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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
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閑話 人の魔物

 閑話 人の魔物


 聖王国へ向かう道中、不意に気になった別れ道に遭遇した。

 至って特徴の無い普通の道だが、なぜか不気味に感じる。


 暗い色の木の葉が、重い葉擦れの音として耳につく。

 別れ道から風が吹かれると、その匂いに思わず顔を顰めてしまった。


「……死の匂い」


 動物か、人間か、もしくは魔人か。

 どれかは分からないが、重たい死臭がする。


 聖王国へ急ぐ私の足が、この先に進むことを躊躇う。


 だが。


「生きている者がいたら、後悔するだろうな……。クロエ、私に勇気をくれよ」


 私は死の匂いに誘われ、向かう道から逸れた。



 まるで案内されているかのように目的地まで走っていると、恐らく元凶であろう村落にたどり着いた。


 たどり着いたが……この村には色が無い。


 パッと見、村人もいなければ家畜もいない。

 盗賊の縄張りかとも思ったが違うようだ。

 それに、魔人の魔力すら感じない。


 これは……まさか。


 人の気配のない家屋の扉をノックするが、返事が無い。

 少々の躊躇を胸に扉に手をかける。


 数年は誰も使っていなかったのだろう。木製の扉はギィと音を立てて開いた。


 中を見やると、そこには白骨化した死体が残っていた。

 死の気配を感じた割に、肉の腐敗臭がしなかったのはこのせいだろう。


 ……死後数年は経っているな。

 衣服はそのまま残っており、骨折などは見られない。

 部屋の中にも争った形跡は無い。


 村人が居ないのは、全員死んだか、もしくは他の街や村に逃げ込んだかのどちらかだろう。


 ……ここにもう用は無い。


「…………?」


 家屋を出て村を眺めると、気になる建物を見つけた。

 廃教会だ。使われずに数年経っただけではなく、そもそも建てられてからも相当な年月が経過しているのだろう。

 草木は生い茂り、外壁は剥がれ落ちている。


 だが、感じた死の気配の元凶はここだ。

 ここから強い呪詛のような、強い負の魔力を感じる。


「……何かあるな」

 

