錬金術が主流の世界で転生したら「魔法が使えない」世界で唯一の魔法使いでした
白い閃光の後、城ヶ崎悠が目を開けたとき、世界は変わっていた。
研究所で行っていた実験中、何かが制御を外れた。
意識が途切れる直前、視界を埋め尽くした光。
そして今、見知らぬ石畳の路地で、悠は立ち尽くしていた。
「ここは……」
煉瓦造りの建物が並び、空には蒸気を吐き出す飛行船が浮かぶ。
だが記憶の中のどの日本とも、中世ヨーロッパとも違う。
街を行き交う人々の腕には機械仕掛けの装置が装着され、店先には歯車と試験管を組み合わせた奇妙な道具が並んでいる。
「錬金術……いや、機械文明?」
悠の脳裏に、断片的な記憶が流れ込んできた。
この世界のこと。かつて魔法が存在したこと。
そして三百年前、「大崩壊」と呼ばれる災厄によって魔法が完全に失われたこと。
人々は魔法を捨て、錬金術と機械技術で文明を再構築した。
今では「魔法」という言葉すら、禁忌として語られることはない。
三日後、悠は廃墟となった古い図書館の地下室にいた。
「これが……魔法陣?」
床に刻まれた複雑な幾何学模様。
研究者としての好奇心が疼く。
悠は指先で図形をなぞりながら、かつて大学で学んだ数学理論と重ね合わせた。
「フーリエ変換に似た構造……いや、トポロジーの応用か」
無意識に、悠は空中に指を滑らせていた。
素粒子物理学の方程式を思い浮かべ、この世界の言語で唱える。
すると——
淡い青白い光が、指先から溢れた。
「なっ……!」
光は球体を形成し、ゆっくりと宙を漂う。
小さな光の球は、まるで生きているかのように揺らめいていた。
「魔法……これが魔法なのか」
悠の心臓が高鳴る。
科学者として追い求めてきた真理の探究。
それが異なる形でここに存在していた。
魔法とは、この世界の物理法則を別の角度から操作する技術なのだと、直感的に理解した。
背後で物音がした。
振り返ると、銀髪の少女が目を見開いて立っていた。
「あなた……今、魔法を……」
少女の名はレナ。
錬金技師として生計を立てる彼女は、古い文献を求めてこの図書館を訪れたという。
「信じられない。魔法なんて、三百年も前に消えたはずなのに」
レナの声は震えていた。
恐怖ではなく、畏怖。そして、抑えきれない好奇心。
噂は瞬く間に広がった。
「魔法使いが現れた」
市場で、酒場で、路地裏で。
人々は囁き、怯え、そして憎悪を向けた。
教会の司祭が広場で演説する。
「魔法は災厄の源だ。三百年前、魔法が世界を滅ぼしかけたことを忘れたか。
我々は魔法を捨て、正しき道——錬金術と機械の恵みによって、平和を築いてきたのだ」
群衆は頷き、拳を振り上げる。
「魔法使いを追放しろ!」
「異端者を街から追い出せ!」
悠は隠れ家となった小屋で、静かに窓の外を見つめていた。
レナが持ってきた黒パンを齧りながら、自問する。
「俺は、間違ったことをしたのだろうか」
レナは首を横に振った。
「あなたは何も悪くない。ただ……この世界は、変化を恐れすぎているの」
錬金術師として生きてきたレナにも、疑問はあった。
効率的だが画一的な技術。創造性を失い、マニュアルに従うだけの日々。
「魔法は、自由だった。古い文献に残る記述を読むたび、そう感じていた。
でも誰もそれを口にできない。
教会が、国が、そして民衆自身が、魔法を恐れているから」
悠は拳を握る。科学者として、探究者として、彼は知りたかった。
なぜ魔法は封印されなければならなかったのか。
本当に、それは災厄だったのか。
悠とレナは、禁じられた古文書館への潜入を決意した。
厳重に封印された地下書庫。
そこには「大崩壊」の真実が記されていた。
「これは……」
羊皮紙に記された古代文字を、悠は震える手で読み解く。
三百年前、魔法は確かに暴走した。
だがそれは、魔法そのものの罪ではなかった。
当時の為政者たちが、魔法を戦争の道具として酷使した結果だった。
人々は魔力を絞り尽くされ、大地は荒廃し、世界は崩壊の危機に瀕した。
生き残った賢者たちは決断した。
魔法という技術そのものを封印し、人々の記憶から消し去ることを。
それは、再び同じ過ちを繰り返さないための苦渋の選択だった。
「魔法が悪だったんじゃない。それを使う人間の心が、間違っていたんだ」
悠の言葉に、レナは静かに頷いた。
「でも、もし魔法と人が正しく向き合えたなら……」
「ああ。魔法は、人を幸せにする力にもなれるはずだ」
二人は顔を見合わせた。
そして、ある決意を固める。
次の満月の夜、悠は街の中央広場に立った。
集まった民衆、駆けつけた司祭、そして多くの錬金技師たち。
誰もが警戒と好奇心の混じった視線を向ける。
「皆さんに見せたいものがあります」
悠は静かに両手を掲げた。
魔法陣を描き、呪文を紡ぐ。
空中に無数の光の粒が浮かび上がる。
それは蛍のように舞い、やがて一輪の花の形を成した。
光の花は幻想的な輝きを放ち、見る者すべての心を捉える。
「魔法は、破壊のためだけにあるんじゃない。美しさを生み出し、人の心を潤すこともできる」
光の花は風に乗って散り、光の花びらとなって人々の頭上に降り注ぐ。
触れた花びらは温かく、そして静かに消えていく。
子供が歓声を上げた。老人が涙を流した。
司祭は険しい表情のままだったが、その目には迷いが浮かんでいた。
レナが前に出る。
「私は錬金技師です。
でも今日、確信しました。魔法と錬金術は、対立するものじゃない。共に在ることで、もっと豊かな世界を作れる」
沈黙が広場を支配した。
やがて、一人、また一人と、拍手が起こり始める。
悠は夜空を見上げた。星々が瞬き、飛行船の灯りが遠くに見える。
科学と魔法が共存する世界。それは不可能ではないのかもしれない。
「一夜で変わるわけじゃない。でも——」
レナが隣に立つ。彼女は微笑んで言った。
「始まりは、いつだって小さな奇跡からよ」
二人は並んで、静かな夜を見つめていた。魔法が失われて三百年。そして今、新しい時代の扉が、そっと開かれようとしていた。
<終>




