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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
55/60

第54話 逆転

 

 一体……何者なの?


 赤肌の鬼は、二メートルを超える背丈で筋骨隆々。見ただけで圧倒的な体格差だと分かる。

 その目つきは鋭く、人を殺せそうなほどの眼光でアルベールを睨んでいる。


 腰に大きな鉈を下げているが、今のところ無手だ。


 ただ、その余りある膂力で殴られただけでも簡単に人が死ぬかもしれない。


「おい、へなちょこ男。お前はカスで弱そうだから言っておくが、簡単に死ぬなよ。興醒めだからな」


 その鬼はアルベールに対してとても挑発的だ。

 確かに体格もいいし大きな鉈も持ってる。強そうには見えるけど、相対するアルベールも体格差だけではどうにもならない力を持ってる。


 簡単に勝てる相手じゃない、とは思うけど。


「君は……何なのかな?その魔力、尋常じゃないね。それに僕がカスで弱そうだって?そんなことを言われたのは実に久しぶりだよ。姉さんに付きっきりで鍛えられた時以来だ。……非常に不愉快だよ全く」


 とても警戒している様子のアルベールが正直に内心を吐露する。


 でも。


「あァ?へなちょこが一丁前に長々と話しかけるんじゃねえ。いいからかかってこい」


 一蹴されてしまった。

 アルベールも剣を握る力が強まる。


「……"魔刃"」


 クリスタも視認できなかった程の斬撃。

 途轍もなく丁寧な術式が用いられている。


 アルベールのその知能から繰り出される実戦的で異常な剣術だけど……。



「嘘でしょ……」



 刃先は鬼の指で摘まれて止められている。



「はァ?そんなもんか?……アイツと似た魔力だったが、期待し過ぎたか」


 少し驚いた様子のアルベールだったが、すぐさま正気に戻り返す刀で次から次へと技を繰り出す。


「"風刃"」


「"雷切"」


「"絶刀"」


 幾つもの剣戟が鬼に迫るも、深い血のような色の鬼面はそれを素手で正面から受け止め、弾き返している。


「……軽い。お前の攻撃は全て軽い。覚悟の無いぬるい剣だ。それがオレに届くことは無い」


「くっ……。何だ、何が起きている……?」


 圧倒的な実力差。

 数瞬の攻防だけで身体能力だけではない力の差が垣間見えてしまった。


 そして、アルベールは剣を縦にして独特な構えになる。



「"果てなき水淵、水天雀々"」



 濁流のような激しい魔力で特定の身体部位を強化することで異常な速度を出す、とても高度な技だ。

 イザベラが教えている所を以前見た事がある。


 私では到底再現できないほど緻密な術式が組まれている。


 しかし……。


 私では見切ることのできない速度で放たれた超高速の突きは、鬼の人差し指の腹で受け止められた。


「……おいおい」


 アルベールも思わず苦笑いで理不尽な力の差を嘆く。


「フむ、これはもはや必要ないな」


 鬼は剣を振り払ってアルベールから奪うと、目に見えない速度で投げ捨てた。


「さァ、どうする?」


 鬼が挑発的な笑みを浮かべた。

 無手になったアルベールだけど、戦意はまだ残ってる。



「……極怒鎚(フューリー)



 これまた凄まじい程の魔力が込められて放たれた拳だ。

 地面が揺れて、山を殴ったような破壊音が鳴り響く。


 私とエイルが受けたあの最初の攻撃、それをより強大に、より凶悪にしたものだ。

 あれをされたら初めから二人とも即死だったように思う。


 アルベール自身の身体もミシリと嫌な音が鳴ったけど……。



「「……は?」」



 アルベールも私も、目を点にして間抜けな声を出した。


 それもそのはず、赤い鬼はそのまま生身の腹で受け止めたんだから。



「フむ。腰の入った良い拳だが、残念ながらオレには豆粒もいい所だ」


「……冗談でしょ」


 私なのかアルベールなのか分からないけど、そんな言葉が口から出た。

 力の差が圧倒的過ぎて、笑いしか出てこない。



 この鬼は、なんなのだろうか。



 もしかして魔王……?

 いや違う。魔王にしては魔人を連れていない。


 途轍もなく強力な魔物?

 それにしては理性的過ぎる。そもそも、言葉を話し、手加減をしてくれる魔物なんて聞いた事ない。


 じゃあ、未知の怪物?

 ……その可能性が一番高そうなのは思考放棄かしら。



 ていうか、よく思い出したらあの鬼。


 イザベラって言ってなかった?



 ……言ってたわよね?



