最終話 鷹と梟
「それでは皆々様!次の物語でお会いしましょう!」
『銀砂の王国』3日目。スポットライトに照らされた俳優たちが観客と別れを惜しむように手を振りながら、幕が下りる。
芹澤ミヤコは一番前の特等席で、太陽の戦士と月の姫が見えなくなるまで手を振り続けていた。隣にはミヤコをこの場に誘った佐伯シズカ。彼女もまた、控え目に手を振っていた。
「いやぁ、まさかのハッピーエンド!面白い脚本だねぇ!ね、佐伯さん!」
「はい。やはり劇を見た後は爽快感が無くてはいけませんね。私の脚本は暗すぎました」
「あれはあれでよかったよ。独特の湿度があって!」
「湿度……ですか。ふふ、ありがとうございます」
カーテンが開けられて、夏の厳しい日差しが降り注ぐ。ファンタジー世界は現実世界へと、非日常は日常へと戻っていく。
「こうやって、改めて振り返ってみると、脚本やってよかったって思います。心から」
「おぉ!どうしてそう思ったの?」
佐伯シズカは両指を絡めながら、言葉の一つ一つを噛みしめるようにして言った。
「だって、完璧だと思った脚本が、全然完璧じゃなかった。まだまだ、習作にも満たないものだった。果てしない道のりが、今やっと見えた気がします」
観客たちが晴れ晴れとした顔をしながら席を立ち、劇場から出ていく。それでも、芹澤ミヤコと佐伯シズカは立ち上がらない。
「佐伯さんはストイックだねぇ。打倒!日高コウ!みたいな?」
「い、いえ。日高君はちょっとレベルが違うから無理ですね」
「そっかぁ」
二人の間に沈黙が落ちる。蝉のシャウトをBGMに演劇部員たちが大道具を解体し始めた。ミヤコは何も言わずに、その様子を見ていた。ガタガタと音を鳴らして、体操服を着た部員が瞬く間に舞台をばらしていく。その最中に、佐伯シズカはポトリと落とすようにして呟いた。
「……杉浦先輩が話してくれました。自分がやったって。まさか、間宵さんもグルだったなんて」
「うん」
杉浦カズキは逃げなかった。やはり、彼は悪人ではなかった。その事実がミヤコの胸の奥を暖かく灯した。
「ホント、いい迷惑ですよね。私が脚本を続けられるためだって。そんなことしてもらわなくても、私は……」
「そうだね」
ミヤコは舞台から目を逸らさない。ただ、何も考えずに佐伯シズカの言葉に耳を傾けていた。
夕見レオ先輩も言っていた。佐伯シズカには脚本の才能がある。杉浦カズキもそう思う一人だったのだろう。それに、多分、杉浦カズキは佐伯シズカのことを……。いや、これはただの憶測だ。なんの証拠もない。
「そう言えば、ルカ先輩。来週には復帰するってメッセージが来たんです」
「それは良かったねぇ!」
その後も、佐伯シズカは芹澤ミヤコに話し続けた。他愛のない雑談。意味のない会話。芹澤ミヤコは親身に、相槌を打ち続ける。
それでも、やがて話題は尽きていく。そして、佐伯シズカは言葉につまり、吐き出すようにして言った。
「……芹澤さん。私、どうすればいいですか」
「何が?」
「杉浦先輩のこと。まだ許せないんです。でも、辞めて欲しくない」
ミヤコは劇が終わって初めて佐伯シズカの顔を見た。相変わらず目の下に隈を作った浮かない横顔。俯いて、組んだ指を見つめていた。ミヤコはにこやかに、雑談のように言った。
「ごめんね。探偵は謎を解き明かすまでが仕事なんだ。その後のことは、佐伯さんが決めることだよ」
一瞬、佐伯シズカの息が止まり、指がきつく握られる。しかし、すぐに大きく息をついた。そして、弱弱しい笑顔を見せながら、ミヤコと目を合わせた。
「……そうですよね。すいません。変なこと聞いてしまって」
芹澤ミヤコは目を逸らし、首の後ろを掻いた。そして、「一発ぶん殴って、許してあげたら?」と、言って立ち上がった。
「えっ?」
「じゃ!依頼は達成ということでいいよね!くぅ~!疲れたー!」
40分近く座っていたこともあって、伸びをすると腰が悲鳴を上げる。だが、ミヤコは思った。この謎を解き明かした達成感こそが、自分をさらなる非日常に駆り立てる。次はどんな謎が自分を楽しませてくれるのだろうかと。
「あ、はい。何かお礼をしないといけませんね」
佐伯シズカも立ち上がり、腕を組んで考える。鋭すぎる目線。脚本家は皆こうなのかとミヤコは訝しんだ。
「いいよいいよ!こっちも楽しませてもらったし!」
「そういうわけにはいきません。……今度、私の脚本をもう一度観に来てください。特別席でご案内いたします」