 廃教会の古びた扉を開ける。

 そこには多数の椅子と、奥にセラフィエルを模した絵画が飾られていた。


 荘厳な雰囲気だ。

 この強烈な負の魔力が無ければ、少し休んでもいいと思ってしまった程だ。


 だが、そうしない理由がある。

 椅子の一つに腰掛けている老人がいたからだ。


「……」


 私が入ってきた事には気づいているだろう。

 微動だにしない老人に声をかける。


「やぁ、ご老人。この村は……残念だったな。お悔やみ申し上げる」 


「あ、あぁ……こんにちは」


 しゃがれた声だ。

 病が喉にも影響して声が出しづらいのかもしれない。


 こやつも、長くはないだろう。


 その時、老人が立ち上がってこちらに体を向けた。


「ッ!それは…………!」


 その痩せ細った胸には、強力な呪いが込められた短剣が突き刺さっていた。

 だが、血が流れている訳でも死んでいる訳でもない。


 その短剣によって生かされているのか。


「……誰にやられた?」


「あァ……見える、ミえる……。あなたは、とても……つよいな……」


 胸からの出血は無いにも関わらず、両の手からは大きな傷があり流血している。


「……その短剣は呪われてる。だが、引き抜いてはダメだ。専門の者に見せれば解呪できるかもしれない。ついて来れるか?」


 そう言ったが、聞こえていないかのように独りでに話し始めた。


「ワたしは……この病の、対抗策として……禁呪に手を、出してしまった」


「……」


 禁呪。

 この世界においても禁忌とされる魔法の類だ。


「だガ……結果として、ワたしは救われなかった」


「……あぁ」


「ミレイは、私に言ったんだ……狂った魔物に、支配されるなと……」


 狂った魔物、か。


 禁呪、狂った魔物、病から逃れる策……。


 ……この老爺は人を魔物へ堕とす禁忌を犯したのだろう。

 その短剣は、恐らく老爺自ら刺したものだ。


「もう、いいだろう……。許しておくれ、ミレイ。すまない。すまない……」


 謝罪を口にする老爺は胸元の短剣に手を伸ばし、引き抜こうとする。


「あ、ああぁぁぁあ…………アアアァァァァ!!!!」


 老爺は自らの手でゆっくりとその短剣を抜き切った。


 アレは封印だ。

 己の身体に魔物を封じ込めるためのな。


 やろうと思えば、その行動を止めることはできた。

 だが、私にはできなかった。


 封印を解いた老爺から凄まじい魔力の奔流が流れ込む。

 おぞましい呪いの力だ。どれ程の苦痛を溜め込んでいればここまで負の力が成長するのだろう。


 私が、終わらせてやらねばならない。

 あの老爺の体に刻み込まれた、際限なく続く苦痛を。


「すまない、ご老人。私には……力しか無いんだ」


 封印が解除されたその姿は、完全な魔物だ。


 苦悩と苦痛に苛まれ発狂した最悪の魔物。


「コォォォォオオオーーーー…………」


「……」


 全身に魔王の魔力を纏わせる。

 魔物相手にこの力を全力で放った事が無いから加減が難しいが……。

 様子見は無しだ。一撃で決める。


「"極怒鎚(フューリー)"」


 身体能力を底上げし、技を放つ。


「ァァァァアアァアーーーー………………」 


 私の極大の威力を持った拳が、魔物と化した老爺の核を粉々に破壊する。

 強力な負の魔力は霧散し、体を維持できなくなった最悪の魔物、エルダーリッチは崩壊が始まっていく。


「アァ……ミ、レイ……あいし、てる……」


 愛、か。

 ミレイとはこの男の妻だろうか。


 苦痛の中でもその名だけは忘れる事は無かった。


 数年前、村を襲った病は例外無く死を呼んだのだろう。その対抗策として、この男は魔物化の禁呪を使用したんだ。


『狂った魔物に、支配されるな』


 妻からの言葉だと言っていたが……。

 最初は理性を保っていた男は徐々に魔物化の影響を受けたに違いない。

 愛する妻のその言葉を一心に、体が魔物になっていく苦痛に耐えていたのだ。


 だが……その言葉は呪いだ。


 耐える事により苦痛は増していき、理性は失われた。


 ……あの傷だらけの両腕。

 自傷行為までしていたのだ。


 だが、そんなものは無意味だ。あの禁呪は生易しいものじゃない。意志の強さだけで耐えられる代物では無かっただろう。


 人間らしく正気でいる為に、人間性を捨て正気ではない行動をしていた。


「……」


 私はエルダーリッチの消滅を見届けた後、廃教会を少し散策する事にした。



 至る所に蜘蛛の巣が張られ、埃は積もったままだ。

 湿気で所々木が腐っている。しかもカビ臭い。


 長居するような所ではなかったな。


 これで最後にしようと部屋を開けると目を疑った。

 部屋にある家具が全てひっくり返り、荒らされている。


 野盗の類に入られたかとも思ったが違う。この部屋だけ荒らすなど考えられない。


 部屋の中をよく観察すると、(しゅ)の痕跡がある。


 ……あの男の部屋、か。


 荒らされたのではなく、荒らしてしまったんだ。

 人間性が失われ、感情のままに暴れる事で人としての感情を取り戻していた。


 ふと床を見ると、古びた手紙が落ちている。

 暴れた時に手紙も巻き込まれたのだろう。端々に汚れや折れが見られた。



 それを手に持ち、中身を読み耽る。




「…………」




 それは手紙では無かった。




 書かれていたのは、感情だけ。

 この誰も居なくなった廃教会でただ一人戦っていた男の後悔が、拙い文字で書かれていた。





 

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