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第3話 聖女の護衛に任命される(3)

「ロンバルディ侯爵令嬢、ヴィクトリア! よって、聖女ルシアの護衛騎士となることを命じる!」


 ナイジェルの声が響き渡った。

 しかし、当のヴィクトリアは、突然の展開に混乱していた。


 何が、「よって」なの!?

「よって」の前は、全部省略してない??

 ヴィクトリアは仰天した。


(いいの? いいの? じゃあ、私は、今日から聖女様の、護衛騎士……!?)


 ナイジェルはいかにも「仕方ない」という風情で、ヴィクトリアに視線を戻していた。

 ヴィクトリアにとっては、自分をにらみつけているようにしか見えない、強い視線である。

 しかし事実は、ナイジェルはヴィクトリアの頭の上を越えて、マーカスとアーネストをにらみつけていたのだが、ヴィクトリアにはわかるはずもない。


 ヴィクトリアは自分のことを嫌ってにらみつけていると思っているのだが、だからといって、護衛騎士として聖女に仕えるという栄誉の前には王子など正直どうでもいい。


 切り替えが早いのは、ヴィクトリアの長所である。


「……とはいえ、おまえは正式に聖騎士団に入っていない。あくまで私に仕える騎士の一人として、聖女の身辺護衛を務めるのだが、それでもよければ———」

「構いません!」


 ナイジェルの言葉に、ヴィクトリアは間髪を入れずに叫んだ。


 女性だからあきらめろと言われ続けていた自分が、兄達のように騎士になれるのだ。


 ヴィクトリアは顔を赤くして、、隣に立つ父を見上げた。


「……いいんじゃないか、トリア。おまえがお役目を引き受ければ、お父様、毎日おまえに会えるし。領地は遠いからね?」


「そうだ、トリア。兄様も毎日、おまえの顔を見に行くぞ? あ、そうだ。父上、それではアーネストを正式に聖騎士団に入れましょう。後で手続きをお願いします」


「そうだな。アーネスト、そんなわけで頼む」

「かしこまりました! 私もロンバルディ家のはしくれ。心して務める所存です!!」


 ヴィクトリアは振り返って、不機嫌そうに立っているナイジェルを見上げた。

 ナイジェルは渋々とうなづいた。


「ヴィクトリア、それでは。我が名において、おまえを聖女を守る護衛騎士に任命する。心して務めよ!」


「はっ!!」


 ヴィクトリアは条件反射で、男のような声で返事をすると、ざっと片膝をついて、王子の前に頭を垂れた。


 ナイジェルは無造作に自分が腰に下げていた剣をすらりと抜いた。

 そのまま、ヴィクトリアの肩に軽く打ちつける。

 ヴィクトリアはじっと頭を下げて待つ。


「……この剣はおまえにやる」


 ナイジェルの声にあわてて顔を上げると、ヴィクトリアの前には、鞘に収めた剣が差し出されていた。


「立派に務めを果たせ」


 ナイジェルの言葉に、ヴィクトリアは「はっ!」と応え、両手で剣を捧げ持った。


 ドレス姿のヴィクトリアは、剣を腰に下げるベルトを付けていない。

 仕方なく、利き手の右手に剣をしっかりと持って立ち上がり、ナイジェルに頭を下げる。


 ナイジェルはしかし、そのまま無言で退出してしまった。


「…………」


(まるで嵐のような)


 ヴィクトリアは、呆れた。

 しかし。


「おめでとう、トリア! これで、念願の騎士に、一歩近づいたな?」


 マーカスがにやりとしてトリアの肩を叩いた。


 そうだ。


 誉高い、聖騎士団長の家に生まれ、子どもの頃から、聖騎士になるのが夢だった。

 女の身では難しいことと理解していても、ついに。


「やった!!! 聖女様の護衛騎士よ!! きっと、いつかは、聖騎士団に入団してみせる!!」


 ヴィクトリアは、ドレス姿で王子の剣を天に突き上げると、誓った。


「一人前の騎士になって、立派に聖女様をお守りします!」

「「「よく言った!!!」」」


 ロンバルディ侯爵家の面々が盛り上がっていると、おずおずと王子の侍従が声をかけた。


「あの〜、大変申し訳ございませんが、後が詰まっていますので、皆様、ご移動をお願いいたします。ヴィクトリア様は、これから神殿にご案内いたします。午後になりましたら、王子殿下が、具体的な業務について説明されるとのことで、まずは女子寮のお部屋にご案内を———」


