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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
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第60話 後悔

 


 王宮からここまで全力で走った私の服には、森で張り付いてきた木の葉だらけだ。

 靴は土まみれで、このまま聖都に入ってしまえば汚らしい難民程度にしか思われないかもしれない。


 そんな見窄らしい格好の私の前には、聖王国の街がある。

 首都ほどではないが、アストリア王国から聖王国までの道中で必ず通る大きな街だ。


 ここはただの寄り道だが、本命はこの先にある。


 聖都テオフィラ。

 そこの大神殿に聖女どもがいるだろう。


 今回はアストリア王国の王女としての正式な訪問ではない。

 魔王を討伐した英雄のイザベラとして入国するつもりだ。

 迷惑極まりないだろうが、許せ。

 王女はわがままなものだろう?


 程々に大きな門の前に立つ聖騎士たちに訪問の意を伝える。


「おや?ご入国かい、お嬢ちゃん。随分酷い格好だけど……」


 ハッ、お嬢ちゃんときたか。

 前世を含めても初めて呼ばれたな。


 まぁ剣も何も持っていない手ぶらの汚らしい十六歳の女だ。お嬢ちゃんと呼んでくれるだけこやつは優しいのだろうな。


「私はイザベラ・ルシアン・アストリア。魔王討伐の報せを聖女殿に直接届けに参った。聖都まで通してもらいたい」


「……へ?」


 呆然とする聖騎士。


「聞こえなかったか?二度は言わん。アストリア家の王族印もある」


 ポケットから王族印を出す。


 この印は特殊な魔法的加工を受けている。

 限られた王族のみ、魔力を流すと淡く光る仕様だ。


 簡単に複製できそうだが、偽物はもちろん作られない。

 作る意志を見せただけで処刑されるし、使った事は王家に報告される。


 複製などしたらアストリア王国で最も重い罪に問われる事になるだろう。

 使った時点でそいつは世界中どこからも受け入れられない人間になるという事だ。

 闇組織の人間ですらそんな奴を味方に加えようなどとは思わない。


「しょ、少々お待ちいただきたい!」


 男は王族印を光らせた私を見て顔を青ざめさせた。


 脅かしたようで悪いが、必要な事なんだ。

 許せ。


 そのまま丁重に騎士の待機所へ案内された。

 客人用の部屋だろうか。綺麗に整えられた上質な部屋に連れていかれた。


 しばらくすると、聖騎士らしい格好をした壮年の男が部屋に入ってきた。


「お初お目にかかります、イザベラ殿下。第二聖騎士団長のオルフェンと申します」


 ……騎士団長だと?

 この街にたまたま滞在してたのか?


