七章 五月
七章 五月
五月の二週目。母の日。
「もしもし」
「あら、ユエちゃん。どうしたの?」
「どうしたの?って。まったく・・・。」
解っているくせに。
「元気にしてる?」
「元気だよ。そっちは変らず?」
「うん、いつもどおり、何にも変ってないよ。母の日だからって、電話かけてくれたの?ありがとう!」
「べ・つ・に!」
嗚呼、我ながら、素直じゃない。
「帰っておいで。」
「ああ、お盆には帰れると思うよ。」
「そうじゃなくて。こっちで暮らしなさい。」
「うん、お金たまったら、帰るよ。俺の家、作るんだ。それまで待ってて。」
「ここで、一緒に暮らしたくないの?」
「けど・・・。」
「ここはユエちゃんのお家だよ。かえっておいで。お部屋もきれいにしてあるよ。何にも、いじってない。そのままだよ。」
「うん。けど・・・。なに、お金なんて直ぐたまるさ。ニ、三年の辛抱じゃん。」
「・・・、そっか。」
母さんの、寂しげな顔が目に浮かぶと、いたたまれない。
「お盆にまた帰るし。また電話するよ。」
「うん、元気でね」
「うん。」
目標金額は三百万。
二、三年。そんなんで、まとまったお金が貯まるとは、到底思えなかった。けれど、なんにせよ、それくらいは居ようと思っていた。そしたら、帰ろうと思っていた。
「・・・、もしもし?」
その、月の終わりのことだった。
サークルが終わって、ケータイを見てみると、家から電話が立て続けに4件入っていた。かけなおしてみると、父さんが出て。
「ユエ、ユエ、ごめん、ごめん・・・。お母さんが・・・、お母さんが・・・。」
母さんが、今朝、自殺した。
「どうして、ねえ、どうして!」
「まあ、まず落ち着けって。」
「俺、実家帰ったし。電話もしたし。かあさん喜んでくれてただろ?それなのに、どうして・・・。」
「言っちゃ悪いが、こうなる運命だったのかもしれない。お前がどうあがこうと、今日お前の母さんは死ぬって決まって・・・、」
「そんなの信じない。信じるものか!そんあの、あんまりじゃないか。かあさん、あんなに頑張ってたのに。こんなの・・・。」
ユエは、過去の自分の体から抜け出して、道端にうずくまって泣いた。直ぐそこで、もう一人のユエが、ケータイを耳に当てたまま、呆然と立ち尽くしている。カオルという友達が、ユエを支えていて、かろうじてユエはそこに立っていた。誰も居なかったら、このユエも、今俺の前でうずくまって泣きわめいている未来のユエのように取り乱していたのかもしれない。いや、泣きはしなかっただろう。ただ、呆然と、そこにうずくまって現実という苦いコーヒーに、どばどばと砂糖を入れていたんだろう。
「ミスター・クロックマン。お願いがある。」
「なんだ?」
「もういっかい、過去に行きたい。今度はもっと前。俺が進路を決定するその瞬間に!」
「・・・、いいのか?どんな未来になるか俺にも想像できないぞ。ましてや、」
「いいから、・・・お願い。」
そして、俺は再びミスター・クロックマンの体内に引きずり込まれた。