第56話 告白
「ふふ……うふふ…………」
不気味に笑い出すアナスタシア。
なんだ、こやつは。
「私を殺すの?イザベラ」
「あぁ。残念だが、ユリウスとミネルヴァにこの国を託すとする。あの二人はお前とアルベールに比べたら馬鹿同然かもしれないが、民も馬鹿だ。きっと受け入れられる」
私は片手に剣を携え、厳かにそう言った。
「私の怒りを買った。お前達の敗因だ」
「……感情的なのね、意外と」
急に落ち着きを取り戻したアナスタシアは、妖艶に姿勢を崩す。
「……私が常に冷静だとでも思っていたか?昔から大人びていて、感情の起伏が無いポーカーフェイスだと勘違いしたか?」
私が感情的なのが意外だと?
「……ッ!」
思わず魔力が溢れ出てしまう。
魔王アーサーから授かった膨大な力をまだ上手く制御できていない。
「糞共が」
私は昔から感情に突き動かされているぞ。
近衛騎士になったのも、我が姫クロエを連れて逃避行した時も、クロエを殺された時も、転生した時も……。
エヴァンを殺された時もだ!
「馬鹿にするなよ、アナスタシア。人間は感情的であればあるほど人間らしいのだ。感情的になった時の愚かな判断こそが、人間たる所以だ!私はその愚かさを愛おしいと、そう思えるんだ!お前には理解のできない事だろう」
こやつを一度でも我が姫クロエの知能を凌駕していると思ったことが、今となっては恥ずべきことだ。
こんな馬鹿は見た事がない!
「お前は馬鹿だ。自分の賢さを過信し、私の怒りを買った」
「えぇそうみたいね。貴女は、頑張って人間らしく振舞っているのかと思っていたわ」
なんなのだ。
先程からのコイツの余裕。
「本当、意外だわ」
壁に向かって話している気分だ。
「……もういい。お前の首をもらうぞ。聖女に会う為の片道切符くらいの価値はありそうだ」
「ふふふ、魔王の力を手に入れて有頂天なのかしら」
あぁ?
「気持ちは分かるわ。私だってそうだったもの。手に入れた力は、誇示したがるわよね」
……なんだと?
お前に魔王の力の事は話していない。
王宮に着いて話したのはユリウスだけだ。
「……悪趣味な盗み聞きだな。だからどうした。まさか抵抗でもするつもりか、母上よ」
「うふふ、まさか。私は抵抗なんてしないわ。魔神の使徒の手で殺されるならそれもいいと思っただけよ、破壊の女神様……」
……!
魔神の使徒。
オズワルドが話したか?
それに。
「……賢しらぶるのはやめろ。私は女神でもなんでもない」
そう言うが、アナスタシアは艶めかしく笑うだけだ。
「うふふ……でも、セラフィエルとは敵対してる。そうでしょう?」
……その通りだ。
「何故敵対しているのか……。それを考えた時にふと思いついたことがあったのよ」
死を目前に先程まで慌てていた女が、まるで何も無かったかのように普通に話し出している。
何を考えている……?
「試しに貴女の感情を何度か揺さぶってみたわ。そうしたらいくつか分かった事があったの」
アナスタシアの笑みは耐えない。
何を言い出すんだこの女。
「その一つとして、婚約者をあてがったと嘘をついてみたわ。エイルの事だけれど、あれはあの時点では婚約していなかったのよ」
「……?」
なぜそんな無駄な事を?
そして、それが今と何の関係がある。
「うふふ、面白い。貴女、本当に女の子が好きなのね?」
「……あぁそうだが?」
ふざけているのか、この女。
怒りが沸騰しかけた時。
「それは、元々男の子だったからなのかしら?」
…………ッッ!!
思わず魔力が乱れた。
「うふふ、分かりやすいのね」
しまった、カマかけだ!
顔に出すな。
落ち着け。
「そんな訳が無いでしょう。貴女から産まれたアストリア家の長女ですよ」
私はそう弁明したが、全く私の言葉を聞いていないかのようにまた話し始めた。
「それとね、クリスタの監視。命令したのはソロンだと思っているでしょう?」
「何を……」
「あれは私よ」
バカな……。
「ティナへの手紙もソロンの名を使って私が送ったの。あの子はソロンの筆跡なんて知らないから、王族印を使えば全部信用してくれたわ。貴女もよく知らないだろうし、バレるとしたらアルベールだけ。でもあの子は私をとても信用しているようだから、簡単な仕事だったわ」
……あれはソロンだとばかり思っていた。
いや、待て。
それはおかしい。
「クリスタはソロンからの依頼を破棄すると言っていた」
ソロンが直接命じない限りそんな事にはならないだろう。
「まさかクリスタすら騙していたなどと言うつもりか?」
「そうよ?」
……ッ!
