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錬金術が主流の世界で転生したら「魔法が使えない」世界で唯一の魔法使いでした

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/10/22

白い閃光の後、城ヶ崎悠が目を開けたとき、世界は変わっていた。


研究所で行っていた実験中、何かが制御を外れた。

意識が途切れる直前、視界を埋め尽くした光。

そして今、見知らぬ石畳の路地で、悠は立ち尽くしていた。


「ここは……」


煉瓦造りの建物が並び、空には蒸気を吐き出す飛行船が浮かぶ。

だが記憶の中のどの日本とも、中世ヨーロッパとも違う。


街を行き交う人々の腕には機械仕掛けの装置が装着され、店先には歯車と試験管を組み合わせた奇妙な道具が並んでいる。


「錬金術……いや、機械文明?」


悠の脳裏に、断片的な記憶が流れ込んできた。


この世界のこと。かつて魔法が存在したこと。

そして三百年前、「大崩壊」と呼ばれる災厄によって魔法が完全に失われたこと。


人々は魔法を捨て、錬金術と機械技術で文明を再構築した。

今では「魔法」という言葉すら、禁忌として語られることはない。



三日後、悠は廃墟となった古い図書館の地下室にいた。


「これが……魔法陣?」


床に刻まれた複雑な幾何学模様。

研究者としての好奇心が疼く。

悠は指先で図形をなぞりながら、かつて大学で学んだ数学理論と重ね合わせた。


「フーリエ変換に似た構造……いや、トポロジーの応用か」


無意識に、悠は空中に指を滑らせていた。

素粒子物理学の方程式を思い浮かべ、この世界の言語で唱える。

すると——


淡い青白い光が、指先から溢れた。


「なっ……!」


光は球体を形成し、ゆっくりと宙を漂う。

小さな光の球は、まるで生きているかのように揺らめいていた。


「魔法……これが魔法なのか」


悠の心臓が高鳴る。


科学者として追い求めてきた真理の探究。

それが異なる形でここに存在していた。


魔法とは、この世界の物理法則を別の角度から操作する技術なのだと、直感的に理解した。


背後で物音がした。

振り返ると、銀髪の少女が目を見開いて立っていた。


「あなた……今、魔法を……」


少女の名はレナ。

錬金技師として生計を立てる彼女は、古い文献を求めてこの図書館を訪れたという。


「信じられない。魔法なんて、三百年も前に消えたはずなのに」


レナの声は震えていた。

恐怖ではなく、畏怖。そして、抑えきれない好奇心。




噂は瞬く間に広がった。


「魔法使いが現れた」


市場で、酒場で、路地裏で。

人々は囁き、怯え、そして憎悪を向けた。


教会の司祭が広場で演説する。


「魔法は災厄の源だ。三百年前、魔法が世界を滅ぼしかけたことを忘れたか。

我々は魔法を捨て、正しき道——錬金術と機械の恵みによって、平和を築いてきたのだ」


群衆は頷き、拳を振り上げる。


「魔法使いを追放しろ!」


「異端者を街から追い出せ!」


悠は隠れ家となった小屋で、静かに窓の外を見つめていた。

レナが持ってきた黒パンを齧りながら、自問する。


「俺は、間違ったことをしたのだろうか」


レナは首を横に振った。


「あなたは何も悪くない。ただ……この世界は、変化を恐れすぎているの」


錬金術師として生きてきたレナにも、疑問はあった。

効率的だが画一的な技術。創造性を失い、マニュアルに従うだけの日々。


「魔法は、自由だった。古い文献に残る記述を読むたび、そう感じていた。

でも誰もそれを口にできない。

教会が、国が、そして民衆自身が、魔法を恐れているから」


悠は拳を握る。科学者として、探究者として、彼は知りたかった。

なぜ魔法は封印されなければならなかったのか。

本当に、それは災厄だったのか。



悠とレナは、禁じられた古文書館への潜入を決意した。


厳重に封印された地下書庫。

そこには「大崩壊」の真実が記されていた。


「これは……」


羊皮紙に記された古代文字を、悠は震える手で読み解く。


三百年前、魔法は確かに暴走した。


だがそれは、魔法そのものの罪ではなかった。

当時の為政者たちが、魔法を戦争の道具として酷使した結果だった。


人々は魔力を絞り尽くされ、大地は荒廃し、世界は崩壊の危機に瀕した。


生き残った賢者たちは決断した。

魔法という技術そのものを封印し、人々の記憶から消し去ることを。

それは、再び同じ過ちを繰り返さないための苦渋の選択だった。


「魔法が悪だったんじゃない。それを使う人間の心が、間違っていたんだ」


悠の言葉に、レナは静かに頷いた。


「でも、もし魔法と人が正しく向き合えたなら……」


「ああ。魔法は、人を幸せにする力にもなれるはずだ」


二人は顔を見合わせた。

そして、ある決意を固める。



次の満月の夜、悠は街の中央広場に立った。


集まった民衆、駆けつけた司祭、そして多くの錬金技師たち。

誰もが警戒と好奇心の混じった視線を向ける。


「皆さんに見せたいものがあります」


悠は静かに両手を掲げた。

魔法陣を描き、呪文を紡ぐ。


空中に無数の光の粒が浮かび上がる。

それは蛍のように舞い、やがて一輪の花の形を成した。

光の花は幻想的な輝きを放ち、見る者すべての心を捉える。


「魔法は、破壊のためだけにあるんじゃない。美しさを生み出し、人の心を潤すこともできる」


光の花は風に乗って散り、光の花びらとなって人々の頭上に降り注ぐ。

触れた花びらは温かく、そして静かに消えていく。


子供が歓声を上げた。老人が涙を流した。


司祭は険しい表情のままだったが、その目には迷いが浮かんでいた。


レナが前に出る。


「私は錬金技師です。

でも今日、確信しました。魔法と錬金術は、対立するものじゃない。共に在ることで、もっと豊かな世界を作れる」


沈黙が広場を支配した。

やがて、一人、また一人と、拍手が起こり始める。


悠は夜空を見上げた。星々が瞬き、飛行船の灯りが遠くに見える。

科学と魔法が共存する世界。それは不可能ではないのかもしれない。


「一夜で変わるわけじゃない。でも——」


レナが隣に立つ。彼女は微笑んで言った。


「始まりは、いつだって小さな奇跡からよ」


二人は並んで、静かな夜を見つめていた。魔法が失われて三百年。そして今、新しい時代の扉が、そっと開かれようとしていた。


<終>

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