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放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 非日常は明星高校ミステリー研究会にお任せを!  作者: 佐倉美羽
解明の第二部

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第8話 ファウスト・トリック

 ――Side:草野ショウヘイ


 実習棟3階。あまり来たことがないけど、ミステリー研究会の部室はここにあると近藤先輩に聞いた。積み上げられた大道具。ほうぼうに紙と木、接着剤やニスの匂いが漂っている。本当にこんなところに部室があるのだろうかと草野はいぶかしんだ。


 電灯もあまり届かない路地裏のような廊下を奥に進んでいくと、パッと辺りが明るくなった。目の前にはネームプレートに手書きでミステリー研究会と書かれたコピー用紙が張り付けられた部屋がある。本当にあった。部室が。


 草野は生唾なまつばをごくりと飲み込み、扉の前に立つ。さすがにもう帰っているかもしれない。むしろ帰っていて欲しい。でも、今、自分の意志で行かないといけない。そうしないと、本当に自分自身をおとしめてしまう気がするから。


 大きく深呼吸をして、目を閉じた。まぶたの裏には、月明かりに照らされるゴールリング。そこに目掛けてシュートを放つ。ネットを揺らす音を聞いた草野は扉を叩いた。


「待ちたまえ」と、女子の声が聞こえた。芹澤先輩の声ではない。胸板を内側から叩くリズムが、体育館の音と重なる。待っている時間も長く感じる。逃げ出す理由はいくらでもあった。けれど、ここで逃げたら一生、自分から目をらしたままだ――。


 ガラっと音を立てて扉が開かれる。言おう、自分がやったって。草野は軽く息を吐いて、顔を上げた。そこいたのは、頭から紙袋を被った少女。二つ開けられた穴の奥で、大きな目が不思議そうにこちらを見上げていた。


 草野の身体から、糸が切れたように力が抜けた――


 ◇◇◇


 ――Side:信田リカ


 ……誰?


 扉を開けると、そこには見知らぬ男子が立っていた。本当に誰だろう。見当もつかない。

 とりあえず、要件だけ聞いて、お引き取り願おう。


「何か御用で?」


「あ、いえ。すんません。芹澤ミヤコ先輩はいますか?」


「ミ……、芹澤先輩は帰宅した。明日に日を改めるのが良いだろう」


「あのっ!バスケ部の依頼の件で、どうしても伝えたいことがありまして!」


「……今でないといけないことなのか?」


「……はい。出来れば」


 信田リカと男子生徒の間に沈黙が落ちる。男子生徒は沈痛ちんつう面持おももちをしていた。


 リカは――

 いいいいったいどうすれば……!と、眼を回していた。

 心臓が早鐘はやがねのように打ち鳴らされる。


 ミ、ミヤコ先輩っ……!


 スマートフォンをポケットから取り出そうとするもどこにもない。アタリをキョロキョロ見回すと、デスクの上にあった。きびすを返し、デスクへ駆け寄り、スマホを持ち上げようとしたその時だった。開かれて置かれていた『あかつき』、作 芹澤ミヤコの文字が目に留まった。そして、不意にリカの脳裏に蘇ったのはミヤコとの思い出であった。


 ――先輩……本当にすごいです……!どうやったらあんなに話せるんですか……?


 ――ん~……慣れ……?


 ――な、慣れ……


 ――ま、リカもその内、出来るようになるよ!


 信田リカの胸中にだんだんと熱いものがこみ上げる。

 スマートフォンに伸ばされていた手が握りこぶしに変わった。

 い、今のあたしはカッコイイ探偵……!出来る……!ミヤコ先輩みたいに……!

