婚約破棄されて忘却の泉に沈められた聖女ですが、記憶を失くさない体質だったので月光の宮殿ごと真実を掘り起こします
「聖女セラフィーナ、貴様の力は偽物だと露見した。婚約は破棄し、貴様は『忘却の泉』へ沈める!」
大聖堂の中央、玉座から降り注ぐレオンハルト王太子の声が、石造りの天井に高々と反響した。
居並ぶ貴族たちがざわめく。扇の陰から向けられる好奇と侮蔑の視線。そのすべてを、私はまっすぐに受け止めていた。
取り乱しはしない。喚きもしない。
(……なるほど。断罪の割には、証拠が一枚も提示されていないわね)
そう、私はこの状況を、極めて冷静に分析していた。
私の名はセラフィーナ・エル・ヴェスティア。ヴェスティア伯爵家の令嬢にして、この国の聖女。
——ただし、前世は現代日本の記憶力コンテスト元日本一にして、データ復元エンジニア。
異世界に転生してもなお、私の頭脳は前世由来のギフト【完全記憶】を宿していた。一度見聞きしたものは、決して忘れない。
だからこそ、わかる。この断罪劇の、稚拙さが。
「殿下」
私は静かに口を開いた。怒鳴らず、乱れず、ただ淡々と。
「その『露見した』という証拠を、この場でお示しいただけますか?」
王太子の頬が、わずかに引きつった。
「しょ、証拠だと……?」
(あら。ご用意なさっていないのね)
「……あら。ご用意なさっていないのですね。断罪の割に、随分と雑でいらっしゃる」
「貴様の力が偽物であることは、真の聖女アデルの存在が何よりの証明だ!」
ああ、来た。義妹の名前。
王太子の隣で、蜂蜜色の巻き髪を揺らしながら、アデルが扇で口元を隠した。
「ふふっ。お姉様、往生際が悪くってよ? 聖女はもう、わたくしですもの」
その瞳が、勝ち誇って細められる。
(つまり、こういう筋書きね。私を消せば、聖女が『交代』した証拠も一緒に消える。この国で唯一、聖女の力を本物にしていた私がいなくなれば、義妹がその功績ごと乗っ取れる)
「なるほど。私を消せば、聖女が『交代』した証拠も一緒に消える。……そういう筋書きですか」
「何をぶつぶつと。衛兵、この女を泉へ引き立てよ!」
「……わかりました。抵抗はいたしません。ただ、ひとつだけ申し上げておきます」
「命乞いか? 見苦しいぞ」
私は微笑んだ。淡々と。
「いいえ。——記憶を消す装置に、記憶を消せない女を放り込むのは、悪手だ、と」
なぜなら。
私を『忘却の泉』に沈めるのは、たぶん、あなたたちの最大のミスになる。
記憶を消す処刑装置に、記憶を消せない女を放り込むのだから。
────────
衛兵に両腕を掴まれ、私は王城の裏手にある『忘却の泉』へと引き立てられた。
満々と水をたたえた、底の見えない漆黒の泉。この国では、罪人の記憶を消し、社会から存在ごと抹消する処刑装置として恐れられている。
沈められた者は、自分が誰だったかも忘れ、抜け殻となって二度と戻らない。
——と、されている。
「セラフィーナお姉様」
泉のほとりで、アデルが猫なで声で囁いた。私の耳元だけに。
「ごめんなさいねぇ? でも、聖女の座はわたくしのものなの。お姉様のことなんて、みんなすぐに忘れてしまうわ。……ふふ、お姉様自身も、忘れてしまうんだけど」
(へえ。この子、自分の悪事を耳打ちする程度には油断してるのね)
私は彼女を見つめ返した。感情のない、澄んだ菫色の瞳で。
アデルが一瞬、たじろぐ。
「……なによ、その目」
「アデル。ひとつだけ教えてあげる。記憶っていうのはね、データなの。消えたように見えても、たいていは上書きされているだけ」
「……はぁ? 何を言って——」
「突き落として」
私は自分から、衛兵に告げた。
「な、なによその目……最後まで気味の悪い!」
背を押される。
浮遊感。冷たい水面。全身を包む闇。
沈んでいく。深く、深く。
そして——泉が、私の記憶を吸い上げようとする。ぞわり、と後頭部を撫でるような、異物感。
(あ。これが記憶を吸う感覚か。なるほど、そういう仕組みね)
でも。
私の【完全記憶】は、何ひとつ手放さなかった。
吸い上げようとする力を、するりとすり抜けて。名前も、屈辱も、あの女の耳打ちも、すべてが鮮明なまま、私の中に残っている。
(——やっぱりね。名前も、屈辱も、あの子の耳打ちも、何ひとつ消えていない)
そして私は、暗い水底で、それを見た。
泉の最深部。淡い燐光を放ちながら沈む、白亜の建造物。
水没した、幻の宮殿の入口。
(……処刑装置の底に、宮殿ですって?)
