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第2話:門の目覚め

視界が暗転した瞬間、私は自分がどこにいるのか分からなくなった。頭がぐらぐらする。冷たい石の感触が手のひらに残っている。翁の声が遠くで響く。「太郎! しっかりしろ!」 だが、その声はすぐに掻き消され、代わりに低いうなり声のような音が周囲を満たす。まるで地面そのものが唸っているようだ。私は目をこすり、立ち上がる。暗闇の中で、目の前に輝く模様が見える。丘の中心で見た石の門だ。だが、今はもっと大きく、脈動しているように感じる。模様が生き物のようにうねり、光が私の体を包む。

「ここは……?」 私は呟く。視界が徐々にクリアになると、そこは地下室ではない。広大な平原が広がっている。空は紫がかった色で、遠くに奇妙な形の山々が連なる。地面には、円形に並んだ石の柱。まるでストーンヘンジのようだが、もっと精巧で、表面にはあの門と同じ模様が刻まれている。風が吹き、草が揺れる。だが、その風はどこか不自然だ。まるで時間が歪んでいるかのように、ゆっくりと、ねっとりと流れる。

「太郎!」 背後から声。私は振り返る。そこに山田翁が立っている。だが、彼の姿は少し違う。髪が黒く、背筋が伸び、まるで30歳若返ったようだ。「お前、門に触れたな。無茶をするなよ。」

「翁さん? ここはどこですか? あの門……何だったんですか?」 私は混乱しながら尋ねる。

翁は苦笑する。「ここは、門の向こう側だ。別の時間、別の世界。俺も詳しくは知らん。祖父のノートに書かれていただけだ。『門は時間の裂け目を通す』とかなんとか。」

「時間旅行? そんなバカな……」 私は笑いそうになるが、目の前の光景がそれを否定する。この場所は、現代の日本ではない。空気さえ違う。重く、甘い香りが漂う。遠くで、鳥とも獣ともつかない鳴き声が響く。

翁が続ける。「この丘、古墳なんかじゃない。もっと古い。縄文以前、ひょっとしたら人類が生まれる前からあったのかもしれん。門は、この場所の中心にあるエネルギーだ。触れた者は、時間を越える。だが、危険だ。戻れなくなることもある。」

「戻れない?」 私は背筋が冷える。「じゃあ、私たちはどうやって……?」

「焦るな。」翁はポケットから小さな石を取り出す。門と同じ模様が刻まれた、掌サイズの欠片だ。「これが鍵だ。門を安定させ、元の時間に戻れる。だが、時間がかかる。一晩はここで過ごすことになる。」

私は周囲を見回す。平原の中央、円形の石柱に囲まれた場所に、簡素な祭壇のようなものがある。そこにも門の模様が刻まれている。翁は祭壇に近づき、石の欠片を置く。「これで、門が安定する。明日の朝まで待て。」

だが、待つのは簡単ではなかった。空が暗くなり、紫の空に無数の星が浮かぶ。だが、その星は現代のものとは違う。奇妙な配置、点滅する光。私は天文学に詳しくないが、これが地球の空でないことは明らかだ。翁は焚き火を起こし、持っていたリュックから干し肉と水を取り出す。「食え。腹が減ってちゃ、頭も働かん。」

火を囲みながら、私は質問を重ねる。「翁さん、なぜこの家に住み続けたんですか? こんな危険な門を、なぜ守る?」

翁は薪をくべ、目を細める。「祖父の遺言だ。『門を封じ、誰にも渡すな』と。昔、門を使った者たちがいた。力を求めて、時間を操ろうとした。だが、失敗した。門のエネルギーは不安定で、使い方を間違えると、時間軸が壊れる。過去や未来が混ざり、歴史がめちゃくちゃになるんだ。」

「そんなことが……本当に?」 私は半信半疑だ。

翁は笑う。「信じなくていい。だが、俺の祖父は命をかけて門を守った。家族もな。俺の両親も、この丘で死んだ。事故じゃない。門のエネルギーに飲み込まれたんだ。」

重い話に、私は言葉を失う。翁は続ける。「開発業者の連中も、門の存在を知らん。ただ、土地の価値に目をつけただけだ。だが、もし門が掘り起こされ、間違って開かれたら……この世界がどうなるか、想像もつかん。」

夜が深まる。遠くで、奇妙な足音が聞こえる。獣か? それとも何か別の存在? 翁は立ち上がり、木の棒を手に持つ。「気をつけろ。この世界には、俺たち以外のものがいる。」

「もの?」 私は身構える。焚き火の光が揺れ、影が不気味に踊る。足音が近づく。やがて、闇の中から姿が現れる。人間の形だが、どこか歪んでいる。顔に目がない。口だけが大きく裂け、笑っているように見える。体は半透明で、まるで煙が固まったようだ。

「なんだ、あれ!?」 私は叫ぶ。

翁は冷静だ。「門の番人だ。エネルギーの残滓が形になったもの。触れるな。だが、攻撃されれば終わりだ。」

私は震える手で近くの石を拾う。番人はゆっくりと近づき、奇妙な声を発する。言葉ではない。まるで風の唸りだ。翁が叫ぶ。「祭壇に近づけ! 門のエネルギーが守ってくれる!」

私たちは祭壇に走る。番人が追いかけてくる。速度は遅いが、まるで空間を滑るように動く。祭壇にたどり着き、翁が石の欠片を強く握る。光が放たれ、番人が後退する。「効いた! だが、長くは保たん!」

夜通し、番人とのにらみ合いが続く。やがて、空が明るくなり始める。紫の空が、淡い青に変わる。番人は光に溶けるように消える。翁が息を吐く。「朝だ。門が開くぞ。」

祭壇の中央で、石の欠片が輝き始める。門の模様が浮かび上がり、空気が振動する。私は吸い込まれるように門に近づく。翁が叫ぶ。「待て! まだ準備が――」

だが、遅い。光が私を包み、視界が再び暗転。次に目を開けると、私は丘の地下室に戻っていた。だが、翁はいない。石の門は静かに佇む。外から、爆音が聞こえる。開発業者のブルドーザーだ。丘を掘り始めている。

「翁さん! どこ!?」 私は叫ぶが、返事はない。地下室の壁に、翁のノートが落ちている。拾い上げ、開く。新しいページに、走り書きの文字。「太郎、門を守れ。俺は向こう側で待つ。」

外の音が大きくなる。コンクリートの壁が崩れる音。開発業者が門に近づいている。私はノートを握り、決意する。門を守る。だが、どうやって? 翁の行方は? そして、門の向こう側で見た世界は、本当に現実だったのか?

地震のような揺れが再び丘を襲う。門が光り始める。私は息を飲み、門に手を伸ばす。次の瞬間、視界が歪み――

(第2話終了。)

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