第7話 異質
〜Side:ユリウス・ルシアン・アストリア アストリア王国 国王
「ソロン」
「なんでしょう、父上?」
真剣な顔付きで聞き返すソロン。
こやつ、知っていたな。
「アレは何だ?」
「さぁ?分かりませんね。俺がどんな遊びを提案しようとも全てを突っぱね、多少距離が近くなった時にようやく要求したことと言えば世界の地理関係の知識と剣だけですよ。アルベールが慕っている辺り、悪意ある様子は無さそうですが」
そうだな、その通りだ。今のところは悪の存在ではない。
だが、誰もああなるよう育ててなどいない。アルベールと同じように育てたハズだ。
四歳にして王である我と対立するような口撃ができるほど巧みに言葉を操り、弟の魔力の発現を誰よりも先んじて発見し、魔法と剣術の稽古をつけ、更には自分自身も魔力が既に発現しコントロールすら可能にしている。
これを異常と言わずになんと言う。
それに、魔力の発現はそれ専門の魔法師にしか確認できない。
正確には、気づく事が果てしなく難しい。
そも、魔力の発現とは幼い子供の身体に魔力が循環するようになることだ。
魔力が作られる魔力炉という体内機関ができあがり、そこから魔力回路が形成され魔力循環が行われる。
これらは全て極小の魔力で構成されており、尚且つ体内で行われることだ。
近くに居ようが居なかろうが気づくことなど無い。よほど魔力の感知能力に優れているか、常日頃から魔力炉の形成を調べる魔法を行使しているかのどちらかでしか不可能だ。
それに、魔力炉が形成される平均の年齢は八歳。そこから更に体内に魔力が循環していくのが平均にして九歳だ。
十歳にもなればほぼ全ての子供が魔力を持つため、極小魔力を探知できる特別な才能を持つ専門の魔法師が魔力の発現を確認するのだ。
その後にようやく貴族の子息たちは学園を目指すために魔力制御の訓練を始める。
すなわち、基本的には貴族の子息たちは十歳の段階でしか魔力の発現を探知できない。
アルベールとイザベラは三歳の時に発現していた。そして、それを自力で発見して自分自身で考えた鍛錬を用いて魔力を強化していた。
「ソロン、今のイザベラに勝てると思うか?」
「無理、だとは思いたくないですが。さっき感じ取ったあの魔力、ほんの一部でも私に触れたらどうなるか考えたくありませんね。少なくとも魔力の質では大負けしてます」
我々は、イザベラの異常を察した次兄のエヴァンが報告してきた内容を信じられず、放置していた。
しかし、ソロンは何かを思っている様子だった。
ソロンは阿呆のフリをしているが、実際は違う。王太子として暗殺に備えるため、誰よりも己の体を鍛え、魔力を練り上げ、魔法の素質を伸ばすよう王家の厳しい訓練課程を耐え抜いた立派な戦士だ。
同年代で勝てる相手など、大陸中を探しても見つからぬ。
そのソロンが魔力の質では大きく劣り、相手取ることを考えたくない、と断言するほど我が娘の魔力は異質で強大だということだ。
不気味に過ぎる。
だが、それでも…………。
その時、今まで黙っていた者が恐る恐るといった様子で、しかし言わずにはいられない鬼気迫る表情で口を開いた。
「陛下、差し出がましいことですが……」
正直に言って驚いた。
普段は自分の意見をひけらかすようなことはせず、静かに、穏やかに決定を受け入れるイザベラとアルベールの母、アナスタシアが初めてと言っていいほど私たちの会話に横槍を入れた。
「へぇ、初めてじゃないですか?」
「珍しいこともあるものだな。申してみよ」
「あの子たちを、見守ってあげてください。決して悪いようにはなりません」
そう眉を下げながらも断言した。
私は、国王として身内の不穏分子を調査したい。例えそれが我が娘だとしても、その力の矛先が我が王国に向けられない保証は何処にも無い。
「その根拠はどこにある?」