「あの馬鹿娘はオズワルド経由で監視を依頼したのよ。怖い兄上からソロンの名前が出たら必ず信じてしまうわよね。ふふふ、可愛いわ」
そうか。
自身が恐れる兄から命じられてしまえば疑いはするかもしれないが拒否はできない。
……何が目的なんだ。
ティナも、クリスタも、私すら騙して魔術の事を知ろうとしたのか?
「……なぜそんな事をした」
「貴女の感情を揺さぶるためと言ってるじゃない」
……なん、だと。
そんな事のために……。
「お陰で貴女の事を色々と知れたわ。やっぱり、貴女のソレは私の血じゃないわね」
……甘く見ていた。
思えば学園へ出発する時、アナスタシアは私に声をかけていた。
『それに、貴女の言う通りルベリオが少し動きを見せています。寮にこだわる必要はありませんからね。それに、もうメイドは居ませんからね。部屋の整理整頓は毎日やるように』
私は、王宮にいるアナスタシアが何かを引き起こすと思い込んだ。
事件は王宮で起きるものだと、思い込まされた!
「ふふ、魔法なんて使わなくても洗脳なんて簡単なのよ?要するに、思い込ませる事なんだから」
先程までの微笑んだ顔は無くなり、鋭い目つきへと変貌した。
「私が知りたいのは一つだけ」
あぁ、聞きたい事は分かっている。
ここまでされて黙っている事は失礼にあたるだろう。
巻き込まれた私の友のためにもな。
「……貴女、誰?」
ふぅ……。
分かった。
あぁ、分かったよ。
ここまで育ててくれた礼だ。
少しばかり自己紹介をしておこうか。
「……我が名はアーサー・アルバス・カストルム。今は亡きカストルム帝国最後の皇帝だ」
「……」
私に似た綺麗で大きな瞳が私を見つめている。
「セラフィエルとは数千年前に戦っていた。その時に、我が妻を殺されたんだ。そこから一方的に敵対していると言っていいだろう。なぜ蘇ったか、なぜこの身体で産まれたのかは分からん。純粋な貴様の血を感じられなかったのは、私の意思が強過ぎたせいだろう。悪かったな。アルベールにも謝っておこう」
「古代の皇帝……。そう、そうだった……のね」
伏せ目をした情けのない女が口を開いた。
「やっぱり、貴女の口調は元からだったのね。魔術は元の世界の技術?魔法が使えないのはそのせい……。いや、使わないのかしら?どちらでもいいけれど、あの魔力は前世から?だとしたら納得ね。だとしたらアルベールの狂信は……」
納得したように頷くアナスタシアは、独り言を呟いている。
「……最期に言い残す事はあるか?お前は私の身体の母親だ。多少の情はあるから聞いてやらんこともないが、私は聖女の顔も殴っておきたい気分なんだ。早くしてくれないか?」
私はこの国の平和のため、母親を殺そうとしている。
それは、怒りのまま振るわれる刃だろう。
だが、関係ない。
私の中にある激情の渦は、このまま我慢できるほど小さくは無い。
犠牲が無ければ……抑えられそうにないんだ。
魔神の魔力の影響だと分かっていても、世話になった兄を殺される事を見逃す事はできない。
怒りのまま刃を振るわせてくれよ。
私に、考える時間を与えないでくれ。
「そう……」
その吸い込まれるような瞳を閉じ、何かを想う。
一呼吸分の間を持ち、澄んだ声で話し出す。
「大きな謎も解けた訳だし、一つだけいいかしら」
「なんだ」
剣を振りかぶる私を見て妖しく笑うアナスタシアの口が動く。
「ソロンは洗脳されているわ。必ず殺しなさい」
…………。
「……そうか」
「うふふ、貴女も薄々分かってるんでしょう?ソロンの異常さに」
……認めたくはない。
私はそんな結末、望んでいないんだ。
「昔はああじゃなかったでしょう?十中八九、相手は聖王国よ。油断しない事ね」
……はっ。
「誰に物を言っている。助言は不要だ。アルベールのケツも叩いてやらんといかんしな。聖王国の一つや二つ、私の敵ではない。あまりなめるなよ」
死の間際だと言うのににっこりと微笑むアナスタシア。
引き際が良過ぎるな。
私の怒りを買った事が死に繋がると合理的に判断したのだろう。
逃れられぬ死。
ならば疑問を解消してから死ぬ事を望む、か。
なんともアナスタシアらしい死に際だと言えるだろう。
そんな事だから……。
殺したくもない我が母を殺してしまわないといけなくなるんだ。
「あぁ、最期に聞きたいことが増えたわ」
我が母は思い出したかのようにそう言い出す。
「なんだ、言ってみろ」
首を落とす直前の鋭刃にも臆せず、疑問を問いかける。
「セラフィエルには勝てそうなの?」
「当然だ」
彼女は、今まで見た中で一番の笑みを浮かべた。




