第55話 異物
イザベラ視点に戻ります
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悪女エイル。
ヴォルコフの小娘を排除。
どういう事だ。
意味が、分からない。
「……ルベリオを滅ぼすとは?」
「本当に聞いていないのですか?アルベールが黙っていたの……?」
アナスタシアは考え込むように顎に手をやった。
いや、そんな事よりもだ。
「ヴォルコフの小娘とは、クリスタの事ですか?」
アナスタシアは当然のように答える。
「えぇもちろん。当主にも許可をいただいてますよ。オズワルドがどう言うかは分かりませんが、所詮ソロンの回し者。ヴォルコフ家そのものがこちらについている以上、排除が妥当でしょう」
私の視界が真っ赤に染まる。
アナスタシアが言っている事は、王族としては正しいのだろう。
内乱の種を先んじて排除する。
つまり先手を打つ訳だ。
ルベリオを滅ぼすという事は、ルベリオの血族は反乱の原因になる。
禍根は絶たねばならない。
だがな、母上よ。
その二人は私の大事な大事な、前世ではついぞ手に入らなかった友達なのだ。
魔王アーサーにも教えてやった、自慢の友達なのだ。
頭が沸騰しそうだ。
怒りで思考が支配されていく。
冷静な部分では大音量で警鐘を鳴らしている。
このままではまずい。
私は極大の憤怒によって発狂し、全てを破壊し尽くしてしまうだろう。
「……何を怒っているのですか?」
細く尖ったアナスタシアの冷たい声が聞こえる。
落ち着け。
落ち着け!
まだ死んだと決まった訳ではない。
向こうにはサイを向かわせた。
戦略級の魔術師は、呼応術式を応用し逆算することで、特定の魔力波長を持つ人物の位置を把握する事が可能だ。
相当高いレベルの頭脳と術式理解が求められるが、サイはごく短時間で習得してみせた。
最短でエイルとティナを回収しているだろう。
私はクリスタを助けに向かわねばならない。
「おい、クリスタは何処だ」
少々口調が乱暴になってしまったが、まぁマシだろう。
まともに話せているだけでも冷静になった方だ。
「……?クリスタはソロンとアルベール両名の命令でエイルの捕縛、及び抹殺を依頼されていますよ」
という事は、クリスタもエイルとティナの元へ行っている可能性がある。
サイが間に合えば命の無事は保証されたようなものだ。
私の勘だが、間に合うかどうかはギリギリだろう。
「そうか」
私はぶっきらぼうに返事をした。
それにしても、この母親は私の感情を一つも理解していないな。
いや、私が怒っている事を分かってはいるし、怒りの感情についても知り尽くしているだろう。
だが、何故怒っているのかは分かっていない。
根本的な所で分かり合えていない。
「私が何故怒っているのか分からないって顔をしているな」
いつもの冷たい顔を強ばらせて、アナスタシアは頷く。
「えぇ。分からないわね。貴女にとって二人は邪魔だったはずよ」
ほらな。
二人が邪魔だとぬかしよる。
「学園内での報告も受けています。クリスタとはよく一緒に行動していたようだし、食事に誘うことでクリスタという監視役を、逆に縛り付ける発想は良くできていたと評価したいわ。エイルについては遠ざけていたわね。偽りの婚約者だと即見抜いてルベリオに情報を与えない姿勢も評価できる。私でもそうしていたでしょうね」
口調に素が出ているし、早口だ。
瞼はピクリと動きがあり、アナスタシアの心が揺らめいているのが分かる。
焦っているな?
なぜか私の評価ポイントを言い出す辺り、履き違えている。
悪いが、もう遅い。
もう遅いんだよ。
私の怒りは、私の悲しみは、とっくに戻れないところまできてしまっているんだ。
「アナスタシア、もういい。母親だからと、アルベールの為だと思ってお前の行動に目を瞑っていたが、やめだ」
私は立ち上がり、決意を言葉にする。
「お前は、もういらぬ。私の居場所はここには無いようだし、聖王国にでも顔を出してみようか。お前の首を土産にすれば連中もあの醜い顔に花を咲かせて喜ぶだろう。……アルベールも育て方を間違えてしまった。あやつには私自ら引導を渡してやる」
アナスタシアは驚愕の表情でこちらを穴が空くほど見ている。
その大きな美しい瞳は、それでも私の心を見ようとしていない。
「一度不浄の血を滅ぼす。ユリウスとミネルヴァがいればアストリアは再建は可能だ。あぁそうだ、サイに命じてルベリオも復活してもらおう。エイルが生きていれば、今後ルベリオが自立できる可能性もある。生きていなければ、私が統治してやってもいいな」
不浄の血。
すなわち、アナスタシアとアルベール、そしてソロン。
この三人は、今のアストリア王国を病める病巣だ。
今切除しなければ大変な事になる。
弟だからと、家族だからと甘い事を考えていた。
「い、イザベラ?ちょっと待って!貴女は私の希望なの。私の狭い世界を壊してくれる、破壊の女神なのよ。アルベールも言っていたわ。貴女ほど強い力を持つ存在はいない。貴女の邪魔をする人間を取り除きたかっただけなのよ、本当よ!」
邪魔をする人間だと?
