第5話 救うために捨てるもの
旧採掘坑の中は、
外よりも
冷えていた。
足元の石は
魔力を帯び、
鈍く光っている。
「魔力汚染は、
かなり深いな」
ドレッドが
低く呟いた。
「ええ」
私は頷く。
魔力とは、
本来は
循環するものだ。
だがここでは、
滞り、
澱んでいる。
人が入れば、
体に絡みつき、
内側から
削っていく。
「長居は
できません」
「わかっている」
彼は盾を構え、
一歩前に出た。
その背中は、
いつもと
同じだった。
坑道の奥で、
倒れている
人影が見えた。
鉱夫だ。
三人。
全員、
呼吸が
浅い。
「……間に合う?」
ドレッドの声が
わずかに
揺れた。
私は
目を閉じ、
命の流れを
探る。
一人は、
もう
限界だ。
残りの二人は、
今すぐなら
助かる。
私は
目を開いた。
「……二人です」
言葉が、
重かった。
「一人は……」
「今の私では」
ドレッドは
歯を
食いしばった。
「選べと
いうのか」
「はい」
逃げなかった。
「全員を
救う方法は
あります」
彼の目が、
見開かれる。
「ただし」
私は
続けた。
「私が、
壊れます」
回復魔法の
代償は、
命の前借りだ。
三人同時に
流れを
整えれば、
戻れない。
「やるな」
即答だった。
「俺が
許さない」
私は
首を振った。
「許可は
要りません」
一歩、
前に出る。
「でも」
私は
彼を見た。
「選択は
あなたに
委ねます」
ドレッドは
沈黙した。
長い、
長い
数秒。
「……二人だ」
声は、
震えていた。
私は
頷いた。
「わかりました」
私は
二人の鉱夫に
手を伸ばす。
魔力を
細く流し、
絡まった
流れを
解いていく。
時間が
過ぎる。
呼吸が
安定し、
顔色が
戻る。
残された
一人の命は、
静かに
遠ざかっていく。
私は
目を逸らさなかった。
これが、
選んだ
結果だ。
やがて、
二人が
目を開けた。
「……生きてる」
小さな声が
漏れる。
その瞬間、
胸に
鋭い痛みが
走った。
私は
膝をついた。
「レティーナ!」
ドレッドが
支える。
「……大丈夫」
嘘だった。
でも、
立たなければ
ならない。
坑道を
出る頃には、
夕暮れに
なっていた。
空気が、
やけに
軽い。
「……俺は」
ドレッドが
言葉を
探す。
「正しかったのか」
私は
少しだけ
考えてから、
答えた。
「わかりません」
正直だった。
「でも」
私は
空を見上げた。
「逃げなかった」
それだけは、
確かだ。
街に戻ると、
報告を
受けたギルドが
騒ぎ始めていた。
三人中、
二人生還。
成功率としては、
低い。
だが、
現場を見た者は
知っている。
何が
捨てられ、
何が
守られたのかを。
私は
安宿に戻り、
寝台に
倒れ込んだ。
体が、
重い。
胸が、
痛む。
それでも、
目を閉じる前に
思った。
回復士は不要。
そう言われた
私が、
今日も
誰かを
救った。
捨てたものは、
確かに
あった。
それでも――
私は、
この道を
選ぶ。