「わかった。ヴィクトリアは私達が神殿に連れて行こう。では、殿下によろしく!」

「あ、あの……!!」

「気にするな。神殿は聖騎士団にとって庭のようなものだ」


「し、しかし、女子寮は、男子禁制となっております……っ!」という侍従の声は、さっさと大股で歩き去るロンバルディ侯爵家の人々の背後で、小さくなって、消えていったのだった。


  まるで夢のような———。


 神殿では女子寮の部屋を案内され———たのだが、ほんの数分、部屋の様子を見ただけで、ヴィクトリアは神殿に付属する聖騎士団本部に連れて行かれた。


「「「トリア!!!」」」


 黒髪に青い瞳のきまじめな顔をした騎士が、無言でヴィクトリアをむぎゅっと抱きしめる。


「トリア……無事に王都に着いてよかった。困ったことがあれば、いつでも私に言いなさい」

「ネロ兄様———」


 金髪に青い瞳、ひときわ華やかな顔だちをした騎士がヴィクトリアの頬に音を立ててキスした。


「う——ん……会えて嬉しいよ、トリア。もう兄様はトリア不足で。わが妹ながら、なんて可愛いんだろう……」

「シーザー兄様、ちょ、ちょっと大げさではありませんか!?」


 水色の髪に緑色の瞳をした騎士が微笑みながら優しくヴィクトリアを抱きしめた。


「トリア、これからは毎日顔が見れて、兄様感激だよ。女子寮で意地悪をされたら、私に言うんだよ? キッチリ落とし前をつけさせるからね」

「……シルヴィオ兄様、女性に対してそれちょっと怖いですから」


 そうだそうだ、久しぶりに会えて嬉しいだろう、という表情の長兄マーカスと、末っ子の妹をもみくちゃにする、ネロ、シーザー、シルヴィオの三人の兄達。


「おめでとう、トリア!!」と叫ぶ四人の兄達の声を聞きながら、ヴィクトリアの護衛を務めるアーネストはしみじみとしていた。


「ロンバルディ侯爵家の男達は相変わらずだな。というか、やはり怖いな。こんな家の令嬢に任務を言い渡したナイジェル殿下は、ある意味大物かもしれない……」


***



 久しぶりに兄達とも会って、女子寮の自分の部屋に荷物も運び込んだ。

 ふわふわとした幸福感の中、午後になって再びナイジェルと会ったヴィクトリアだったが、そこで思いがけない展開に見舞われた。


 ナイジェルはヴィクトリアに地味なダークブラウンの騎士服を渡した。


「おまえの制服だ。サイズは合うと思うが、合わない箇所があれば連絡するように。それから、これから聖女ルシアに紹介する」


「はい、ありがとうございます」

「だが、ルシアに会う前に、ひとつだけ、重要なことを言っておきたい」


 ナイジェルは神殿内に執務室を持っていた。

 目線で室内にいた侍従を退出させると、ナイジェルは妙に落ち着いた声で、ヴィクトリアに言った。


「聖女の余命はあと半年だ。聖女を憂いなく、送ってやりたい。そのために同じ女性であるおまえを選んだ」


「え!?」


 ヴィクトリアは呆然として、目の前に立つナイジェルを見つめた。


「ヴィクトリア、おまえの役目は、聖女の身辺を守ること。当然だ。そして」


 ナイジェルはこの時初めて、ヴィクトリアときちんと視線を合わせた。

 彫りの深い顔だちの中で、黒目が大きく、まるで濡れているようにも見える、強い印象の瞳だ。


 その瞳が一瞬、揺らいだように、ヴィクトリアには見えた。


「……聖女の心を守ってやってくれ。同じ女性だからこそ、できることがある。私では気づかないことに、気づいてやれるだろう。以上だ。退出してよし。騎士服に着替えたら、聖女との面会に向かう」


 ヴィクトリアは呆然として、ナイジェルを見つめた。

 思わず、両手でしっかりと渡された騎士服を抱きしめる。


(聖女様の余命が、あと半年———?)


 それは、どういうことなのだろう?

 何か、ご病気なのか?

 それとも?


 聖女ルシアはまだ二十代。

 余命、という話が出るには若すぎる———。


 そんな想いに乱されるヴィクトリアを、ナイジェルは表情のない顔で見つめた。

 そして、そのまま無言で部屋を出て行ったのだった。


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