第3話:時間の守護者
視界が歪み、光の渦に飲み込まれる感覚。体が浮遊し、時間そのものが引き伸ばされるように感じる。耳元で風の唸りが響き、翁の声が遠くから聞こえる。「太郎! 待て、危ない!」 だが、もう遅い。私は門のエネルギーに引きずり込まれ、再びあの別の世界へ飛ばされていた。平原が広がる紫の空の下、石柱の円陣。だが、今度は違う。空気が重く、嵐の予感がする。遠くで雷鳴が轟き、地面が微かに震えている。
「翁さん!」 私は叫ぶ。周囲を見回すが、翁の姿はない。代わりに、祭壇の中央で石の欠片が輝いている。あれは翁が持っていたものだ。拾い上げると、温かく脈動する。ノートに書かれていた言葉を思い出す。「門を守れ。俺は向こう側で待つ。」 翁はここにいるのか? それとも、もっと深い場所?
足音が聞こえる。番人だ。さっきの半透明の存在が、数体現れる。今度は一匹じゃない。群れのように、ゆっくりと包囲してくる。口が裂け、奇妙な笑みを浮かべている。私は欠片を握りしめ、後退る。「来るな!」 光が放たれ、一瞬番人たちが後ずさるが、すぐに迫ってくる。欠片のエネルギーは弱い。翁がいないと、十分に発揮されないのか?
逃げるしかない。私は石柱の間を駆け抜け、平原を走る。番人たちが追いかけてくる。息が上がる。体力が持たない。この世界の空気は重く、まるで水の中を泳ぐようだ。遠くに森が見える。そこに隠れられるかも。木々が密集した場所へ飛び込む。枝が体を擦り、痛みが走る。番人たちの声が近づく。唸り声が木々に反響する。
森の奥で、つまずいて転ぶ。地面に古い石碑が転がっている。模様は門と同じ。触れると、視界がフラッシュ。突然、記憶のようなものが流れ込む。古代の人々が、この世界で門を築いている。エネルギーを操り、時間を越える儀式。だが、失敗した者たちが番人になった。門の守護者であり、呪いでもある。
「そういうことか……」 私は呟く。番人たちは、門を乱用した罰として、この世界に縛られた魂。翁はそれを守るために、ここに残ったのか? 欠片を強く握る。光が強くなり、番人たちが止まる。「翁さん、どこにいるんですか!?」
声が響く。森の奥から。「ここだ、太郎。」 翁の声だ。駆け寄ると、翁が木に寄りかかって座っている。傷だらけで、息が荒い。「番人たちに追われた。門のエネルギーが暴走しかけたんだ。」
「翁さん、無事でよかった!」 私は翁を支える。「戻りましょう。丘が危ないんです。開発業者が掘り始めています。」
翁は首を振る。「戻れない。俺は、この世界のバランスを取るために残る。門のエネルギーを安定させるんだ。お前は、向こうで丘を守れ。」
「そんな! 一人じゃ無理です!」 私は抗議する。だが、翁の目は決意に満ちている。「ノートにすべて書いてある。門を封じる方法だ。開発業者を止めるんだ。」
番人たちの唸りが近づく。翁が立ち上がり、欠片を二つに分ける。一つを私に渡す。「これで、門をコントロールできる。急げ!」
光の渦が現れ、私を飲み込む。翁の姿が遠ざかる。「さよなら、太郎。丘を頼むぞ。」
視界が戻る。私は地下室にいる。門は静かだが、外の騒音が激しい。ブルドーザーの音、コンクリートが崩れる音。ノートを握り、階段を駆け上がる。家を出ると、丘の麓で重機が動いている。スーツの男たちが指揮している。「止めてください! ここは私有地です!」 私は叫ぶ。
リーダーの男が笑う。「山田の爺さんがいない今、誰が止めるんだ? 契約書は揃ってるぞ。」
「翁さんは……」 私は言葉を飲み込む。翁はもういない。だが、ノートがある。封じる方法。門のエネルギーを逆利用して、丘を保護するバリアを張るらしい。欠片をポケットから取り出し、地面に置く。ノートに書かれた呪文のような言葉を呟く。「時よ、守れ。門よ、封じよ。」
突然、地面が震える。丘全体が光り始める。重機が止まり、男たちが驚く。「なんだ、これ!? 地震か!?」
光が広がり、コンクリートの壁が強化されるように輝く。重機の刃が弾かれ、壊れる。男たちが逃げ惑う。「おい、撤収だ! 変な場所だぞ、ここ!」
バリアが張られ、丘が守られる。門のエネルギーが、外部からの侵入を防ぐ。だが、同時に、私も丘に縛られるような感覚。翁のようになるのか?
数日後、丘は静かになった。開発業者は諦め、立ち去った。ニュースでは「謎の光現象で工事中断」と報じられる。私は家に残り、門を守る。翁のノートを読み進め、門の秘密を学ぶ。別の世界への旅、時間の操作。だが、乱用しない。守るだけ。
時折、門を通じて翁の声が聞こえる。「よくやった、太郎。」 私は微笑む。この変な場所が、私の新しい家になった。