意識が落ちる寸前、私の中でエンジニアの本能が疼いた。
(調べなきゃ)
────────
気がつくと、私は息をしていた。
水底のはずなのに、空気がある。淡い月光めいた燐光に照らされた、白亜の回廊。天井には水面が揺らめき、その向こうに届かぬ月が見えた。
(水没した空間に、空気の層……気圧差で押しのけてる? いや、これは魔法か)
身を起こし、周囲を見回す。荘厳な、けれど深い孤独をまとった宮殿だった。
その時、闇の奥から低い声が響いた。
「——そこで止まれ。何者だ」
剣を構えた、巨大なシルエット。銀狼の耳と尾を持つ、長身の獣人騎士。琥珀色の瞳が、鋭く私を射抜く。
威圧感が、空気を震わせた。
(うわ、強キャラ登場。剣構えてるし。これは詰みかしら)
「私はセラフィーナ。上の泉から沈められて——」
「沈められた、だと……?」
騎士の声が、ぴたりと止まった。
「……記憶は。お前、自分の名を憶えているのか」
「ええ。フルネームも、生年月日も、昨日の夕食も、なんなら前世の記憶も全部」
沈黙。
そして——
「まさ、か……本当に……?」
琥珀の瞳が、みるみる潤んだ。剣を構えていた手が、震え始める。
「き、記憶を持つ者が……来た……千年、待って……っ」
がしゃん、と剣が床に落ちた。
そして私は見た。
その立派な銀狼の尻尾が、ぶんぶんと、それはもう激しく振られているのを。
(……え。剣落とした。というか、その尻尾。さっきの威圧感どこ行ったの)
「来てくれた! 本当に! 予言どおりに! あ、いや、失礼、俺は、その、番人で、えっと、ようこそ月光の宮殿へ、じゃなくて、ずっと、ずっと一人で——」
敬語と砕けた口調が入り乱れ、感激で声が裏返っている。
「落ち着いて。あなた、名前は?」
「ル、ルウェイン! 泉の番人の、ルウェインだ! ……あ、その、久しぶりに人と話すから、うまく喋れなくて、すまない……」
しゅん、と耳が伏せられる。
巨大な月狼の獣人騎士が、叱られた犬みたいに小さくなっていた。
私は、思わず口元を緩めた。
断罪されて、泉に沈められて、絶体絶命だったはずなのに。
(……なんだろう。この子、放っておけない)
「ルウェイン。あなたが千年待っていた『記憶を持つ者』って——私のこと?」
ルウェインは、ぐしぐしと目元を拭って、まっすぐ私を見た。
「初代聖女ミレイア様の予言だ。『いつか記憶を持つ者が来る。その者に、真実を託せ』と」
真実。
その言葉に、私の中のエンジニアが、静かに起動した。
────────
「真実を託す、って言われてもね」
私は宮殿の中央広間で、腕を組んでいた。
ルウェインの案内で歩いた宮殿は、驚くほど精緻な魔法建築だった。壁の各所には、淡く光る水晶の板が埋め込まれている。
「ルウェイン。この壁の水晶、何?」
「記憶の器だ。上の泉が吸い上げた人々の記憶が、ここに溜まっている。だが、もう誰にも読めない。ぐちゃぐちゃに混ざってしまって……」
私は水晶に触れた。
その瞬間、脳裏に無数の断片が流れ込んでくる。声。顔。叫び。混濁した膨大なデータの奔流。
(——ああ、なるほど。壊れてるんじゃない。断片化してるだけ)
前世の記憶が、鮮やかに蘇る。
データ復元。破損したストレージから、断片化したファイルを一片ずつ拾い上げ、正しい順序で再構築する作業。
私が、日本一になった、あの技術。
「ルウェイン。この泉の正体、教えてあげる。これは処刑装置なんかじゃない。もともとは、記憶を守り継ぐための神聖な泉よ」
ルウェインの琥珀の瞳が見開かれた。
「なぜ、それを……?」
「水晶が教えてくれた。そして王家は、この装置を悪用した。都合の悪い人間を沈めて記憶を吸い上げ、真実そのものを封印してきた。……千年も、ずっと」
「そう、だ。俺は、それを止められなかった。ただ、守ることしか……」
