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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
58/60

第57話 宰相

 

 首と胴が離れたアナスタシアの死体を見ると、複雑な感情が私を支配する。


 やってしまった。

 実の母を殺してしまった!


 いや、アナスタシアはイザベラの母だ。


 アーサーの母ではない。

 これは親殺しではない!


 感情のまま殺してしまった。

 冷静になり切れなかった。


 賢王などと呼ばれ増長した結果がこれだ。


 私は賢王でも天才でも何でもない。


 ただの凡庸な男だったという事だ。

 魔神の侵食に耐えきれず魔力を抑えることもできない愚か者。


 親を殺す事でしか解決ができない愚鈍な騎士だ。



 『貴女は()?』


 頭の中でアナスタシアの声が木霊する。



 ……私は誰だ。



 イザベラか?



 アーサーか?



 剣についた母の血を横目に見る。

 我が母の首からは鮮血が未だ出続けている。



 血はいい。

 頭を冷やしてくれる。


 私は騎士だ。

 血なぞ見慣れている。



 皮肉にも、母の血を見ることで冷静になる事ができた。



 ……慢心、していた。

 どうせ転生している事などバレない。

 私を狙われても対処出来る。

 学生など取るに足らない。

 魔術など、大したものじゃない。


 そう思い込んでいた。


 今回の件は私の慢心が招いた結果だ。

 この失態は、()()


 負の感情に呑まれ、魔人の力がより強大に、強靭になっていく。

 これを抑え続けることは不可能だ。いずれ限界がくる。


 だが、それまでには……。


 それまでには、全ての決着を着けなければならないだろう。


 しかし、ひとまず今は目の前の問題からだ。


 このアナスタシアの事件はユリウスに報告する事はできない。

 謎の人物に侵入され、アナスタシアが殺された事にしなければならないだろう。


「ふむ……」


 罪を着せる相手はもちろん考えてある。


 ルベリオ王国だ。



 パンデミックにより崩壊寸前のルベリオ王国。

 その崩壊を止めるどころか、パンデミックを利用して滅ぼす事を計画したアナスタシア。


 ここまでは事実だ。

 ルベリオに命を狙われていてもおかしくはない。



「おや、これはこれは。見てはいけないものを見てしまいましたかな?」


 背後から男の声がした。

 足音はしなかったが、その気配には気づいていた。


「……オズワルド。久しぶりだな」


「ええ。再びお会いでき、光栄の至りでございます」


 クリスタの兄、ヴォルコフ家の次期当主であるオズワルドが紳士的な装いで大仰な礼をした。


「すまないが、お前たちが頼っていたアナスタシアは見ての通り私が消した。敵対するなら相手になってやってもいいが、死ぬからやめた方がいい」


 オズワルド含め、ヴォルコフ家はソロンではなくアナスタシアの言葉に従っているようだった。

 アナスタシアを殺した私と敵対する可能性が僅かにあるが、私の予想ではそれはあり得ない。


 こいつらは狂信者だ。


「……フハハハハハ!!!!」


 ()のな。


「使徒様の望みが私達の望み。アナスタシア妃も使徒様の手によって直々に天に召された。本望だったことでしょう……あぁ、羨まシイ!!!!!」


 突如大声を出された。

 びっくりするのと、気持ちが悪いからやめてほしい。


「では早速だが頼みたい事がある。アナスタシアを殺した相手はルベリオの工作員の仕業にしろ。何人か殺しても構わん。確実にユリウスを騙せ」


「初めて命令してくださいましたね。貴女様の望むがままに応えてみせましょう、このオズワルドがね」


 ご機嫌にそう言ってパチッとウインクをしてきた。 

 陽気過ぎだろう。


 まぁ、いい。


 私がやれと言えばやる。

 それがオズワルドだ。


 その信仰は間違いなくブレないだろう。

 こやつの期待にも応えてやらねばならない。


「私は宰相に会ってくるが同行は不要だ。あと、余っているなら人を寄越せ」


「ふむ……お望みであればいくらでも用意しますが、何用でしょう?」



 決まっている。



「聖女の顔をぶん殴る。聖王国までの道を切り開け」



 オズワルドは貴族の礼をとり、更に大きな笑みを顔に貼り付けた。



「仰せのままに」




 ◇◇




 この国、アストリア王国では国家を動かす文官達の最高責任者として宰相がいる。


 名をセオドア・グランヴィル。


 グランヴィル公爵家の先代当主であり、ユリウスの古くからの片腕である辣腕家だ。

 十五年ほど前にこれまた若き優秀な息子が家を継いでからは宰相を専任している。


 アナスタシアの立場が大きくならなかったのはセオドアの影響があると考えていいだろう。


 ヤツは国家の秩序を保つ事に執心している。

 王妃の序列などにはとても厳しかっただろう。


 それに遠慮が無く、無礼で口の悪い皮肉屋だ。


「フン、アストリア家の麒麟児であられる姫様が暇を持て余して私の執務室に遊びに来るとは、アストリア家も随分と余裕がおありのようですな。陛下には優秀な息子達がいて羨ましい事この上ない」


