第52話 冷酷
ティナ視点に移ります
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『魔怒鎚』
アレが放った一撃は強烈過ぎる。
私はかつてイザベラに横腹を殴られたけど、それとは比較にならない一撃だった。
まるで巨大なモンスターに殴り飛ばされたような衝撃。
実際、無理をして大幅に強化されたエイルを私ごと軽く吹き飛ばした。
正直、何が起きたのかも分からなかった。
エイルは瞬時に私を庇ったけど……。
逆でしょ、普通。
足手まといの私を庇ってどうすんのよ、バカ。
婚約者とよく似て本当にお人好しなんだから。
「はぁ。弱いね、ホント」
意識が遠くなる中、アルベールのそんな声が聞こえた。
イザベラとは似ても似つかない性格に育ったアルベール。何をどうしたらこんな怪物が産まれるのよ。
イザベラもたまに暴走していたアルベールに対して甘いところがあった。暴力で止めてはいたけど、心根は改善してない。
アルベールは狂気的なまでにイザベラに固執している。私たちみたいなのがイザベラの周りをウロウロしてるのがどうしても許せないのね。
無能な人間がイザベラの足を引っ張るのが嫌いなんだ。
でも、イザベラの感情についてはとっても無頓着ね。
自分で言うのもなんだけど、イザベラのお気に入りのつもりだったけど……。
アルベールはとても知能が高い。
学園でもその知能を遺憾無く発揮して先生すら驚かせていた。
そのアルベールが、なんでイザベラの感情を理解できないのよ。
どんな完璧超人だって、一人じゃ生きていけない。
イザベラを孤独になんてさせられないのよ。
思考を止めずにいたが、それでも薄れる意識。
エイルは直接打撃を受けて大きなダメージを負ったみたい。
エイルの腹部は大きく陥没し、口からは血が垂れている。多分、内蔵が潰れてる。
喀血している。早く処置をしないと間に合わない。
でも、私も身体が動かない……。
どうやっても意識が遠のく。
ダメ、意識を失っちゃダメ。
こんなの許されない。
クリスタがようやく本当の事を話してくれたの。
やっと友達になれそうだったの。
動け、動け!
動け!
『"魔刃"』
そんな私の願い虚しく、クリスタの手足はアルベールの手によって簡単に切り落とされた。
クリスタは確かにイザベラを裏切ったけれど、事情があったはずよ。
クリスタは与えられた仕事と心の間で葛藤していた。だから私たちの説得に耳を貸してた。
アルベールは、冷酷過ぎる。残酷過ぎる。
容赦が、無さ過ぎる!
「そうそう、感謝を忘れてたよ。君の裏切りのおかげで姉さんはまた孤独になった。ありがとう」
あぁ、ダメ。
やめて、やめて。
零れる涙はアルベールを止めてはくれない。
どれほど願ったってあの悪魔は止まらない。
その死神のような刃は、確実にクリスタの首筋を狙って振り降ろされる。
クリスタの、あの端正で綺麗な顔が……。
首から離れ、血が吹き出した。
「あああああああああああああああ!!!!!!!」
本当に殺した!
クリスタが死んだ!
アルベールが、殺した!!
「うん?あぁ、まだ死んでなかったんだね」
私の叫びによって生きている事に気づかれてしまったが、もはやそんな事を気にしていられない。
なぜ、なぜ、なぜ!
あんなに慕っている姉の友達を簡単に殺すなんて信じられない!!
切り落としたクリスタの首を蹴り飛ばし、こちらに近寄ってくるアルベール。
その光景は悲惨に尽きる。
「この……人殺し。この状況を、イザベラが見たら…………。なんて、言うかしらね……」
絞り出した怨嗟の声は微かに震えてしまった。
恐ろしい。
こんな化け物がどうして……。
イザベラは、どうして気づかないの。
アルベールは、なぜ気づかれないの。
おかしいじゃない、理不尽じゃない。
イザベラの近くで役に立とうとしただけでこんな仕打ちをされるなんて!
「はは、心配無いさ。仲良くしてるように見えてたかもしれないけれど、姉さんはアストリア家なんだよ」
笑顔を浮かべているアルベール。
アストリア家だから、何だって言うのよ。
「あのアストリア家長女である姉さんが、一度裏切った小娘を野放しにする訳ないだろう?全く、頭の悪い人は都合のいい事しか考えないんだから困るね。君達はルベリオで魔人に無惨に殺されたんだよ。僕が殺す訳無いじゃないか」
その綺麗な顔で薄ら笑いをしながら抜き身の刃を煌めかせている。
そう、そうだったのね。
イザベラは、以前から私たちを見捨てていたのね。
……本当に?
