二章 色あせた世界
二章 色あせた世界
今日も、ユエはとなりに居ない。これから、永遠に、俺の隣から姿を消してしまった。
きっと、この世には神様なんて居ないんだろう。
ヤマノテ線タカダノババ駅で乗り換えて、セイブシンジュクセンの急行でしばらく行くと、カミシャクジイという駅で各駅に乗り換える。タナシの手前の寂れた小さな駅で、俺は降りる。
そんないつもの帰り道で、はじめてユエの死を実感した。
こんなに、長い道のりだったなんて・・・。そんなことも、ついでに実感した。
電信柱の上に、カラスが居た。少し離れたところで、すずめが2羽鳴いている。どうやら、それを捕まえようとしているらしく、辛抱強く様子を伺っているようだった。
そんなどうでもいい光景をぼんやり眺めながら。俺は初めて自分の身体の重さを感じた。ほとんど日が暮れた紫色の空も、さえない空気のにおいも、風の温度も。全部以前とは違うもののように思えた。
そういえば、虫の知らせもなかったな。あの日は、カラス一匹鳴いていなかった。何気ない日常にぽっかり空いた穴に、うっかり落ちてしまった。それは突如としてやってくる。人の死など、そんなものなのかもしれない。そして、これから俺が生きていくであろう一生の長さを、改めて痛感した。
天国があるなら、それでいい。けれど、ユエがそんなところに行っても、幸せだと思う気がしなかった。願わくは、天国も地獄もなければいい。
そんなものは、俺の願望でしかないのかもしれない。せめて、ユエが幸せでありますように。ユエが幸せで居られるのなら、そこが闇の中であろうと俺の中の天国になるのだろう。実際、今どこで何をしながら、どんなことを考え、感じているのだろうか。想像するしかできない死後の世界は、信じたらそれが真実で、それが現実であるかのような世界だった。それは、まるで真っ白な画用紙のようでもある。
ユエ、俺はお前の中で、どんな存在だったんだ?
思わず立ち止まったユエのアパートの一室。もうすっかりかたつけられたようで、すでに次の住人を募集していた。
ピンポンを押したら、今にもユエが出てきそうだ。そんな自分勝手な妄想をして、ため息をついた。
俺が思うユエと、実在したユエとは同一でありまったくの別人である。一匹の猫が居たとして。そいつがタマであり、シロであり、ユキちゃんであり、チビであり、サクラであるように。
その時点で、俺もまたすでにトオリモノに憑かれたのだと感じていた。
俺が作り出してしまった架空のユエが、そのドアから顔を出したのだ。
太陽が無い世界では、向日葵はどんなふうに咲くんだろうな。それは、まるでユエが見ていた世界。
ユエが、俺に共感を求めている。そんな気がしてならなかった。