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放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 非日常は明星高校ミステリー研究会にお任せを!  作者: 佐倉美羽
第一幕 鷹の聴取

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第9話 夕見レオの演説

「あちゃー、泣かせちゃったか」


 佐伯さえきシズカが去った教室に、芹澤せりざわミヤコの独り言が落ちた。カーテンの隙間から射す光は、いつの間にか茜に染まっていた。佐伯さんの話を聞いて確信した。照明の落下事故と台本の改竄問題は繋がっている。あとは誰がやったのか。間宵まよいライラか、杉浦すぎうらカズキか。あるいは別の誰かか。主演の俳優さんには事故と偽台本のつながりを聞いてみるか。


 しばらく待っていると、扉が叩かれた。


「はーい」


「失礼」


 心地よく、教室の空気を震わせる声。扉が開かれるとそこには金色の胸当てに身を包み、赤いマントを翻した太陽の戦士がいた。腕には輝く兜が抱えられている。


「おぉ!すごい。太陽の国の戦士様じゃありませんか!」


「すまんすまん。記念撮影で遅くなった。暑いから早く入れてくれ」


「おっと、これは失礼、どうぞ!」


 太陽の戦士は“うむ”と威厳たっぷりに言うと、まっすぐに机に向かっていく。机の山を背景に、異世界の住人が迷い込んだような光景だった。芹澤せりざわミヤコも腰を下ろし、ファンタジー世界に現実の推理を突き立てる。


「どうも!ミステリー研究会部長の芹澤ミヤコです。お名前を伺っても?」


「演劇部3年、太陽の戦士役、夕見ゆうみレオ。よろしく」声が落ちた瞬間、教室の空気が一瞬止まった。

 まるで舞台照明が切り替わったように、現実が演劇に変わる。夕見ゆうみレオは無表情で兜を机の上に置いた。息の仕方まで、舞台上の人だ……。ゆっくりと落ち着いた動作に堂々とした態度。黒髪のどこにでもいそうな男子なのに、声は異様に艶がある。おそらく部内でも実力者。ミヤコは愛想たっぷりに微笑んだ。


「よろしくお願いします!いや、それにしてもいい声してますねぇ!演説シーンすごかったです!」


「おぉ、ありがとう。それで、聞きたいことってなにかな」


 夕見ゆうみレオは眉一つ動かさずに武人のような出で立ちで座っていた。表情は読めない。光を飲み込むような黒い瞳が芹澤せりざわミヤコの瞳と交差する。ふむ。おだてて機嫌がよくなるタイプではないか。なら、無駄なく合理的に。


