九章 トオリモノ
九章 トオリモノ
救急車の中で繰り返される心臓マッサージ。母さんの顔は肌色になった。それでも、心臓も、呼吸も、再会されなかった。
父さんは警察に連れて行かれて、いろいろ事情聴取された。その間、ユエは母さんに連れ添っていた。
搬入から約一時間後、母さんの死亡が言い渡された。
「嫌だッ、いやだ!母さん、母さん、母さん!」
騒がしい院内。警察。父さんを攻め立てる親戚のおじさん。霊安室に運ばれる母さん。
その中で、ユエはただ一人泣きくれて。その小さな背中を、ユエがじっと立ち尽くしたまま眺めていた。
「ユエ、」
「幸せって、」
「・・・。」
「幸せって、なんなんだろうね?」
ユエが、冷たくなっていく母親にすがりながら、独り泣きくれるそれを眺めながら、呟いた。それは恐ろしく冷たい響きを伴い、たった二人しか居ないこの空間に虚しく消えた。
「お前の母さんは、おそらく・・・、」
「解ってるよ。・・・、解ってるさ。」
「お前を連れて行けるのは、お前の世界の過去だけだ。その世界からは、どうあがこうと出ることはできない。」
ユエは、今までためた貯金すべて出して、墓を建てた。そこに、母親が納まると、その夜一通の手紙をしたためた。
翌朝、父親は目の当たりにする。つい先日妻が死んだあの場所で、今度は自分の娘がぶら下がっている光景を・・・。
ユエは自らの死体を仰ぎ見る。その隣にはもう一人のユエが。
ユエの遺言どおり、父親は母親の次にユエを墓に収めた。
葬儀が終わり、やっとほとぼりが冷めると。父親もまた、そこにぶら下がった。
その様子を、二人のユエは。ただ、あきらめ顔で眺めていた。