第61話 遊戯
私はオルフェンの用意した下女に案内してもらい、思う存分湯浴みをした。
全身が中々に汚れていたからな。次のヤツが使えないくらい汚れを落としてやろう。
そのまま湯に浸かっていると、下女が気を利かせてくれたのか水を持ってきてくれた。
礼を言わねばな。
「ありがとう、その優しさもこの湯のように沁みるな」
「ふふふ、お上手ですね。……オルフェン様が見た事ないほど困惑されていましたから、次からはもっと優しくして差し上げてはいかがですか?」
ふん、私に意見を言うとは生意気な下女だな。
若く綺麗な使用人だ。
もしかしたら貴族の子女かもしれないと思った程だ。
さすがにそんな事は無いだろうが。
「放っておけ。聖騎士団長にまで上り詰めた年寄りが、この程度で音を上げる訳が無いだろう」
「うふふ、左様でございますね。オルフェン様にはまだまだ現役で張り切っていただけないと、私どもも安心して下働きできません」
頬に手を当て笑顔で答える使用人の女。
辺境の地でもオルフェンの評価は高いようだ。
「はぁ、そうだな。怒りに任せて殴ったりしないよう気をつけるよ」
「寛大なお言葉、感謝いたします。……失礼いたしました」
そう言って浴場を去っていった。
よく気の利く、良い使用人だ。
……だが、知っているのか?
優しくしてやれと、そう言っている聖騎士がどんな事をしているのか。
知っていようがいまいが。
だがもし知っていたとしても……。
この水の分だけは、優しくしなければならないだろう。
◇◇
聖都テオフィラへ向かう方法としては馬車を用いるのが一般的だそうだ。
勿論、聖王国で使える硬貨など持ち得ない私は、オルフェンに金の無心をした。
「全く、殿下には計画的に来訪していただきたい」
こめかみに手を当てて文句を垂れるオルフェン。
「阿呆め。魔獣やテロリストがわざわざ計画を教えて襲ってくるものか?こういう時にお前達騎士の臨機応変な対応力が育つのだ。黙って受け入れろ」
「物は言いようですな」
うるさい。私は他国の姫だぞ。さっさと案内しろ。
それに、事前に来訪を伝えたら機を逃すだろ。
お前達が私に隠し事があるなら、急な来訪は大変都合が悪いだろう?
私はそれが見たいんだ。
セラフィエルが干渉するかもしれないからな。
……それにしても。
「どれ程このつまらない馬車に乗ってなきゃならないんだ?」
殺風景な景色を横目に愚痴をこぼす。
呆れた様子の私の顔を見て、更に呆れた表情をするオルフェン。
「二日はかかるでしょうな」
「無駄だ。大変無駄な時間だ。オルフェン、面白い話をしろ」
「私は殿下の使用人ではありませんので、お断りいたします」
クソ、この堅物め。
「カードは無いのか?」
「ありませんな」
この男はずっと仏頂面だ。
遊ぶ物も無いとはな。
「なぜ持っておらんのだ。それでは他国の姫を接待する役目が果たせないだろう」
「私の役目ではございませんので」
……昔の私を見ているかのようだ。
クロエはこのような気持ちを抱いていたのだろうか。
はぁ、全く。暇疲れしてしまうな。
やる事も無いから、この退屈な男でも観察するか。
「…………」
オルフェンをじっと見つめる。
目だけではなく、顔や肩、腕、足。
それに呼吸や瞳孔、まばたきの数。
「……?どうかされましたか?」
それらを観察していると分かってくることがある。
「……普段話す時は目が合うが、じっと見つめると視線を逸らす。敵意は無い、しかし直視できない問題を抱えている。私に対して罪悪感があるのか?」
「……」
そう言うと取り繕うように私の目を覗き始めた。
これは心理分析というやつだ。
近衛騎士になる際に叩き込まれ、アナスタシアによって研ぎ澄まされた観察の技術。
「お前は異常にまばたきの数が少ない。緊張する人間はまばたきが多くなるもんだ。初対面の他国の姫が目の前に居るというのに……かなり図太い人間なのかとも思ったが、違うな。先の聖女への発言を見る限り、感情を押し殺す癖があるのだろ?」