「では、単刀直入に……例の台詞について、夕見先輩は一番近くで聞いてたわけですが、聞いていてどのように感じましたか?ずいぶん間があったように思いましたが」


 夕見ゆうみレオは「うわっ、お前結構きついこと聞くなぁ……」と、顔を顰めて見せてのけぞった。ミヤコは慌てた様子で身を乗り出した。


「あ、いえいえ!見事なリカバリーでしたよ!率直に何か思ったことはあったのかお聞きしたくて!」


「まぁいいけど」夕見ゆうみレオは腕を組み、眉間に皺を寄せた。


「……あった。でも、これ、言っていいのか迷うな」


「何か言いづらい理由でも?」


「まぁデリケートな問題だからな……」


 夕見ゆうみレオは視線を落とした。影が机を二つに割り、沈黙が一拍挟まる。

 デリケートな問題……か。芹澤せりざわミヤコは顎に指を当てて考える。おそらく、夕見先輩も思い当たったのだろう。照明の落下事故との繋がりに。


寺前てらまえルカさんの事故についてなにか関係ありますか?」


「……!すごいなお前。探偵って心を読めるのか?」


 夕見ゆうみ先輩が軽く目を見開いた。よし、興味を持たせることが出来た。


「いえいえ!推理した結果、寺前てらまえルカさんの事故と今回の台本改竄は一つの事件だと考えていただけです。今は事故に関係している人たちに話を伺っているところです」


 ミヤコは両手の指を合わせるながら、落ち着いた口調で話し出した。夕見ゆうみレオはミヤコが言い終わると、あっさりと話し出した。


「そういうことか。わかった。正直、寺前てらまえの事故は佐伯さえきが原因だったのかもしれない、と思った」


「それはなぜでしょうか」


「俺たち演者は台詞の意味や感情をいつも考えている。で、間宵まよいがどういうつもりで言ったのかはわからんけど、俺はそういう風に聞こえた」


 芹澤せりざわミヤコは腕を組んで考えた。演者は台詞の意味と感情を考える。なら、間宵まよいライラはどういうモノを込めてあの台詞をいったんだろうか。


「ほほう。では、この台本のすり替え自体が一種の密告、告発だと?」


「……正直、このチームにそんな下劣なことをする奴がいるとは思えん。でも、演者班の間ではそういう噂があるのも事実だ」


 夕見ゆうみレオは顔を歪ませて、流れるように言った。だが、その滑舌には苦悶が確かに混じっていた。


「あれが事故だとわかっていても、どうしても佐伯さえきに対してよく思わない奴はいるんだ」


「なるほど。犯人は悪意があって、佐伯さえきさんを貶めようとしたと……」


 夕見ゆうみレオは握りこぶしで口元を覆い、押し黙った。二人の間に静寂が落ちる。だが、夕見レオは意を決したように沈黙を破った。


「俺は、そうではないと思う」


「どうしてそう思うんですか?」


「あの台詞にそんなニュアンスは無かった」


「ニュアンス……?」


「言葉じゃなく、演技の“呼吸”で何かを告白していた。だから、舞台の空気が静まったんだよ」


 夕見ゆうみ先輩は再び腕を組んで、考えるように視線を泳がせたがすぐに手を膝の上に置き、静かに言った。


「まぁ、これは演者にしかわからん世界だ。説明できん。でも、だからこそ、あれは“自白”だったのかもしれん」


「自白……ですか?」


「あぁ。佐伯さえき自身が言い出せずにいたことを、脚本を通して言った。そして、お前たちに見つけてもらおうとしたんじゃないかって」


 言葉ではなく、演技の呼吸で告白――。

 もしそれが真実なら、佐伯さえきシズカは観客ではなく、同じ舞台に立つ者たちへ、罪を打ち明けたことになる。

 ミヤコは目を瞑り佐伯シズカのことを思い出す。壮大な自白だった可能性か。手の込んだやり方だ。


「興味深い推理ですね。参考にさせていただきます。聞きたいことは以上です。何か言っておきたいことはありますか?」


 夕見ゆうみレオは兜を手に取り、立ち上がりながら言った。


「聞きたいこと……か。『銀砂の王国』どうだった?」


 芹澤せりざわミヤコは夕見レオの暗い瞳へ飛び込むように目を合わせて「面白かったです。とても」と、言い切った。


「そうか」


 夕見ゆうみレオはたった一言、それだけ告げるとミヤコに背を向けて出口へと向かっていく。だが、微笑むその横顔をミヤコは見逃さなかった。そして、扉の前で振り返った。


佐伯さえきには、まだ伸びる余地がある。才能を潰すような結末だけは、頼む、避けてくれ」


「もちろんです!任せてください」


 その言葉を聞いて夕見ゆうみレオは頷いた。そして、扉に手を掛けながら思い出したように言った。


「あと、お前も舞台映えすると思う。芝居に興味はないか?」


「ありません!これからもミステリーを抱えて生きていきます!ご協力ありがとうございました!」


 芹澤せりざわミヤコの笑顔は、どこか舞台のカーテンコールのようだった。夕見ゆうみレオは苦笑いを浮かべて「そうか」と一言。太陽の戦士は廊下の先、茜色に染まる光の中へと帰還していった。


 ◇◇◇


『ミス研グループチャット(2)』


【ミヤコ】太陽の戦士役、夕見レオさんから話聞いたよ!(17:34)


【リカ】お疲れ様です。役と印象が随分違いますね(17:35)


【ミヤコ】そうそう!演者って感じの人だった(17:35)


【リカ】ふむ。こちらもわかったことがありますので一度部室に戻っていただけますか(17:35)


【ミヤコ】おっけー(17:35)


【リカ】コーヒーはアイスとホット、どっちがいいですか(17:35)


【ミヤコ】ホット!(17:35)


【リカ】おっけーです(既読)


 つづく

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