第53話 神性
イザベラが神様……?
「アルベール、ついに狂ったわね」
私がなんとも言えない感情に襲われる中、アルベールは弁明する。
「いやいや、本当さ。まあ正確に言えば、本物の神様の御使いって所かもしれないけれど、少なくともニセモノじゃない。本当の神の存在に一番近いはずだよ。僕の予想になってしまうけれどね」
類稀なる知能が行き過ぎて姉を信奉する程になってしまうなんて、アルベールはやはり頭が悪いんじゃないかしら……。
「……」
私が黙っていると、アルベールは真剣な顔で話を続けた。
「そうだなぁ……。うん、もうすぐ死ぬ君にだから言うけれどね。姉さんは、転生しているんだよ。前世の記憶を保持したまま転生している。これは間違いない」
……え?
衝撃的な話が続いてしまって思考がまとまらない。
現状を打破する戦略なんて、考えられないほどに。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。イザベラに前世の記憶があるって……」
「姉さんに確認はしてない。向こうから話さないって事は黙っていたいんだろう。複雑な内心や葛藤があるはずだから僕は聞かない」
アルベールは本気だ。
いつもの貼り付けた笑みじゃない。
もうすぐ死ぬ人間に対し、饒舌になってる。
「けれど、けれどね。姉さんに前世の記憶があるのは確定だ。そして、セラフィエルと敵対している様子もある。じゃあ、なんで転生してあそこまで徹底的に力を付けてセラフィエルと敵対しているのか?」
敵対……確かにそうかもしれない。
私が光神教について話す時や学んでいる時、いつもイラつきや怒りを抑えたような表情や言葉選びだった。
「なぜだか分かるかい?」
言われなければ気づかない、些細な違和感だったけれど。
イザベラがセラフィエル様と敵対する理由……。
「……別の神の派閥だから?」
「いいね、おそらくその通りだよティナ」
そうであれば説明がつく。
あのイザベラの異常な力も、別の神様から賜ったと考えてもいいのかもしれない。
ただ、別の神様なんて事を言い出したらなんでもその神様のせいにできてしまう。
「まぁ、正直言って敵対の理由は重要じゃないんだ。問題は、転生だ」
「転生……?」
記憶を持ったまま転生するなんておとぎ話でも聞いてるかのよう。
イザベラがその通りだったとして、問題は何か。
「……その転生が、別の派閥の神の意思ってこと?」
そう言うと、アルベールは目を見開いて驚きを顕にした。
「さすがだよティナ。その結論に至るのが素晴らしく早いね」
出来のいい生徒を褒めるように拍手で讃えられた。
人殺しに褒められても嬉しくはないわよ。
「まさにその通り、姉さんを転生させた存在がいる。姉さんを転生させたのがセラフィエルじゃないとしたら、別の神が居るとしか思えないんだよ。それが、姉さんを神様だと言った理由さ。僕らですら名も知らない神の意思のもと、現人神として現世に降臨している存在なんだ。僕の姉は、余りにも偉大過ぎる」
……悔しいけれど、確かにそうなのかもしれない。
私でも感じられるほどに、イザベラは以前から妙な言動が多かった。
同い年なのにやけに大人っぽいし、喋り方も変だし。めちゃくちゃ強いと思ったら魔法に関しては何にも知らないし。
光神教について何も知らないくせに、セラフィエル様については詳しくて、女神だと断言していたり……。
あぁ、そうか。
忘れかけていたけれど。
『あの女』
入学試験の時、イザベラは怒りの形相でセラフィエル様の事を『あの女』と言っていた。
女神であると信じていた私は視野が狭くなっていて、思わず女神説を力説してしまったけれど。
セラフィエル様は、そもそも性別の概念が無いとされている。
イザベラがセラフィエル様と敵対しているなら、本当に女神だと知っている可能性がある。
そもそもイザベラは光神教徒じゃない。
なら、女神であると確信したような言い方には違和感がある。
「……少なくとも、イザベラはセラフィエル様を女神だと確信しているわ。それは……イザベラ自身が神様の御使いだからなのかもしれないと。そう、思ってしまったわ」
アルベールの話には納得せざるを得ない事が多い。
そう言うと、アルベールは当然だと言わんばかりに頷く。
「もちろん、そうだ。その発言を引き出したティナには感謝している。あのおかげで僕は姉さんが記憶を保持したまま転生していると確信したんだからね」
アルベールがなぜここまで狂信的なのか。
今まではよく分からなかったけど、理由の一端が垣間見えた。
つまり、イザベラに神性を感じていたんだ。
彼はそれこそ生まれた時からずっとイザベラと共に成長して、イザベラの影響だけを受けて生きてきたんだ。
イザベラにその自覚が無くても、強い神性はそれだけで嵐のように環境を変え、人を巻き込み、そして人を歪ませてしまうのだろうなと、そう思った。
「さて、殺される理由も分かったかな。君たちは姉さんの神性を濁すんだ。いない方が姉さんはより神として力を増す事だろう。あんなに大きな力を持つ存在が人間としての枠に収まるなんて、不敬が過ぎるよ。僕はそれを許せそうにないんだ」
そういう、事ね。
彼の正義はイザベラの神性を保ち、守ること。
私達は、知らずの内に彼の正義を汚していた。
「こうして言葉にする事で僕の目的がより明確になった気がするよ。ありがとう、ティナ」
そう言うと、アルベールは再び剣を握り魔力を込めた。
あぁ、最悪だ。結局何も出来なかった。
……全身に走る痛みと、今まで語られた真実で思考が乱された。
この中じゃ呼応術式も組み上げられない。
イザベラは来ない。
クリスタは死んだ。
エイルも重体。
アルベールは私の息の根を止めようと抜き身の剣をぶら下げて近づいてくる。
逃れられない死が、地獄の底の死神が招待している。
絶望が思考を支配する。
足の先から冷えるような感覚。
『恐怖』
嫌だ、いやだ、イヤだ!
「ティナ、この世界では君は必要無かったみたいだ。姉さんのように転生できる事を祈っておくよ。それじゃあ…………ッッッ!!!!!」
アルベールが死の祝詞を唱え、剣を構えた刹那。
その身体は硬直した。
直後、その視線は私ではなく横を向く。
目は大きく開き、驚きの表情が顔中を襲っているみたいだ。
慌てた様子で剣を構え直し、全く別の方向に身体を向けて警戒を顕にしたアルベール。
その頬には大粒の冷や汗が垂れている。
い、一体何が……?
私もその方向に顔を向けると……。
「ふむ。聞いていた特徴に一致する女子をもう見つけてしまったな。片方は軽傷、もう片方は死にかけ。近くには剣を構える男。オレの助けが必要そうに見える。おい、死にかけの小娘。オレの活躍をちゃんとイザベラに伝えろよ。あいつは怒らせたら怖そうだ」
真っ赤な大きい鬼が、人の言葉を話しながら歩いていた。