「……何を言っている」
随分目付きが鋭くなったな。
「怖い顔をするなよ、わがまま姫の道楽だ。続けるぞ」
「……」
オルフェンは何も答えない。
それでいい。
「あの下女のオルフェンに対する評価は中々だった。私的な感情を滲ませる程にな。お前は感情の制御が上手いが、それでも罪悪感を抱えている。そして、この辺境の地に聖騎士団長という名誉ある地位の人間が逗留している。偶然では無いだろう」
あぁ、そうすると見えてくる。
お前の本質がな。
「だから、どうしたと言うのです?」
「聖騎士団長という立場からの逃避行は、上手くいったのか?」
「……ッ!」
初めてオルフェンの顔が歪んだ。
こやつは聖騎士という立場から逃げ出したのだ。
聖騎士団長という身分は、本来聖都の大神殿に居なければならない立場にある。
国境線の門番として使うには役不足が過ぎるからだ。
では、何故こんな所にいるのか。
「聖女の神託から逃げ出したな」
「…………」
オルフェンは目線を下に向いたまま何も言わない。
自主的かどうかは分からんが、中央に居ないのは何かがあったとしか思えない。
聖女の神託を裏切るような事をしたのだろう。だが、それだけでオルフェンを切る事は聖王国にとって士気に関わるため都合が悪い。
辺境にいれば聖騎士団長の裏切りという噂は立たず、失敗したら疫病や魔獣によって殉教した事にできる。
それに、この堅物は聖王国に牙を剥く事はしないだろう。
内心では疑義を持っているかもしれないが、聖王国にとって牙の折れた飼い猫など怖くは無い。
「……あの下女、美しかったな。お前が好んでいそうだ」
「違う!彼女は……」
「彼女は?」
そう聞くが、オルフェンは口を閉ざしてしまった。
カマかけだったが、思いの外食い付いたな。
咄嗟に守ろうとしたのだろう。
「あの女と懇ろな関係になる事で、人間として過ごそうとしていたのか?その間だけは信仰を忘れられたか?」
「やめろ……」
「遊びだよ、オルフェン。私の言葉は全て推測だ。真実を追求しているんじゃない。……だが、その反応を見る限りは推測に留まらないようだ」
このつまらない男は、人間である事を諦められなかったのだ。
だからこの地に追いやられても、人との愛を忘れられなかった。
聖女を信じられず、神託に苦しみ、それでも信仰は捨てられなかった。
弱い男だ。
……私がなり得たかもしれない未来の一つ。
そうして聖騎士団長という立場からすら逃げ出したにも関わらず、私に捕まって聖都へトンボ帰りしてるという訳だ。
「この国はもう腐っているんだろう?神託に従えば不幸な人間が増え、裏切れば聖堂騎士という圧倒的な暴力がその身を業火で焼き尽くす。手を汚す事を推奨され、騎士は己の手が真っ赤な事に気が付かない。……とても恐ろしい国だ」
信仰とは、狂気だ。
オルフェンは下を向いたまま拳を握る。
「でも、私は……」
「オルフェン、言わなくていい。お前は何も言うな、何もな。遊びだと言っただろう?気楽にしろ」
脚を組み、楽な姿勢でそう言い放った。
そう、これは遊びだ。
何度も言っただろう。
「遊び……」
「そうだ。断片的な情報から背景を推測する、昔よくやっていた遊びだ。母上が厳しくてな……。母のコレに比べたら、今の私は児戯に等しいレベルだ。アレの精度は本当に心を読まれているのかと思う程だったぞ」
もちろん前世の近衛騎士だった知識も活きているが。
「そう、ですか……。心臓に悪いので、二度としないでもらってもよろしいですか?」
「はっ。考えておこう」
だが、この遊びでなんとなく聖王国が見えてきたな。
今のこの国は聖騎士団長が逃避したくなる程に混沌としているのだろう。
聖女め、何を考えている……?
「それで、私の遊びはどこまで当たってたんだ?」
私がそう言うと、オルフェンは疲れた笑みで返した。
「勿論、教えませんよ。国家機密ですからな」




