第59話 聖女
大変お待たせいたしました。
聖王国編、始まります。
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どうにか宰相であるセオドアを口説く事ができた私は、そのまま聖王国を目指す事にした。
あの聖女の神託、異常だ。
このパンデミックを傍観し続けていた聖王国には強烈な神託。
聖女に一言、いや一発ほど申したい事があるのだが、それは表向きだ。
本当の目的は、セラフィエルの気配を探す事。
聖女が何かしらで繋がりがあると踏んでいるが……。
「あのお転婆であらせられる姫様が聖王国まで家出とは、いよいよユリウス陛下もその衝撃で倒れてしまわれる事だろう。いやはや、政務を手助けしているソロン殿下には頭が上がらなくなってしまうかもしれませんなぁ」
協力的なのかそうじゃないのか、コイツの真意はいまいち測れない。
「フン、馬鹿め。その程度の事であのユリウスが倒れるものか。それにセオドアよ、お前はソロンに下げる頭があるのか?あのバカの頭を落とすだけで簡単に解決するぞ」
ソロンの裏には聖王国がいるだろう。
ヤツの背中を守る国をなんとかしてしまえば、ソロンは孤軍奮闘を強いられる。
そうなれば虫の息だ。羽根を毟り取って愚かにも洗脳を受けた兄を救う事ができるかもしれない。
「かの獅子姫は暴力的解決をお望みか?全くもってアストリア王家の教育体制は素晴らしいな」
「……その獅子姫と呼ぶのはやめろ」
こやつは私で遊びたいだけだ。
さっさと本題に入ろう。
「聖王国に行く。聖女について知ってる事を教えろ」
そう言うと、セオドアの眉がピクリと動いた。
「知ってどうする?」
「ただ知りたいだけだ。私は知らない事が多いからな」
私は今代の聖女について何も知らない。
過去の聖女はある程度の予測をつけたが、今の聖女は今生きている人間に聞くのが一番いいだろう。
「……聖女は傀儡だ」
「傀儡?」
聖王国のか?
「聖王国と、我らがいと尊き神のな」
「……なるほど」
つまり、良いように使われているって事だろう。
古の聖女はセラフィエルからの神託を受けて知恵を授けたが、その知恵を使うのは聖女ではない。
その国を動かしている人間であり、民である。
それは今の聖王国にも現れているだろう。
聖女はこのパンデミックに対する知恵を授けてもらっていてもおかしくはない。
それでなくとも癒者を多数抱えている聖王国が、パンデミックに対抗できる策を講じていない。
知恵を使う人間が腐っていれば、聖王国も腐る。
私の敵は誰だ?
「聖女は聖堂騎士によって守られている。もし姫様お得意の暴力的解決をお望みであれば、あの騎士共をどうにかする算段をつけた方がいいだろう」
聖堂騎士。
聖王国に仕える騎士の中でも選りすぐりのエリートだ。
聖騎士は国外に対する大人数の軍隊だが、聖堂騎士は違う。
人数こそ数人しかいないものの、その強さは一騎当千。それぞれに特異な能力があり、魔法の威力は絶大。
聖王国が未だに大きい顔をしているのは彼らの絶大な強さがあるからだろう。
それに、冗談抜きに信仰は怖い。信仰の為にその強大な力を持つ聖堂騎士が、命を顧みずに攻めてくるのだ。
まともな戦力では太刀打ちできないだろう。
まともな戦力であれば、な。
「私の心配をする必要は無いぞセオドア。その麗しい忠誠心に感謝を捧げてやろう」
私は丁寧な口調で感謝を告げたが、告げた先の男は顔を顰めてとても嫌そうだ
「思ってもない事を言うのが下手過ぎる。姫様にはもう少し淑女としての教育を受けさせた方がいいのかもしれないな……」
「冗談じゃない、絶対にやめろ!」
そんな事をさせられたら反吐が出てしまうかもしれない。
それにしても、聖堂騎士か。
継承した魔王の力は強大だが、通じるだろうか。
いや、通じてもらわねば困る。
『気をつけろ、イザベラ。私が死んだことは必ずセラフィエルに伝わる。お前はこれからセラフィエルに見られながら生きていくことになる』
亡き魔王アーサーから贈られた言葉だ。
迂闊に魔神の力は使えない。
セラフィエルに監視されながら生きている事を自覚しなければからないだろう。
今の私には前世で培った魔術と、魔王アーサーから継承した魔王の力しか使えない。
全ての聖堂騎士を相手取って戦い抜く事はできるだろうか……。
「聖堂騎士の戦力っていうのは実際どれ程なんだ?」
「私にも具体的には分からないが、噂ならよく聞く」
ほう、噂とな。
「例えば?」
「曰く、雷を落とすとか、目に見えぬ速さで首を斬るだとか、透明だとか、万の軍を一人で退けたとか……。真偽不明だが、昨日のヒレ肉よりは歯応えがあるだろう」