 リカは小さく息を吐いて、扉の前に立つ男子生徒に視線を合わせた。


「どうぞ。そこに掛けるといい。コーヒーは出してやれないが、話は聞こう」


「っ!は、はい!ありがとうございますっ!」


 男子生徒は丁寧に頭を下げ、ミステリー研究会の部室に足を踏み入れた。ソファの横に立ち、「失礼します」と再び頭を下げると、背筋を伸ばしてソファに浅く腰掛けた。

 リカは大きく深呼吸をして、男子生徒のあごを見つめた。膝の上に置かれたリカの小さな手は、震えるほど固く握りしめられていた。


 ◇◇◇


 ――Side:草野ショウヘイ


 窓の外ではすっかり雨が止み、水を打ったように静かだった。電車が通るたびに空気が震えて、ミステリー研究会の部室まで届いている。


 草野ショウヘイの目の前には、異様な雰囲気を放つ少女。足を組み、指を絡めた手は膝の上に置かれている。何より目を引くのは頭にかぶった紙袋。目元に空けられた穴、奥に見える目がこちらをまっすぐ見据えている。芹澤先輩とは別の意味で、何を考えているのかさっぱりわからない。草野は慎重に言葉を選び、口火を切った。


「あ、あの、俺、草野ショウヘイって言います。バスケ部の一年です」


 紙袋の少女は、机の上に広げられていた本をゆっくりでて「……草野ショウヘイ。なるほど。あたしのことは……そうだな、“エルロック”。ちぢめてエルと呼ぶといい。よろしく。ショウヘイ君」と、慇懃いんぎんに言った。


「エ、エル……さん」


 草野はめまいがした。自分はとんでもないところに来てしまったかもしれない。だが、目の前の少女、エルロックにふざけている雰囲気は一切ない。

 あるいは、油断ゆだんさせて迂闊うかつなことを言わせる算段さんだんなのか。芹澤ミヤコが笑顔の裏で、猛禽類もうきんるいのような鋭さを隠していたように。草野は軽く深呼吸をして、気を引き締めた。


「して、ショウヘイ君。伝えたいことというのは?」


 エルは脚を組み替えて、軽やかに言う。その瞬間、空気が一気に張りつめた。二つの穴の奥で、フクロウのように大きな目がこちらの様子を伺っていた。


 ――言おう。それで、全部終わる。どのみち芹澤ミヤコにはバレている。言って、楽になろう。


 バスケットボールは自分のすべてだった。小学校から今まで、苦しいこともあったけど、全部が自分の一部になった。明日には退部を言い渡されるかもしれない。でも、それでいい。自分勝手なことして、みんなにたくさん迷惑をかけた。自分のような奴には、当然の罰だ。

