさらにひと月ほどの時が流れた。
治療の帰り道、夜の農道をホリオがマンドラを肩に乗せ歩いている。
空では丸い月が二人を見守るように皓々と輝いていた。
「マンドラさん、ずいぶんと細くなっちゃったね」
引き抜かれた当初はぷっくりとしていたマンドラの体は、治療のたびにどんどん削れていき三分の一まで体重が減っていた。
「ちょっと張り切りすぎちゃったかしら。でも、いいダイエットになったわ。ほら見て、この脚線美。ほれぼれしちゃうでしょ?」
ホリオの肩の上で伸ばしたマンドラの脚は、露出した樹皮が月明かりに照らされ幻想的に輝いている。
「う、うん。でも、大丈夫なの? このままじゃ、マンドラさん……」
「平気平気。こんなもんじゃまだまだ痩せ足りないわ。お年寄りも多いし、まだまだ頑張らないと」
「でも……」
「あら、なーに? 心配してくれるの?」
「うん。だってマンドラさんは母さんの……村の人たちの恩人だし」
「ふふ、そうね。あら、そういえばあたし……ホリーにまだお礼貰ってなかったわよね」
マンドラの赤い瞳が妖しく光る。
「え? お、お礼? うーん、お金はあまりないんだけど……」
「そんなもんいらないわ。あたしが欲しいのは……ねえ、ちょっと目を瞑ってくれる?」
「目を? こう?」
「うんうん。しばらくそのままでいてね」
「うん」
唇をこれでもかと尖らせたマンドラの顔が、ゆっくりと瞳を閉じたホリオの顔に近づいていく。
あと数センチで二人の唇が触れ合う……といったところで遠くから誰かが叫びながら二人の元にかけてくる。
「大変だー!!」
それはホリオ宅の近所に住むシラセという中年の男だった。
「んもう、いいところだったのに」
「どうしたの? おじさん」
「キングだ、キングが出やがった!」
「え!?」
「すぐそこまで来てる! 早く村のみんなに知らせるんだ!」
「う、うん!」
必死で駆けるホリオの顔をマンドラが覗き込む。
「ねえ、キングって?」
「キングベア! 鋭い牙と爪を持った、大きな魔物だよ! 人間だろうと他の魔物だろうと、動くものには見境なく襲い掛かるんだ!」
「なにそれ、こっわー。みんなで戦うの?」
「キングと戦えそうな人は今この村にいないし、隠れてやり過ごすしかないよ!」
「あら」
「とにかく早く、みんなに知らせないと」
「ふふ、そういうことならあたしの出番ね」
「え!?」
「ホリー、耳塞いで」
マンドラがホリオの耳たぶをぺちぺち叩くと、慌ててホリオが両耳を塞ぐ。
肩から飛び降り、マンドラが夜空に向かって叫ぶ。
「みんなぁーーー!! キングが出たわよぉーーーー!!! すぐにお家の中に入って戸締りしてーーーーー!!」
マンドラの声はまたたく間に村中に響き渡り、その直後、夜風に乗って村人たちの動揺の声があちこちから聞こえてくる。
「すごいや、マンドラさん」
「うふ。本気を出したらまだまだこんなもんじゃないわよん。さ、あたしたちも急いで戻りましょ」
「うん」
こうしてホリオとマンドラは家に戻ると、ドアにカギをかけ明かりを消し、キングの襲来に備えるのだった。
♢ ♢ ♢ ♢
遠くから不気味な咆哮が聞こえてくる。
その声は、聞いただけで逃げ出したくなるような衝動に駆られ、家の中で息を殺す村人たちを震え上がらせた。
「……来てるわね」
「うん」
キングベアの声が少しずつ村に近づいてくる。
暴れているのか、時折木をなぎ倒すような音と共に。
「もしかして、あたしが呼んじゃったのかしら?」
「いや、風が村からあいつの方に吹いてる。……多分、人の匂いが運ばれちゃってるんだと思う」
「……そう」
暗い家の中で、ネコムはいざという時に備え武器になりそうな物を集めている。
村の周辺は時々弱い魔物が出る為、各家で一応の備えはしてあるがキングベアを相手にするには心もとないものばかりであった。
「……ォオオーーーーーン」
声はすぐそこまで迫っていた。
三人が耳をすませていると、これまでと違った破壊音と、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「これ、まずいんじゃない?」
「これは、テーマエさんの声だ!」
キングベアが来たのは村の北側から。
そして北の入り口付近にはテーマエという、夫と二人の子供と住む主婦の家があった。
夫のオックは出稼ぎに出ており、今家にいない。
「襲われてるんだ。ど、どうしよう」
「ホリー。ドア、開けてちょうだい」
「マンドラさん……どうなさるの?」
心配そうに尋ねるネコムに向けてマンドラがウインクして見せる。
「あたしがやっつけてきますわ。なんてったってワタクシ、この村の守り神ですもの」
「そんな、無茶だよ」
「大丈夫。あたしこれでもけっこう強いのよ」
ちからコブを作って見せるが、削れて細くなった腕は今にも折れそうで頼りなかった。
「だったら俺も行くよ」
「だーめ。あなたたちは絶対家から出ないで。それと、ちょっと騒がしくなるから耳に気を付けてね」
「騒がしく?」
「さ、早く。テーマエさんたち、殺されちゃうわ」
「わ、わかった。……気をつけてね、マンドラさん」
かんぬきをはずし、ホリオがドアを開ける。
「あなたに会えてよかったわ、ホリー。お義母さんを大切にね」
「え?」
そう言うやいなや、ものすごい速度でマンドラが村の北に向かって走り出す。