「陛下、勘違いされてはなりません。子供とは本来自由なものなのでございます。鎖を繋いで鑑賞することなど到底できません」
一理ある。監視という名目で、いざとなればアルベールを盾に言うことを聞かせることもできるなどと考えてしまっていた。
大人びて見えても、あの子らはまだ四歳で、私の可愛い子供たちなのに。
なぜか大きな存在に見えて仕方がなかった。
「いやいや、アナスタシア妃。陛下はその根拠を聞かれていますよ。子供だからと言って、いや、子供だからこそ強大な力に振り回され王宮が混乱することは避けねばなりません。なぜ、貴女はあの二人を見て、悪いようにはならないと断言できるのですか?」
ソロンは極めて冷徹な瞳でアナスタシアを見た。ソロンからすれば血の繋がっていない異母だ。長兄を殺して我が子を次代の王に、等と考えていてもおかしくはない。
ソロンはそれを警戒している。
「分かりませんか? あの子たちは、私たちを守りたいと考えているからあそこまで努力しているのですよ」
!!!…………そうか。あ奴らは、大きな力を欲するために寿命を縮めるほどの鍛錬を行っていた訳ではなかった。
守りたいものがあり、それを守る力を既に持っているからこそ努力をしていたのだ。
「ソロン、もちろんあの子は貴方のことも守りたいと話していましたよ」
「なぁっ……!」
ソロンが顔を赤くし、口をわなわなと震わせておる。
ソロンはイザベラの事が本当に好きでたまらないのだ。
あえて疑うようなことを口にしたのは、王太子として国の未来を憂う自分と、兄として妹を愛する己の心を別けるためだろう。
口にしなければ保てない未熟な心だが、奴もまた成長途上だ。剣の腕を上げても、心の方は鍛えられない。
そして、未熟なのは私もだろう。
「陛下、どうかあの子たちを信用してあげてください。冷たく言い放ったあの子の心を思うと私は胸が苦しくて仕方がありません。どうか、どうかご寛恕いただきますよう……」
「それ以上は口にせずともよい」
「あっ……」
思わずアナスタシアを抱き締めていた。
すまなんだ、アナスタシア。我が妻よ。
我が身可愛さに、お前の信用すら取りこぼすところであった。
明敏な我が娘よ。
お前の考えることの一から十までの全てを理解することのできない愚かな父を許せ。
願わくば、そなたの輝ける正道に影が差さぬよう……。
〜Side:イザベラ〜
まずい、言い過ぎたかもしれん。
「姉さま、かおが青いよ」
黙らっしゃい。今お前の姉は真剣なんだ。
次父上とお会いする時、どういう顔をすればいいのだ。
そして、あの母上の表情。悲痛な顔を取り繕っていた。
「姉さま、かおが」
「アル」
「はい!」
「黙れ」
子犬のように素直だな。一瞬で静かになった。
地獄のような静寂だ。
……悪かった。私の負けだ。
「アル」
「!」
「喋ってもいい」
「……はい!」
形容し難い愛らしさだな。
アルベールを守るためとはいえ、国王である父上に口答えをしてしまった。
それに、周囲にそこそこの人数の人がいた。恥をかかせてしまったかもしれない。あの父親の性格をいまいち把握しきれていない私にとっては恐怖だ。
苛烈な性分を隠し持っていた場合は即刻体罰を含む処罰を貰っても仕方がない場面だった。
それに、母上だ。
アレは本来あそこで黙っていられるタマではない。
私はまだしも、ただの幼い子供のアルベールを巻き込むべきではなかった。愚かな姉を許せ。
「姉さま、げんきだして」
……四歳の子供に励まされるなど、クロエに知られたら大恥ものだ。きっと死ぬまでからかわれ、いつの間にか劇団に話を持ち込んでしまうに違いない。
私が子供に励まされる劇をどのように演じるのか興味が無いとは言えないが、匿名性も何もあったものではない。
やはりこの場にクロエが居なかったことが唯一の救いだろう。
「アル、ありがとう」
うむ、やはり子供の笑顔はいいものだ。幼少期のアルベールは是非劇に組み込んでもらおう。