 吐き出す息が熱を帯びる。のどの奥が震えている。胸の奥に、鈍い痛みが広がっている。


「……お、俺が……っ」


 ――言葉が、続かなかった。怖かった。バスケを失うことが。

 エルを見ていられず、握りしめた手に視線を落とす。行き場のない告白が喉の奥につまり、息が出来ない。


 ――コートに立つときだけ、自分は何者かになれた。俺はもっと上手くなりたいだけだったのに。なんで、こんな。


 脂汗が体中から溢れ出る。視点が定まらない。目の奥が熱い。苦しい。逃げたい。この状況から、わき目も振らずに。


「い、いや、やっぱり、なんでも――」


「ゆ、ゆっくりでいいから。ちゃんと、聴くから」


 その声は震えていた。だけど、嵐のあとの湖面のように静かで、ただこちらを受け止めていた。

 顔を上げる。そこには大きな丸メガネをした、小さな黒髪の女の子が座っていた。胸の前で両手を引き寄せて、こちらを見ていた。


「だから、話して、ショウヘイ君」


 自分より一回りも小柄な女の子が、目に涙を浮かべて自分の言葉を待っている。それなのに、自分は逃げていいのか。

 顧問が部員を集めて、名乗り出るように言ったとき。自分は逃げてしまった。また逃げるのか。


 瞬間、喉の奥から空気が押し出される。新鮮な空気が肺を満たす。体中に熱い血潮が巡った。

 目を瞑り大きく息を吸う。


 迫るディフェンス。退かない。低く、もっと低く。這うように走り抜け、踏み切って――シュート。

 宙に舞うボールが、時が止まったように、ゆっくりゴールへ――


「――俺がやりました。夜中、体育館に忍び込んでいたのは、俺です」


 エルは、ゆっくりと瞼を閉じ、はにかんだような笑顔を浮かべて「そっか」と一言だけ呟いた。

 草野ショウヘイは、そのあまりにあっさりとした答えに、思わず――笑った。


 大雨が過ぎて、雲一つない夜だった。ミステリー研究会の部室には二人の人影。探偵と犯人。デスクを挟んで向かい合う二人の空気は、月光のように澄んでいる。

 草野ショウヘイの胸の奥で、長い間降り続けた雨が、静かに止んだ。


 ◇◇◇


 ――Side:芹澤ミヤコ


 その頃、ミヤコは机に向かい、スマートフォンで『暁』の原稿を打ち込んでいた。


「ん?」


 リカからのチャットだ。珍しく返信が遅かったけど、草野くんのことを調べていたのかな。ミヤコは原稿を上書き保存して、チャットを開いた。


 ◇◇◇


『ミス研グループチャット(2)』


【ミヤコ】そう言えばめちゃくちゃ怪しい部員見つけててさ、草野ショウヘイくんっていうんだけど。狙い撃ちしていい?(17:56)


【リカ】草野ショウヘイ君が自供しました。明日、顧問に名乗り出るそうです(18:34)


【ミヤコ】うそおおおおおん!?(18:34)


【リカ】本当です。やりましたね(18:34)


【ミヤコ】な、なんでこのタイミングに……もしや、情報漏洩(ろうえい)……!(18:34)


【リカ】ミヤコ先輩の圧が怖かったそうですよ(18:34)


【ミヤコ】あ、圧ぅ!?そんなばかな……。完璧な変装だったはず……(18:35)


【リカ】ともあれ、これにて依頼達成です。お疲れ様でした(18:35)


【ミヤコ】リカもお疲れ!聞き取り大変だったでしょ!よく頑張った!!(18:35)


【リカ】ありがとうございます。当分はいいです。先輩も、執筆がんばってください(18:35)


【ミヤコ】(‘◇’)ゞ(既読)


 ◇◇◇


 ミヤコはチャットを閉じて大きく座席に背を預けた。あのリカが聞き取りを……。本当に頑張ったんだろうな。何かお祝いをしてあげないと。そうだ!日曜にカフェに誘ってご馳走ちそうしよう。ついでに原稿も見て貰おう!

 ミヤコは大きく伸びをして、執筆作業に戻っていった。


 ◇◇◇


 翌日、草野ショウヘイは夜間の無断練習について、顧問に名乗り出た。草野はしっかりと顧問に絞られた後、1週間の練習禁止を言い渡された。だが、男子バスケットボール部員たちは草野が復帰するまでの間、練習を自粛し続けたという。かくして、バスケットボール部は男女ともに練習を再開。体育館は日常へと戻っていった。

 眩しい陽射しが降り注ぐ体育館、草野ショウヘイの声が大きく響く――。

 夏が始まったのだった。


『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 Episode 3:Faust Trick-ファウスト・トリック-』(完)

Episode 3:Faust Trick-ファウスト・トリック-

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


「もっと上手くなりたい」――その向上心と劣等感ゆえに罪を犯してしまった少年、草野ショウヘイ。

 これは彼の贖罪と、そして小さな救済の物語でした。


 犯人の視点から見た二羽の探偵は、まさに“恐怖”そのもの。

 雑談のような会話がいつの間にか尋問へと変わり、わずかな痕跡も見逃さない芹澤ミヤコ。

 情報を瞬時に分析し、鳥瞰するように真相へと迫る信田リカ。


 彼女らの“狩り”は、罪から逃げ続けるショウヘイを追い詰め、ついに自白へと導きました。

 けれども最後に彼を赦したのは、極度の人見知りであるはずの信田リカ。

 この物語はまた、二人の少年少女が勇気を振り絞り、成長していく物語でもあったのです。


 感想やブックマークのひと押しが、作者の背中を押す風となり、

 次の謎を描き出す大きな力となります。


 引き続き――『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿』をよろしくお願いいたします。

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