 こんな風にな。

 ちなみに私の方に顔を向けていない。

 何らかの書類を書いているし、忙しそうだ。


 なんとも無礼だが優秀な男だ。

 ユリウスには必要な人材だろう。


「ハハッ、()()()ときたかセオドアよ。たしかに我が父ユリウスは今ミネルヴァと昼間から懇ろな関係になっているようだし、余裕があるのかもしれん。セオドア、お前も片腕としてユリウスを慰めてやったらどうだ?」


 そう言うとセオドアは虫の交尾を見たようなしかめっ面で顔をあげる。



「……全く、とんだじゃじゃ馬娘だ。陛下は子育ての才能に恵まれているようで安心できますな」


 それは本当にそう思うよ。

 だがな、本当に遊びにわざわざ来たんじゃないんだ。



「確かに。おかげさまでエヴァンを殺す奴に目星もついた」



 そう言った途端、今までの皮肉屋な顔から無表情になった。


 ……感情の無い瞳。冷静にこちらの思惑を探ろうとしている。


 スイッチが切り替わったな。

 これがこやつの宰相たる所以だ。


「エヴァン王子を殺した犯人は確定していない。早とちりで名前を出すんじゃないぞ小娘」


 口調が変わったな。

 この荒々しさ、軍部の者でもない限り身につかない。


 この私に小娘と呼べる度胸があるのはこやつくらいなものだろう。


「たかが小娘でも察する事ができる程度の事だ。表沙汰にならん訳がないだろう。……いつまで愚か者を庇う気だ?」


「……」


 セオドアはソロンを庇っている節がある。


 ソロンにとって、アナスタシアとヴォルコフが敵に回るのは非常に怖いだろう。

 私という未知数なジョーカーもいる。


 味方を大事にしたいだろうから、セオドアの琴線に触れない立ち回りをしているはずだ。

 国家の秩序が保たれない程に劇的な変革をするには障害が多過ぎる。


 ソロンの目指す姿は未だに分からんが、聖王国と何か結託しているのは確かだ。


 だが、セオドアすら敵に回せばユリウスと本格的に敵対しかねない。

 ソロンにとってはセオドアが生命線だ。


 セオドアがソロンを庇う理由は分からんが、ソロンがセオドアを抱え込む理由は腐るほど思いつく。


「お前の好きな秩序が保たれた姿が、今か?」


 セオドアは苦虫を噛み潰したような表情を表に出す。


「セオドアよ、変わるなら今だ。今しかない。アストリア王国から聖王国の影を完全に潰す、ひと握りのチャンスだ」


 私を睨みつけ、口を開く。


「……何が言いたい」


「ソロンが殺したと認めろ。この国を生まれ変わらせるぞ」


「……ッバカなことを!」


 苦い顔は消え去り、驚愕に口を開ける。


「私は本気だ。間抜けにも聖王国の狗に成り下がった王太子など、精強なアストリア王国には不要!ここでアストリア王国を生まれ変わらせる必要がある。お前には生きてもらわねば困るんだよ、セオドア」


「…………」


 今私がソロンを殺してしまえばセオドアが敵に回る。ユリウスも私と宰相の間で揺れ動いてしまうだろう。

 そうなれば、殺すしかなくなる。


 もしくは、本格的に敵対した途端にソロンに殺される。


 セオドアには変わってもらわなければならない。

 新生アストリア王国でも必要な人材だ。


 セオドアは一呼吸し、整えられた口髭を揺らして答える。


「……ふぅ。随分唐突な話ですな。姫様は天才などと持て囃されていたのは記憶に新しいが、よもや天才だと口にした人間全員が馬鹿だったという事だとは恐れ入った」


「クハハッ。全員馬鹿と言うのはよせ。ユリウスも含まれてしまうぞ。それにな、人間は馬鹿ばかりだ。私も、あの愚か者もな」


「……本当に嫌になる」


 セオドアとしては認めたくなかっただろう。

 産まれた王太子がいつの間にか大きな宗教国家の手先になっているなど、気づかない事がおかしいんだ。


 だが…………私も気づかなかった。


 油断してはならんだろう。

 相手は手練、こちらは守る物がたくさんある。



「私は愚か者を一掃する。この汚れた手が更に汚れるくらいは構わん。だが、綺麗になったこの国を愚か者に任せるつもりもない。答えは急げ、ユリウスは待っているぞ」


 セオドアは歪めた顔を戻さず、手元の紙に視線を落とす。


「……私はユリウス陛下にこの国を正しく導いていただくために存在している。それには秩序が必要だ」


「あぁ、分かっている」


 分かってるよ、セオドア。

 お前は正しい。


「だが、秩序を乱しているのはソロン殿下なのか小娘なのか、まだ見極められておらん」


 そう、だな。

 私は怒りに任せ、自分の母の首を斬り落とす異常者だ。

 己を騎士だと謳いながらも、守りたい人を一人も守る事ができずに王として君臨していた愚か者だ。 


 私が平穏を齎している訳じゃあない。

 平穏に混ざった異物だ。


 だが、それでも。

 それでも、だ。



「ユリウスは私を信じた。私ではなく、ユリウスを信じろ」


 私が口角を上げてそう言うと、セオドアは珍しく笑った。



「先に言え、馬鹿者」



 全く口の悪い宰相だ。


 

 

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