私は、混濁した水晶にもう一度、手を当てた。
目を閉じる。膨大な断片を、一つずつ、時系列に、人物ごとに、丁寧に拾い上げていく。
(記憶はデータ。消えたんじゃない、上書きされただけ。なら——サルベージすればいい)
水晶が、ぶわりと輝いた。
混濁していた光が、澄んだ像を結んでいく。
そこに映ったのは——ひと月前。大聖堂の裏で、アデルが偽の聖印を刻む姿。それを見て見ぬふりをするレオンハルト。
「これは……大聖堂の裏……! あの娘が、偽の聖印を……!」
「復元、完了。これが一枚目の証拠。義妹アデルの、聖女詐称の瞬間」
淡い月光の像が、二人の悪事を、克明に映し出していた。
「まだ、たくさんある。千年分の、消された真実が。……全部、拾い上げてあげる」
私は水晶の壁を見渡した。
膨大な作業量。でも——
(前世で一億件のデータを復元した私に、できない復元はない)
「ルウェイン。手伝ってくれる? 千年待った相棒として」
ルウェインの尻尾が、ぴん、と立った。
「……ああ! なんでもする!」
(よし。反撃開始ね)
────────
——同じ頃、地上。王城の一室。
アデルは鏡の前で、真新しい聖女の礼装をまとい、うっとりと自分に見惚れていた。
「ふふっ、やっぱりわたくし、聖女の衣装が一番似合うわ。……ねえ殿下、少しは心配なさらないの? お姉様のこと」
部屋に入ってきたレオンハルトが、鼻で笑った。
「何を心配する必要がある。あの女はもう、忘却の泉の底だ。記憶ごと消えて、自分が誰かも忘れて漂っている。……いや、もう魂すら残っていまい」
「そうよねぇ。あの泉に沈められて、戻ってきた者は千年、誰もいないんですもの。証拠は永遠に、泉の底ですものね」
「聖女の力の真贋なんて、誰にもわからん。お前が聖女だと言えば、それが真実になる。明日は輝かしい夜になるだろう」
二人は顔を見合わせ、勝ち誇ったように笑った。
——永遠に、泉の底。
その言葉を、二人はどれほど信じきっていただろう。
自分たちが沈めた女が、この世でただ一人『忘れられない体質』だったことも。
その女が今、泉の底で、消されたすべての真実を一枚ずつ拾い上げていることも。
明日の満月が、自分たちを照らし出す処刑台になることも。
何ひとつ、知らずに。
——輝かしい夜に。それだけは、確かにその通りになる。
ただし、月光に照らされるのは、あなたたちの罪のほうだけれど。
────────
宮殿の最奥。復元作業の合間に、私はルウェインに導かれてその部屋へ入った。
祭壇の上に、初代聖女ミレイアの肖像が淡く光っている。長い黒髪と、慈愛に満ちた面差し。
ルウェインが、胸元から古びたペンダントを取り出した。欠けた月の形をした、銀の飾り。
「これを、ミレイア様から託された。『記憶を持つ者が来たら、渡すように』と」
私が受け取ると、ペンダントが淡く共鳴した。
祭壇の肖像が、ふわりと像を結ぶ。復元された、初代聖女の『記憶の残響』。
『……ようやく、来てくれたのですね。私はミレイア。千年前、この泉に真実を託した者です』
穏やかな声が、部屋に満ちた。
「初代聖女、ミレイア様……」
『王家は、この記録装置を処刑の道具に変え、私の遺した真実を封じました。あなたのその力は、偶然ではありません。忘れない魂を持つ者だけが、封じられた記憶を解き放てる。私はずっと、あなたのような人が生まれるのを待っていたのです』
(……運命的な符合、ってやつね。エンジニアとしては因果を疑いたいところだけど)
『月光の宮殿には、もう一つの力があります。満月の夜、復元した記憶を《月光》として地上へ投影する力。真実を、すべての民の前に、光の映像として示すことができるのです』
私の胸が、とくん、と高鳴った。
(投影……つまり、全国民の前で、証拠を一斉上映できるってこと?)