『オレの活躍をちゃんとイザベラに伝えろよ。あいつは怒らせたら怖そうだ』



 あぁ。

 言ってるわね、これ。


 登場の衝撃であまり言葉を認識していなかったけれど、明らかに私の友達であるイザベラを知っている口ぶりだ。


 怒らせたらこの鬼ですら怖がるなんて、私の知るイザベラしか考えられない。


 アルベールはこの鬼に対しては恐怖心などないし、未だ勝ち筋を探している。

 そんなアルベールでも、イザベラには恐怖を抱く。


 私の友達って、やっぱりとんでもないわね。



 戦いの決着が着きそうな頃、鬼が口を開いた。


「オレの鉈を使うまでもない。お前の底は知れた。鍛え直せ、小童」



 そう言った赤い鬼は、ゆっくりとした動作でデコピンをアルベールに当てる。


 その全ての動作を見つめたままだったアルベールは、大きい中指で額を弾かれた。



「ッッ!!!!」



 瞬時に防御術式をいくつも展開したアルベールが、その尽くを破壊されて吹き飛んでいってしまった。



「ハッハッハ!貧弱な防護術式だが、吹き飛んでいく速度だけは中々じゃないか。見直したぞ小僧。生きてたらまた合間見えよう」


 赤い鬼は、笑顔で豪快にそう言い放った。


「…………」


 私は開いた口が塞がらなかった。

 あのアルベール(悪魔の子)を圧倒的と言うのも烏滸がましい程の力の差で蹂躙した鬼。

 衝撃的過ぎて、忘れられなさそうだわ。


 それに、イザベラに怒られると言っていた事から一応味方だとは思うけど、どういう関係……?


 とりあえず、アルベールを退けてくれたおかげで命拾いした。お礼を言わないと。


「あ、あの。ありがとう。私はティナ。あなた、お名前は?」


 そう言ったが、この魔物らしき生物に名前はあるのだろうかと考えてしまった。


「む?……俺はサイだ。おい小娘、お前はイザベラの仲間で合っているな?もう一人のエイルとやらはどこだ」


 ……そうだ!エイルは私を庇ったせいで重傷だったんだ!


「いけない!」


 急ぎエイルの元へ駆け寄る。

 未だ全身に痛みが走るが、それすらも忘れて駆け寄った。


 血の気の失せた顔色。

 流れ続ける血。

 おかしな方向へ折れ曲がった腕。


 死んでないわよね……?

 お願い。お願いよ。


「おい、コイツか?……死んだか?」


 なんてことを言うのこの鬼!


「サイ、お願いよ。助けて」


「ハァ……全く。人間は脆過ぎる。あの山ザルを参考にして鍛え上げろ」


 そんな事をブツブツ言いながらも何かしらの詠唱をする鬼。


 や、山ザル……?

 まさかイザベラの事じゃないでしょうね?


 しばらくすると、エイルが光に包まれた。


「……これは?」


「回帰魔法だ。こやつの身体の時間を戻してやった。オレには器用に回復させるような魔法なんざ使えん。こやつの時間を戻す事で無理やり治ったことにする。とりあえず死にはしないが、本来使えん術を使った。大きな代償を貰わねばならん」


 回帰……魔法?

 対象の時間を戻すなんて、途轍もなく高レベルな魔法なんじゃ?


 それに、()()


 こんな神のような力の代償に何を求められるのかあまり考えたくは無い。

 私達は助かったと思ったけど、まだ危機は去ってはいない。


「代償って……。エイルからは取らないであげて。大切なイザベラの婚約者なのよ」


「……あァ?」


 顔を歪ませて私を睨む鬼。

 正直、目を合わせただけで身体が震えてくる。


 何か機嫌を損ねるような事をしたら即座に殺されるのではないかという恐怖が私を支配する。

 代償として私を求められても、拒絶する事は叶わない。


 この鬼は、それが容易く行える暴力を持ってる。


「……ガハハ!あいつ女の婚約者がいるのかァ?相変わらず面白いヤツだ」


 どうやら睨んでた訳ではなく、驚いてこっちを見ただけだったみたい。


 ……い、生きた心地がしなかったわ。


「あァ、勘違いするな。代償はきちんと貰う、イザベラからな。お前たち程度が何千といようが簡単に払える程安い代償ではない」


「……えっ」


 い、イザベラから代償を!?


「な、何を要求するつもり!?イザベラに何かしたらただじゃおかないわよ!」


 ついいきり立ってしまった。

 イザベラが払う代償は、人一人を死の淵から蘇らせた時間回帰の魔法の代償だ。


 生易しいものじゃないことは容易に想像できる。


「なんだお前は。……イザベラからは魔力をもらう。この代償はそれだけでいい」


「へ?それだけでいいの?」


 もっと身体の一部とか女としての尊厳を寄越せとかそんな事を言ってくると思ったのだけれど。


「あいつの魔力は俺からしたら極上の食事だ。たかが魔法一発使っただけでそれを貰えるなんてな、ガハハ。気分が良くなるというものよ。それに、重過ぎる代償をヤツが払ってくれるとは思えねェな。抵抗されたら今度こそ滅ぼされる」


 ま、魔力……?


 それに()()()()()って……。



 この鬼ですらイザベラに敵わないというの?

 あの子は一体……。



 なんだか分からないけれど、ひとまず危険は無いようで良かったわ。



 あ、安心したら意識が……。



 私は簡単に意識を手放した。


 



 

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