ふむ、それは強そうだ。
是非サイと正面から戦ってもらいたいものだな。
「ふむ、聖王国が強気で居られるのは聖堂騎士あってこそなのだろうな……。大半の噂は真実だと思って行動した方が良さそうだ。それに、聖女とあの神託の事もある」
セオドアは私の言葉に大きく頷く。
「ソロンの目的を探る為にも、やはり私が聖王国に乗り込むのが早そうだ。セオドア、情報感謝する」
こやつに聞いておいてよかった。
それに、アナスタシアの訃報はもうすぐ王宮中に知れ渡ることになるだろう。
騒がれる前に退散した方がいい。
そっちはオズワルドに全て任せてしまったが、なんとかなるだろう。
「聖女については、宰相である私でも計りかねている。無論顔合わせで挨拶もしたが、あの腹黒聖女は己の考えを示さないからな」
「……考えを示さないのに腹黒と決めつけるのは如何なものかと思うがな。腹黒勝負では負けていないぞ」
この宰相、性格が悪過ぎるだろう。
「フン、腹の内を見せるだけ私の方がマシだ。あの小娘は何を考えているのかこれっぽっちも分からん。……接触するつもりなら気をつけた方がよろしいかと」
今更形式的な言葉で警告をしてくれるセオドア。
言われなくても分かってるよ。
あそこはセラフィエルのお膝元だ。気をつけない訳が無いだろう。
それに、神託も疑わしい。
本当にセラフィエルから直接言葉を貰っているのか?
まぁ、これは聖女に会えばわかるだろう。
よし、時間を作ってくれたセオドアに礼の一つでもくれてやろうではないか。
「もうすぐ王宮内で大きな事件が発覚する」
「……何?」
そう、とても大きな事件だ。
第二王妃が何者かに殺されたなんていう、大事件だ。
「セオドア、心から警告する。事件とは関わるな」
「……」
訝しげに私に視線を寄越す。
「事件よりも人だ。ユリウスから目を離すな」
「……承知した」
これで分かるだろう。
ソロンは事件とは関係が無いことを。
ソロンが犯人だと疑っているならばソロンを注視しろと命じるが、そうではない。
その真意は……。
それを考える程度の情報は与えてやった。
頼むぞ、セオドア。
◇◇
聖女。
私はそう呼ばれている。
民から搾取した財産を両手いっぱいに持ちながらも、まるで玩具を欲しがる子供のように神のお告げをせがまれる聖女だ。
この国はとっくに終わっている。
信仰の名のもとに愚者が集まっている。
その愚者がこの国の中枢なのは悪い冗談のようだ。
おかしくていつも笑ってしまう。
「エンフィールド司教、ごきげんよう」
私は神殿内にいる司教にご機嫌伺いを立てる。
賭けだが、どうにかなるはずだ。
「おぉ、これはこれは聖女様。いつも感謝しております。どうかなさいましたか?」
はぁ、全く。
司教も枢機卿も、教皇も。
どいつもこいつも感謝ばかり。
その口から出る息は腐りきった嘘の臭いがする。
とても不快だ。
「セラフィエル様から神託を授かりました」
そう、この腐った国に神託を授けに来てやった。
「そ、それは!至急教皇様方を案内いたします!」
「えぇ。お願いします。二時間後に聖堂でお待ちしております」
私がそう言えば、上層部は皆集まる。
この国は妄信的だ。
私の神託をただ受け取り、都合の良いように解釈し、己の私腹を肥やす。
民達はそれが正しい事だと信じて疑わない。
何故なら私の言葉は、神の言葉だから。
停滞。
この国は、停滞している。
今世界中で起きている凶悪な感染症を治す手段はこちらにあるのに、国々からの応援要請には応えない。
皆自分の身を守る事に必死なんだ。
だからこそ、世界の為に身銭を切る事はしない。
それがセラフィエル様の言葉だとしても、また都合の良いように解釈される。
私は無力だ。
何の力も持たない小娘。
何を言ってもあの豚達の腹を膨らます事しか能が無い、そこに居るだけの聖女。
聖王国の象徴と言えば聞こえはいいが、良い事も悪い事も見逃す事しかできない無能だ。
この状況を、女神様はどう思っておられるのか。
私の信仰は崩れかかっている。
だからこそ、神託を伝えなければならない。
例え、その神託が嘘でも。
誰も嘘だとは思わないだろう。
神の言葉を疑う事は許されない。
それは即ち、神を疑う事になるからだ。
この状況に何も言わないセラフィエル様なら見逃してくれるハズ。
神の寛大さに縋る事にしよう。
……はぁ。
私の声が震えないように気をつけないといけない。
記憶の隅っこにある信仰を捨てて、覚悟を決める。
この国を壊すのは、私なのだから。