 だが、確かに強そうだ。

 長年鍛えられた上質な肉体だということが鎧越しでも分かる。


 その佇まい、魔力の質、呼吸。

 全てが歴戦の強者だという事を教えている。


 これでも聖堂騎士ではないという所が空恐ろしいな。

 だが、私がビビっていても仕方ないだろう。

 魔王を討伐した英雄らしい振る舞いをせねばなるまい。


「あぁ。それで、いつ聖女に会わせてくれるんだ?」


 私は傲慢な態度を崩さない。

 今の私は王女として来た訳ではない。


 それは格好からして明らかだろう。

 王女ではないアピールだ。


「殿下の訪問に我々も少々対応が遅れております。これからは事前に連絡をいただければと……」


 的外れなことを言い始める。

 全く、耳が遠いらしい。


「聞こえなかったのか?」


 そう言うと、男は片眉を上げた。


 いい加減にしてくれないか。


「いつ聖女に会えるのかと、そう聞いているんだ。お前達聖騎士のクソ臭い口から出る愚痴を聞くつもりは毛頭ない」


「では、私が案内いたしましょう」


 私の挑発的な発言に堪える事もなく、更に笑顔で提案をしてくる聖騎士長。


 まぁ、妥当な判断だ。

 聖騎士団長は聖堂騎士よりも政治的に強い権力を持っている。

 それでいて、私が偽物だった場合は容易に抑え込める戦力。


 いいね、気に入った。


 私はフッと笑うと謝罪を口にする。


「悪かったよ、試しただけだ。私もゆっくり休みたい気分だからな。特に足なんか泥だらけで最悪だ。美しい女に指先まで洗ってもらいたいな」


「アストリア王国ではどうか存ぜませぬが、我が国では人前でなくても淫蕩に溺れるのははしたない事であります」


 そんな事は勿論知っている。

 全く、気が利かないオヤジだ。


 いや私もオヤジなのだが。


 前世を合わせると流石に年下だろうが、今まで周りにいた奴よりは随分と歳が近いせいでつい口が弾んでしまう。


「湯浴みの準備をしてまいります。こちらでお待たせしてしまう事、ご不便をおかけしますが何卒ご容赦ください」


「構わん、急げ」


 最後に一礼すると、オルフェンは部屋を出る。


 さて、我慢の限界だ。


 私は汚れた服を全て脱ぎ、一糸まとわぬ姿で魔王の魔力を浸透していく。

 私自身の魔力と魔王の魔力は全く質の違うものだ。


 仄暗く赤々としたその魔力を開放していく。

 指先から徐々に稲妻が走るように亀裂が入り始めた。


 人の身で扱うには大きい力だ。

 半分魔王化する事でようやく扱える。


 忌々しい事に、この力を扱うためには私自身が魔族に近づく必要がある。

 まぁ、これもある意味私自身の力だ。思った程の抵抗感は無い。 


 やがて全身に赤い刺青のような亀裂が走り、アーサーの力を完全に纏わせる。


 こうする事で体に魔王の力が徐々に馴染んでいく。初めは拒否反応が凄まじく、激痛と嘔吐に苛まれていた。

 そう、あれはサイと帰っている途中だ。

 ダウンしている私を護衛してくれていた。奴には感謝する他ない。


 今や十分纏ったまま行動する事ができる。

 戦闘も長時間でなければ行えるだろう。



 しばらくそうしていると、ノックの音が聞こえた。

 さすがに魔王の魔力は霧散させる事にする。


 あまり半魔王化した姿は人に見られたくはない。


「オルフェンです」


「入っていいぞ」


「失礼いたします。……!??!?」


 ははっ。

 ようやく動揺したか、堅物め。


「お召し物はどうされたのですか!」


 私は全裸だった。


「あんな汚れた服を着たままでいられるか。それに、妥協無く鍛え上げた私の身体に恥じる所など一つもない。しかとその目で見て学ぶが良い」


「おやめ下さい!」


 はっはっは。

 私の酷い挑発に一つも反応を寄越さなかったジジイが、幼気な少女の裸体で慌てふためいておる。


「ならば修道女でもなんでも寄越してそやつに案内をさせろ」


 大きくため息をつくオルフェン。


「心臓に悪いのでこのようなお巫山戯はおやめください……」


「冗談だ、冗談。悪かった。部屋を出ていいぞ」


 そのままこちらを背に向け部屋を出ようとする。

 あぁ、ついでだから聞いておこう。


「……オルフェン、そのままでいいから答えろ。聖女をどう思う」


 オルフェンは私に対して背を向け、ドアノブに手をかけたままピタッと止まった。


「……どう、とは?」


 はっ。

 その質問で返すところを見ると、大分疑っているな。


 信仰か聖女か。

 ……もしくは聖王国か。


 まだ分からんが、どこかに不満がありそうだ。


「質問を変えよう。聖女の()()神託をどう思う?」


 オルフェンはまだこちらを見ていない。

 顔を見られたくないのだろうか。


「……私には答えられない事です」


 おいおい。


「堅物も大概にしておけ。ここには家出してきたただの小娘しかいない。独り言だと思って言ってみろ。無論、死んでも口外はせんと誓おう」


 未だ顔を背けたまま十数秒の長い時間をかけ、オルフェンは口を開く。


「一言だけ申すなら……。アレは聡いが、愚か者です」


「よく分かった、それだけでいい。情報感謝する」


 そのまま扉を開きオルフェンは退出した。


 裸体なのはわざとだ。

 勿論、奴の慌てふためく様子が見たかった訳じゃない。あの堅物に聖女の事を聞くには、こちらから胸を開けなけれぱならない。


 オルフェンに背を向けさせて、心を開かせるための鍵。

 魔王化の慣らしをしたかったのもあるが、裸体のおかげで色々と分かったこともある。



 『聡いが、愚か者である』



 その言葉は、重く受け止めねばならないだろうな。



 聖女も、私も。



 …………思ったより、似た者同士なのかもしれないな。





 ◇◇





 聖堂に集まったのは教皇と枢機卿。

 そして一部の司教と聖堂騎士。


 三十人程いるだろうか。


 この中から一人をランダムに選んで、その人の本を描いたとしても立派な一冊が出来上がるだろう。

 正真正銘、この国を動かしている人間のほとんどが集まった。


 私はこの錚々たる人物達の前で大立ち回りをしなくてはならない。

 ピエロになり切る必要がある。


 ……私の嘘の神託一つで、多くの罪無き光神教徒が死ぬだろう。

 大切な民達を、この国を支えた立派な国民を不幸な目に合わせてしまうだろう。

 それでも、私は言わなければならない。


 震える右手を、左手で握り締める。


「……セラフィエル様からの、神託をお伝えします」


 この負の連鎖を止めなければならない。

 パンデミックによる死者を、この停滞した聖王国を。


 私が止めるんだ。


 後の歴史家は私をどう評価するだろうか。

 選民思想を強化した悪女か、虐殺を容認した殺戮者か。


 もしくは、国家を破壊した災厄か。


 ふふ、ひょっとしたら魔王と並んでいるかもしれない。

 いずれにせよ、悪し様を散々に描かれる事は間違い無い。


 でも、私はかつて褒められた清廉な声を、全員が聞こえる声で、前を向いて伝えるのだ。



 言うべき内容は、今まで心の中で何度も反芻した。


 言い間違えてはならない。


 震えてはならない。


 詰まってはならない。


 そして、躊躇してはならない。



 さぁ言え。


 言うんだ、聖女ルミナス。



 大きく息を吸い込み、唇が切れるほど大きな口を開けてソレを言葉にした。



 私はこれを言ったことを後悔していない。



 後悔してはならない。




 私はこの一言で、数万人を虐殺した。




 

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