「ルウェイン。明日の夜、満月よ」
「……ああ。ちょうど、聖女交代の式典の夜だと、水晶が伝えている」
私は微笑んだ。淡々と、けれど確かな決意を込めて。
「完璧なタイミングね。義妹が『真の聖女』として認められる、まさにその瞬間に」
『真実を、託しました。……どうか、この泉を、本来の姿に』
像が、光の粒となって消えていく。
ルウェインが、私の隣に立った。
「セラフィーナ。地上へ戻れば、危険だ。あいつらは、お前をもう一度沈めようとするかもしれない」
「大丈夫」
私は欠けた月のペンダントを、胸に握りしめた。
「今度は、私が舞台を用意する側だから。……さあ、ショウタイムよ」
────────
満月の夜。王城の大広間は、聖女交代の式典で華やいでいた。
煌めくシャンデリア。着飾った貴族たち。中央の壇上には、聖女の礼装をまとったアデルと、誇らしげなレオンハルトの姿。
「——ここに、真の聖女アデル・ヴェスティアの就任を宣言する!」
レオンハルトの声が響き、拍手が沸き起こる。
アデルが、勝ち誇った微笑を扇の陰に浮かべた。
(ふふっ、これでわたくしの時代よ……あら? この月光、なに……?)
その、瞬間だった。
大広間の天窓から、満月の光が——不自然なほど、強く、差し込んだ。
ざわめきが起こる。
月光が、大広間の中央に、巨大な光の像を結び始めた。
『——ひと月前。大聖堂の裏』
映像が映し出す。アデルが、偽の聖印を自らの手に刻む姿。それを見つめるレオンハルト。
『これで、姉さえ消せば、聖女はわたくしのものね』
『ああ。あの女は忘却の泉に沈める。証拠ごとな』
二人の声が、克明に、大広間中に響き渡った。
「なっ……!?」
アデルの顔が凍りつく。
映像は次々と切り替わる。王家が千年、泉に沈めてきた無数の人々。消された真実の一つひとつ。歴代の隠蔽。すべてが月光となって、貴族たちの頭上に降り注ぐ。
そして——光の中心に、一人の女が歩み出た。
銀灰色の髪。濁らぬ菫色の瞳。
「せ、セラフィーナ……!? な、なぜ……! あの女は泉に沈めたはず、記憶ごと消えたはずよ! どうして——!」
アデルの扇が、床に落ちた。
私は静かに、壇上を見上げた。
怒鳴らない。喚かない。ただ、淡々と。
「言ったでしょう、アデル。記憶はデータ。消えたように見えても、上書きされているだけ」
私の隣に、月光の毛並みを輝かせた銀狼の騎士が、無言で寄り添った。
「ば、馬鹿な……泉に沈んで、生きて戻れる者などいない……!」
「一人だけいたのよ。記憶を持つ者を、千年待っていた宮殿が、匿ってくれたから。……そして、あいにく私は、生まれつき忘れられない体質なの」
レオンハルトが、後ずさった。
「ち、違う! これは、なにかの魔法だ! でっち上げだ!」
「魔法? ええ、そうですよ」
私は静かに応じた。
「これは初代聖女ミレイアが遺した、真実を映す月光の力。……嘘は、映せないんです。この光には」
そう告げた瞬間、映像が最後の場面を映した。
レオンハルト自身が、聖女の力の真贋を確かめもせず、私を泉に引き渡す姿。そして——泉のほとりで、アデルが私に耳打ちした、あの声。
『聖女の座はわたくしのもの。お姉様のことなんて、みんなすぐに忘れてしまうわ』
その声が、大広間中に、はっきりと響き渡った。
貴族たちが、いっせいにどよめく。
「本物の聖女を……証拠隠滅のために……?」
「なんという……」
アデルが、がくりと膝をついた。
「そんな……わたくしの、聖女の座が……殿下の寵愛が……」
「全部、虚飾だったのよ、アデル」
私は壇上へと、一歩ずつ近づいた。
「あなたは私の功績を横取りして、私を消せば、それが真実になると思った。……でもね」
