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第10話 『不完全』聖女(6)

「トリア、一緒にお茶をいかが?」


 聖女ルシアの声に、ヴィクトリアは振り返った。

 早いもので聖女の護衛騎士としてお役目を拝し、働き始めてから、もう一週間が経った。

 最初は驚くことばかりだったが、少しずつ慣れてきたように、ヴィクトリアは思った。


 今日のお務めも終わり。

 ルシアは部屋に戻ったばかりだった。

 侍女のミラがルシアのためにお茶を用意している、そんな光景も見慣れたものになりつつあった。


「いえ。私は護衛騎士ですから」


 ヴィクトリアが言うと、ルシアはふふ、と笑った。


「護衛騎士なら聖騎士がお二人、部屋のすぐ外で待機しているわ。わたくし、少しお話したくて。ミラもお座りなさいな。皆で一緒にお話ししましょう?」


 ミラがヴィクトリアを見て、うなづいた。


「ルシア様、今日はとっておきのクッキーがございますのよ。お出ししましょう」


 ミラがにこにこしながら、戸棚からクッキーを載せた皿を取り出した。

 ヴィクトリアは恐る恐るお茶のテーブルにやって来た。


「トリアが来て、一週間経ったでしょう? 神殿での生活やお仕事は、慣れたかしら? 何か、困っていることはない?」


 ヴィクトリアは目を丸くした。


「いえ、おかげさまでだいぶ慣れて来ました。まだまだ覚えることは多いですが、聖女様、ミラさんを始め、皆さんにもよくしていただいております」


 ミラが微笑んだ。


「ルシア様、トリア様は神殿ではひそかに評判ですわ。このご容姿ですから、すぐに聖騎士団のマーカス様の妹君だとわかるようです。でも、お仕事中の様子を見て、男性か女性か迷う方もいらっしゃるとか」


 ヴィクトリアは顔を赤くした。


「すみません……もう少し身だしなみに気を使ったほうが……いいですよね。気をつけます」


 ミラがすっと声をひそめる。


「実は、いいこともありましたの」


 なんだろう、とルシアとヴィクトリアが顔を寄せる。

 ミラが打ち明けたのは、予想外の話だった。


「神殿奉仕団のご令嬢方……急に、お行儀よくなられたんですよ! トリア様はマーカス様そっくりのご容姿で、妹君。さらにナイジェル王子殿下が直々に任命された騎士ですもの。ご令嬢方ときたら、トリア様がいらっしゃると、ぽ〜っとされて。わたくしもおかしな命令をされることがなくなりましたわ」


「!!」


 ヴィクトリアは真っ赤になった。

 ルシアは抑えきれず、くすくすと笑い始めた。


「ミラが仕事しやすくなったのは何よりね。それに、ご令嬢方、トリアに変なところを見られたくないのね、まあ、よかったこと……」


 ルシアは少女のように笑っていたが、ふと何かを思いついたようで、じっとヴィクトリアを見つめた。


「そうだわ! ね、トリア。あなた、髪が邪魔でよく適当に後ろで結んでいるでしょう? ポニーテールにしたらどうかしら?」


「はい? ポニーテール、ですか?」


 ヴィクトリアは不思議そうに顔をかしげる。


「そうよ。あなたの髪はとても美しいのだもの。きちんと邪魔にならないように結って、手入れをした方がいいと思うわ。それにずっと騎士服を着ているわけではないでしょう? ドレスを着る時に、髪がぼさぼさだと困るんじゃない?」


 ルシアがミラを見ると、ミラはその意図を察して、さっとドレッサーからヘアブラシを取ってきた。


「ミラ、トリアの髪を結ってあげてちょうだい。頭の高いところで結ぶと可愛いんじゃないかと思うのだけれど」

「さようでございますね、ルシア様。ぜひ試してみましょう。トリア様、ちょっと失礼いたしますね?」


 手際のいいミラにぱっと髪を解かれ、ヴィクトリアが目を白黒させている間に、ポニーテールは出来上がった。


 そして———。


 ヴィクトリアは呆然として、鏡の前に立っていた。


 ダークブラウンの落ち着いた騎士服を身に付けた、ほっそりとして姿勢のよい若い娘が、鏡に映っていた。


 ブラシをかけられ、つややかに輝く金色の長い髪が、きゅっと後頭部の高いところでひとつに結ばれている。


 そのまま自然に垂れた髪は柔らかいウェーブがかかっていて、毛先がたしかに馬のしっぽのように、元気よく、くるん、とはねていた。


「まあ、素敵!!」

「よくお似合いですわ!!」


 ルシアとミラにほめられて、ヴィクトリアはスミレ色の目を伏せて、顔を赤くする。

 こうして、あっという間にヴィクトリアは今後、髪をポニーテールにすることが決まったのだった。


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