第11話 芹澤ミヤコの尋問
夏休み直前の午後。消化試合のような授業を終えた芹澤ミヤコは、静かな放課後を迎えた。
昨日の帰り道、信田リカが言った言葉が頭を離れない。
――もし、杉浦カズキさんにアリバイがなければ、彼が犯人だと断定していいでしょう。
確たる証拠はない。だが、杉浦にはあまりにも“守り”がなさすぎた。
ミヤコは部室の書斎机に腰を落ち着けて、リラックスしながら聞き取りの段取りを考えていた。クーラーの冷風が時折、前髪を揺らす。
杉浦カズキが照明事故の逆恨みで佐伯シズカを貶めた……か。だけど、おそらく二人は強い結びつきがある。
“佐伯?アイツ、元々、照明だったんだけど、脚本に移ってからはあんまり絡んでないなぁ”
杉浦カズキは女子のことを名前と“ちゃん”付けで呼ぶ。なのに、佐伯シズカに対しては苗字呼び捨て。そして、佐伯シズカが照明担当時代に熱心に教えていた。そんな相手に嫌がらせするか……?
「ま、聞いてみればわかるか」
廊下から踵をするようにして歩く足音がする。芹澤ミヤコは立ち上がり、大きく伸びをした。きっと、この事件はもうすぐ終わる。そう予感しながら。
控え目な音とともに扉が開かれる。
「おいっすリカ!お疲れ!じゃ、早速行ってくるねー!」
「あ、ミヤコ先輩。お願いします。待ってますね」
リカは扉の前でペコリと頭を下げて、ソファに荷物を置いた。
「……嫌な予感がします。先輩。ご注意を」
「お……?わかった。任せて」
ミヤコはソファの隅でスマートフォンを凝視するリカの肩に軽く触れて、部室を後にする。扉を開けると、生暖かい空気が頬を撫でた。
◇◇◇
大道具の廊下を抜けて、演者エリアへ。芹澤ミヤコはノックをする前に首を回して、軽く息を吐く。いつものにこやかな雰囲気は霧が晴れるようになくなった。ポケットから黒皮手袋を取り出して指に通した。
――行くぞ。
扉を三度叩く。返事を待たずに芹澤ミヤコは扉を開けた。
「こんにちは。ミステリー研究会の芹澤です。照明担当の杉浦カズキさんと話したいのですが、いますか?」
ミヤコの感情を殺したような声が教室に響き渡る。準備体操や談笑していた部員が固まって、ミヤコを一斉に見た。ミヤコは辺りを見回して、その目を一人ずつ射貫いていく。空気がみるみるうちに凍っていった。部員たちは、誰か早く言えよ……とでも言うように、顔を伏せていく。
沈黙に耐え切れずに間宵ライラが恐る恐るといった様子で一歩前に出た。
「あ、あの、芹澤先輩。杉浦先輩と話したいんですか?なら、昨日の空き教室で――」
「私が直接伺います。今、どこに?」
「……多目的ホールで照明のチェックをしていると思います」
「どうも。では、失礼しました」
芹澤ミヤコは眉一つ動かさずに頭を下げると、踵を返して出ていった。蒸し暑い廊下をまっすぐ歩いていく。突き当りを曲がり、多目的ホールへ。大扉を押し開けると、体操服に身を包んだ『銀砂の王国』3日目の公演チームが大道具の設置準備していた。
杉浦カズキの明るい頭は目立つ。舞台の上で指示を出している金髪をすぐに見つけた。
ミヤコは視線を外さずにスマートフォンを起動。舞台へと歩み寄る。
「こんにちは。杉浦先輩」
「ん?あれぇ!ミヤコちゃんじゃん!俺に会いに来てくれた……ってどうした?なんかあった?」
ミヤコは用意していたスマホの画面を突き付けるようにして杉浦カズキに見せた。
「杉浦先輩にお聞きしたいことがあります。この日時、どこで、何をしていたのか。教えていただけますか?」
そこに記されていたのは偽台本の印刷日時。上演三日前の放課後。覚えがあるはずだ。芹澤ミヤコは全神経を集中して杉浦カズキを観察した。
「えー……?いや。覚えて無いなぁ。忙しくてさ」
腕を組んで、頭をかしげる杉浦カズキをミヤコはじっと見ていた。そして、淡々と次の質問に移る。
「そうでしたか。つまり演劇の準備で……ということですよね。誰と一緒にいましたか?」
「……いや、大道具の連中と一緒にいたけど」
芹澤ミヤコの目が細まった。
忙しくて覚えていないのに、大道具の人と一緒に居たということは分かるのか。曖昧な答えだ。このまま押し込む。
「具体的にはどなたと、どこに?ずっといたんですか?」
「うわっ、質問攻めヤバっ。ミヤコちゃん怖いよ?」
杉浦カズキは胸を抱いて、おどけたように身をよじった。
話を逸らしてきた。視線も合わないし、聞かれたくないのか。守りに入られる前に鎌をかけて揺さぶってみるか。
「おかしいですね。この日時に文芸部員が杉浦さんを見たと言っているのですが……、いったい何を?」
「いやいやいや!図書室とか行ってないから!見間違いだって!」
芹澤ミヤコの瞳がギラリと瞬いた。獲物を目掛けて急降下する準備のようにフワリと顎に手を添えた。
「ふむ。図書室……ですか。何故そこだと思ったんですか?」
「……あいつらが活動してるところだし。ふつうそう思うだろ」
気づけば大道具担当の部員たちが手を止めて、何事かと芹澤ミヤコと杉浦カズキの様子を固唾を飲んで見守っていた。ミヤコはスマートフォンをポケットにしまい、ようやくいつもの人当たりのよい笑顔を作って、パンッと柏手を打った。
「そうですね。おっしゃる通りです。ここではなんですし、二人で話せませんか?」
「……言いたいことがあるならはっきり言えよ」
気づけば杉浦カズキの額には汗がにじみ、当初の余裕はどこにもない。握りしめられた拳が震えていた。
「わかりました。杉浦カズキさん。あれは――」
一瞬、胸の奥が痛んだ。
それでも、声に震えは無く、ありのままの言葉を振り下ろした。
「偽台本が印刷された時間です。
杉浦さんがこの時間帯の行動証明が出来ないことと、台本のすり替えが起こった際の不明瞭さ。これは果たして偶然なのでしょうか」
「……」
杉浦カズキは俯いて、言葉を失ったようにうなだれる。芹澤ミヤコは助け舟を出さずに、ただその沈黙の中で、沈んでいく杉浦カズキを見ていた。だが、その張りつめた空気は突然破られた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!杉浦先輩は……!」
間宵ライラが輪の中に割って入って来た。何かを“止めようとする必死さ”のようにも聞こえる、裏返った声。そして、何か言いかけた瞬間――
「やめろっ!!」
「っ!」
杉浦カズキの怒鳴り声が多目的ホールに響いた。そして、息つく間もなくおどけたように手を振りながら、こう言った。
「あーあ。ばれちったか。そうだよ。犯人は俺ちゃんでしたー!」
舞台の空気が、一瞬、音を失った。
その中で、彼の笑みだけが白く照らされた。
つづく