佐伯シズカは手を差し出して、握手を求める。ミヤコは力強く握り返した。
「おぁ!それはありがたい!リカも連れていくから、二つ席取っといてよ!」
「はい。わかりました。この度はありがとうございました」
「固いなぁ……。じゃ、そろそろ行くね」
手をヒラヒラと振って、ミヤコは佐伯シズカに背を向けた。多目的ホールの椅子もいつの間にか大部分が片付けられて、吹き抜けた空間が広がっていた。
ミヤコは出口の前で立ち止った。何故かはわからない。だけど、後ろ髪を引かれて、振り返った。広々とした空間に舞台の跡。部員たちがあちこちに歩き回り、片付けをしている中で、佐伯シズカがただ舞台を眺めて佇んでいた。その後ろ姿を見て、ミヤコは微笑んで、劇場を後にした。
◇◇◇
「たっだいまー!依頼達成だぞー!」
「おかえりなさい!ミヤコ先輩!やりましたねっ!」
クーラーのかかったミステリー研究会の部室は、灼熱の廊下を抜けた芹澤ミヤコにとってオアシス。ひんやりした空気が肌を冷やす。
信田リカはソファで執筆活動中。もう文化祭の準備とは、真面目なことだ。ミヤコも見習おうとしたが、今日はもう一仕事を終えたので止めた。
ミヤコはブラックコーヒーを注いだマグカップをお気に入りの書斎机置いて、腰かけた。
「暇ねぇ……」
カフェオレを飲みかけていたリカが「ブフッ」とむせ込んだ。
「おぉ、大丈夫?」
「せ、先輩、さすがに早すぎます……」
リカはメガネについたカフェオレを丁寧にふき取りながら、あきれたように言った。
「そうかなぁ……。あ、時にリカ君。夏休みのご予定は何かな?」
「な、何ですかいきなり……家でゲームとか映画を見る予定ですが……」
「お!いいねぇ!でもぉ……ミヤコ先輩としては、可愛い後輩とどこかに出かけたいなぁ……なんて」
またもや芹澤ミヤコの唐突な提案が始まった。幾度となく信田リカの平和をぶち壊してきたミス研の日常。だが、3カ月もの間、ミヤコと一緒に過ごしたリカも学習した。今やすっかり慣れた調子で言い返した。
「……お化け屋敷ならいいですよ」
「うげぇっ!お化け屋敷!?いや、でも、リカちゃんとお出かけの為なら……!」
「冗談です。ミヤコ先輩。予定はいつでも空けておきます」
フフッと、口に手を当てて微笑むリカに、ミヤコは目を丸くした。あの引きこもりのリカが予定を開けておくだって?こちら側から誘ったにもかかわらず「えっ!いいの?無理してない?」と、驚いて言ってしまった。
「はいっ!幸せの正体は“刺激”。本当にそうなのか調査しに行きましょう!」
「リ、リカぁ~!」
非日常の幕は下りて、カーテンコールが鳴り響く。芹澤ミヤコと信田リカ。鷹と梟の探偵に惜しみない拍手を。そして、舞台を降りたら夏休みはもうすぐそこだ。ミステリー研究会の部室、コーヒーとカフェオレの香りに包まれて、二人の少女は夢中で夏休みの計画を組み立てた。
明星高校ミステリー研究会。――非日常があれば首を突っ込まずにはいられない変わり者たちの居場所。部員はいつでも募集中。ご依頼は部室までお気軽に。
それでは、また会う日まで。次の非日常で、お会いしましょう!
『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 Episode 5:ヒラリオンの密告』(完)
【あとがき】
Episode5:ヒラリオンの密告
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
「誰かを守りたい」――その心の在り方は、確かに美しい。
けれど時に、その優しさが、誰かを深く傷つけることもあります。
演劇部で起こった小さな非日常。
杉浦カズキの不器用な献身は、果たして佐伯シズカに届いたのでしょうか。
その答えは、読者であるあなたの中にあります。
鷹と梟――芹澤ミヤコと信田リカ。
二人の探偵が紡いだ推理劇を、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
この物語は、いったん幕を下ろします。
けれど、彼女たちの世界は、まだ終わってはいません。
もし「次も読みたい」と感じていただけましたら、
感想やブックマークのひと押しが、作者の背中を押す風となり、次の謎を描き出す光となります。
それではまた、次の物語でお会いしましょう。
――佐倉美羽