私は、ミレイアのペンダントを胸に、まっすぐ二人を見上げた。
「私、忘れないんです。あなたたちがしたこと、全部ね」
アデルが、初めて悟った顔をした。
「……ああ……わたくしは、忘れられない相手を……敵に……」
自分が敵に回したのが——この世でただ一人、『忘れられない相手』だったことを。
「待て、セラフィーナ……いや、待ってくれ……私は……本物の聖女を、この手で……」
「今さらですね、殿下」
その夜、王太子レオンハルトは、聖女の加護を失った統治の空虚さを露呈し、国を追放された。
追放の道すがら、彼は初めて理解したという。本物の聖女を、自らの手で泉に沈めたという、取り返しのつかない過ちを。
義妹アデルは、聖女詐称の罪で断罪された。彼女がどれほど泣き喚いても、月光に照らされた真実は、二度と覆らなかった。
私は——真の聖女として、そして。
「皆さん。『忘却の泉』を、『記憶の泉』に作り変えます。二度と、真実が沈められることのないように。この国のすべての記憶を、守り継ぐ泉へと」
月光が、静かに、私を照らしていた。
────────
改革は、静かに進んでいった。
忘却の泉は封じられ、月光の宮殿は、記憶を守り継ぐ神聖な泉へと生まれ変わった。千年ぶりに、真実が地上へ戻ってきたのだ。
そして、満月の夜。
新しくなった泉のほとりで、私は一つの奇跡を見届けていた。
宮殿を包んでいた古い呪いが、真実の解放とともに、静かに解けていく。
淡い光の中で、銀狼の騎士の姿が、ゆっくりと変わっていった。
耳と尾が、月光に溶けるように消えていく。
代わりに現れたのは——白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、一人の青年だった。
「ルウェイン……?」
「……戻った、みたいだ。千年ぶりに、人の姿に」
彼は自分の両手を、不思議そうに見つめた。それから、少し照れくさそうに笑う。
「全部、君のおかげだ、セラフィーナ。君が真実を解き放ってくれたから、俺の呪いも解けた」
「私は、やるべきことをやっただけ。……それに、千年も一人で待っていたあなたを、放っておけなかったから」
ルウェインの頬が、赤く染まった。人の姿になっても、ポンコツなところは変わらないらしい。
彼は、少しためらってから、そっと私に手を差し出した。
不器用に。けれど、まっすぐに。
「……なあ、セラフィーナ。君は、忘れない人だろう」
「ええ。一度見たものは、何ひとつ」
「なら」
琥珀の瞳が、優しく細められた。
「……次は、俺が君を忘れないよう努力する番だ。千年分、一緒にいて、たくさんの記憶を作ろう。忘れないくらい、いっぱい」
私は、その手を取った。
(……ずるいな、この人。ポンコツのくせに、たまに刺さること言うんだから)
「いいわよ。じゃあ、まずは一つ目の記憶ね」
差し出された手を、そっと握り返す。
遠くの水面が、かすかに揺れた。
ふと、私はミレイアの残響が最後に遺した言葉を思い出す。
『この泉は、世界に、まだいくつも眠っています。真実を封じられた、宮殿とともに——』
他国にも、同じように沈められた宮殿が、記憶が、眠っている。
(まだ、拾い上げるべきデータが、たくさんあるってことね)
私は、隣に立つ青年を見上げた。
「ねえ、ルウェイン。次の泉、探しに行かない? まだ、拾い上げるべきデータが、世界にたくさん眠っているみたいだから」
「……君となら、どこへでも」
満月が、二人を照らしていた。
忘れない女と、もう二度と離れないと誓った番人の、新しい記憶の、始まりの夜だった。
——そして、まだ見ぬ泉の底で、次の真実が、静かにサルベージされる時を待っている。