あの甘ちゃんのイザベラが、そんな冷酷な事をする?
私は、そうは思わない。
これはアルベールの独断だ。
『心配ない』ってアルベールは言ってた。
つまり、事後承諾。
イザベラの許可を取って殺しに来てるわけじゃない。
アルベールの中でだけ、私たちはここで魔人に殺される予定なんだ。
「姉さんは魔人を恨んでいる様子だし、酷く警戒してた。君たちを殺し尽くす魔人がルベリオに現れてもおかしくないからね。いっそのこと僕が始末をつける事にしたよ」
アルベールは悪だ。
冷酷で残忍で非情だ。
イザベラを孤独にするため、独り占めにするためなら何でもする最悪の殺人鬼。
人間のクズよ。
生まれつきの高い知能という才能はあっても、知性の欠片も無い最悪の人間。
これが、イザベラの双子……?
「エイルはほっといたら死にそうだなぁ。ティナ、知ってるかい?エイルは女なんだってさ。母さんが教えてくれたよ。ルベリオを破壊するために、あえて姉さんの婚約者にしたんだろうね。つまり、ルベリオ王国が姉さんを騙そうとしたんだ。エイルはそれに加担してる。そのクズがいる限り、姉さんを騙し続けてることになるんだ。ほら、王族を騙したんだから死罪が順当でしょ?今までのうのうと生きてたのがおかしいくらいだよ」
違う、違う!
全て間違っている。
騙しているのはエイルじゃない!
ルベリオだ。
それに、エイルに赦しを与えたのはイザベラだ。
イザベラはエイルが女の子だって知ってる。知った上で婚約者を続けてるんだよ。
「視野の狭い……男ね」
ホント、狭過ぎる。
「あはっ。視野は確かに狭いかもね。僕の世界には姉さんしかいないんだ」
そう誇らしげに言う顔には、少しも後悔や人間的な感情が見えない。
演じている訳じゃない、完全なる悪。
「貴方は……悪よ。光のイザベラとは……正反対、ね。双子なのに」
なるべく憎らしいように放った私の言葉は、アルベールには一つも刺さらない。
貼り付けたような笑みが変わることは無かった。
「あはは、ティナ。この世に悪とか善とか、そういうのは何にも無いんだよ。僕には今のこの行為が正義であるとしか思えないんだ。結局、善悪なんてものは主観でしかない。戦争で勝った国が歴史を作るんだよ。虐殺をしようが何をしようが、勝った者が善で正義だ。負けた者は敗者としての責任を取らなければならない」
「……」
何も言えなかった。
少なからず、共感する事があったからだ。
私はソロン様からの手紙を返した。あの行為は正義だと信じて疑わなかったが、イザベラにとっては裏切り行為で、間違いなく悪だった訳なのだから。
善悪は、主観でしかない。
アルベールには、今この状況が正義だとしか思えない事があるんだ。
私たちの命を捨ててでもやらねばならない事がある。
でも、私は死にたくない。
「どれだけ考えても君には分からない感覚だろう。僕の全てを、全ての行動を委ねられる大いなる存在を身近に感じるというのがどういう事なのか……さ」
……?
大いなる存在?
イザベラが、大いなる存在?
本当に、まるで神様みたいに言うのね。
「少し話をしてあげようか。ティナ、神の存在を信じるかい?」
「……えぇ。一応は光神教徒だから」
なに、急に。
アルベールが神様だとかそんな事を言うなんて未だかつて無かった。
いや、この時間を有効に使おう。
現状を打破する方法を見つけるんだ。
「はは、光神教徒なのは知ってるけどね。この世界には神様が本当にいるんだよ。もちろん見た事は無いし気配を感じた事も無いけどさ。居ることは間違いない。しかもそれは君たち光神教徒が崇めてるセラフィエルなんてニセモノじゃない」
……え?
セラフィエル様が、偽物?
イザベラがセラフィエル様を少し警戒しているのはなんとなく分かってる。
別の意味で存在を信じているんだと思ってるけど、ニセモノだなんて明言した事なんてなかった。
それに、セラフィエル様がニセモノなら……。
「じゃあ、本物の神様はなんだって言うの?」
「それは勿論、姉さんだよ」
私は口を開けて呆れた。