そのスピードは地面から土煙が上がるほどであり、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「すごい……マンドラさんってあんなに速く走れたのか」
「どうするつもりなのかしら」
家から出るな、という忠告通りに親子は息を殺し、成り行きを見守る。
母の命の恩人であり、家族の一員のようになっていたマンドラを一人で行かせることに、ホリオは悔しさを感じていた。
やがて、大地を、木々を、空気を震わせ、空に浮かぶ月にさえも届きそうな絶叫が村の周囲一帯を飲み込んだ。
「――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」
その瞬間、村人全員の耳から音が消えた。
一部の家屋では窓ガラスが割れ、家畜が倒れ、収穫前の作物から実が落ちる。
耳鳴りと共に音が戻った時、もうキングベアの咆哮は聞こえなくなっていた。
♢ ♢ ♢ ♢
「テーマエさん!!」
ホリオが駆け寄ると、壁の崩れた家の中でテーマエが腰を抜かしていた。
その左右では二人の小さな男の子が心配そうに母を見ながら泣いている。
「あっ……ホリオくん」
「大丈夫ですか!?」
「ええ、私は平気よ。この子たちもね」
怪我はしていないものの、抜けた腰が元に戻らず苦笑いを浮かべる。
子供を守ろうとしたのか、手元にはフライパンが落ちていた。
「私の事よりマンドラさんが……。あの人、巨大なキングを挑発してすごい速さで村の外に誘導してくれたの。それからしばらくして、すごい声が聞こえてきて……」
テーマエはまだ聴力が完全に戻っていないのか、耳をつまんで顔をしかめた。
「ホリオくん。私たちの事はいいから、マンドラさんの様子を見に行ってあげて」
「わかりました」
「気をつけてね」
村を出てホリオが北へ向かって走っていくと、やがて山道の真ん中に巨大な黒い塊を見つける。
その塊は仰向けに倒れ、目、鼻、口元から血を噴き出しながら絶命している巨大なキングベアだった。
「マンドラさん!!」
ホリオはすぐにキングベアの頭の横で倒れているマンドラを見つける。
目を閉じたまま、ピクリとも動かない。
「マンドラさん! マンドラさん!」
ホリオがマンドラの体を抱くように持ち上げ、必死に呼びかけるとわずかにマンドラの目が開く。
「……ホリー。あたし、やってやったわ。出力……最大よ」
「すごい声でした。俺もまだ、耳がきーんって鳴ってます」
「ごめんねぇ……加減ができなくて……」
「いいえ。マンドラさんのおかげで村のみんなが助かりました。本当に、守り神様ですね」
ホリオが笑って見せると、マンドラも力なく笑みを返した。
「さあ、帰りましょう。みんな心配してますよ」
「……ううん。あたし、もう……ダメみたい」
「……え?」
「さっきので……魔力を全部使っちゃったの……。あたしみたいなタイプの魔物はね……魔力によって生きてるの。魔力は……あなたたち人間で例えるなら……血液ってところかしら」
「そ、そんな。そうだ、魔法を使える人なら、マンドラさんに魔力を注入できるかもしれない!」
「……無理ね。魔力は外からの補充はできないし……宿屋に泊っても満タンには……ならないわ」
「そんな……」
「最期に、お願いがあるの……」
「最期なんて言わないでよ」
「……ホリー。あなたに……キス、してほしいの」
マンドラの言葉に、流れ出ていたホリオの涙が止まる。
「キッ……キス?」
「そ。あたし……ホリーの事が好き。あなたがキスしてくれたら……あたし……もう思い残すことはないわ」
「で、でも。キスって……」
「あぁ、意識が……」
マンドラの目が閉じかける。
「うう……わ、わかりました。……んっ!」
勢いよく、ホリオがマンドラの唇に自分の唇を押し付ける。
その瞬間、マンドラの目から一筋の樹液が零れ落ちた。
「……クス。ほっぺでよかったのに。ホリーって……意外と積極的なのね」
「うう、恥ずかしいです」
「でも嬉しい。あたしのファーストキス、好きな人に捧げられて」
「お、俺も……初めてでした」
「あら……てっきりウメルちゃんと……済ませてると思ってたけど」
「ウッ、ウメルとはそんな関係じゃない……です」
「でも……ウメルちゃんは……。いえ、あたしの……口から言う事じゃ……ない、わね」
「……マンドラさん?」
マンドラの目が静かに閉じる。
「あたしの体……全部村のみんなの為に……使ってね。保存は……直射日光を避けて……風通しの良い場所に……」
「いやだ……マンドラさん。行かないでくれ」
「ふふ、泣いてくれる……のね。……あーあ、あたしも……人間に生まれたかったな。そうしたら……ウメルちゃんとあなたを取り合う……ライバルに……なれた……か……も……」
「……マンドラさん?」
腕の中のマンドラが動かなくなり、ホリオが必死に揺さぶる。
「マンドラさん!! マンドラさん!!」
しかし、二度とマンドラの目が開かれることはなかった。
♢ ♢ ♢ ♢
その後、マンドラに言われた通り、ホリオはマンドラの体のほとんどを村の住民の治療の為に使った。
ホリオと住民の強い希望でその首の部分は残され、村の守り神として新しく建てられた社に祀られたという。
そして数年後、ホリオとウメルの間に子供が生まれた。
その女の子はやたらと父親の肩に乗りたがる、声の大きな子だったそうな。
おしまい
お読みいただきありがとうございました。