「アナスタシア、愛を知っているか?」
「……えぇ、もちろん。平民は、その愛の為に命を投げ出す愚者が山ほどいると聞くけれど……まさか、貴女」
命を投げ出す愚者ときたか。
それも間違いではない。
愛の為に、愛するが為に命を賭ける勇者がいる。
だが、本質ではない。
「愛とは、能動的に与えるものだ」
命を投げ出す事が愛なのではない。
献身に尽くし、尊重し、見返りを求めない奉仕の精神なのだ。
「お前は愛を知らぬ。エヴァンが死んだ事で私が怒り狂っている事を知っていながら、もっと怒り狂っているかと思ったなどと言っていたな」
今更になって私の本気を感じたのか、アナスタシアは見た事が無いほど焦っている。
瞳孔は大きく開き、冷や汗は止まらず、脈も早いせいで呼吸が荒い。
「えぇ、言ったわよ。貴女が苦労して手に入れた魔術の発展に貢献する人物だもの。局地的な戦術で負けてしまえば……」
「そのような事で怒っていた訳ではない!この人でなしめが!」
人の心を知らない人間だ。
何をどうしたらこのような人間が生まれるのだ。
「家族だから!例え義理でも敬愛する兄上だから、死んだと知って悲しむのだ!」
私の想いは通じるのだろうか。
「王族の使命など忘れてしまうほど熱中してしまう性格を、それでも忘れられない父への尊敬の心を持ち合わせた立派な兄を愛していたのだ!愛ゆえに兄をどん底からすくい上げ、魔術を共に研究していたのだ!その兄が、身内であるソロンに殺されたから怒っていたのだッ!」
アナスタシアは目を見開き驚いている。
「そう……愛、ね。私には分からないわ。分からないのよ。そんなもの、知らないのよ。人でなしの私には、難しい事だわ」
胸を手を当てて深呼吸しながら小さく放った言葉。
彼女は、根っからの王族であり、支配者なのだ。
感情に左右されない冷酷な判断ができる。
小を切り捨てて大を救うような、そういった犠牲を許容する判断ができるように育てられた。
生まれた時から周りが敵だらけだったのだろう。
ルベリオへの憎悪からもそれを感じる。
「…………」
ふと思った。
アルベールにも、似たものを感じる時がよくあった。
ティナを切り殺そうとした時もそうだが、もっと決定的な出来事。
学園に襲撃した男たちを撃退した時だ。
あの時は、アルベールにとって初の対人戦闘だった。
それも、相手は武器を持っているし殺意もある。
本気で殺しにかかってくる相手に対し、アルベールはあっという間に三人を無力化した。
三人を殺してみせた。
いくら私が育てたと言ってもそこまでじゃない。
そもそも、私が教えたのは戦闘技能だ。
殺人の心構えなど教えてない。
つまりあれは、先天性のもの。
私のスパルタが拍車をかけたかもしれない。
だが、あれはアストリア家、アナスタシアの血が為す行動だ。
私にその性格が受け継がれていないのは、過去の記憶とアーサーという人格があるからだ。
同じ双子で同じ母親でも、思想や行動がまるきり異なるのはそのせいだ。
私はアナスタシアを理解する事ができないが、アルベールは恐らく理解できるのだろう。
同様に、アナスタシアもアルベールも、私のことを理解できない奇妙な生物だと思っているのではないだろうか。
女神だとかなんとか言っている事からも分かる。
「……やはり、私の居場所はここではなかったな」
「そうみたいね」
私は、アストリア家に産まれるべきではなかった。
アルベールを育てていたつもりだったが、違った。
あヤツは私の弟ではなく、アナスタシアの息子なのだ。
私が、この家を濁した。
私が、異物だったのだ。
あぁ、どうすればいいクロエよ。
この後悔を。
この憤怒を。
この絶望を。
どうにかなってしまいそうだ……。




