第51話 衝撃
我が偉大なる父上は愛する妻の元へ駆け出していった。
よかった、私もアレの首根っこを摘んで場内を引き摺り回すなんて真似はしたくなかったからな。
もしそんな事をしてしまえば国王の威厳は台無しだ。城内での私は奇異の目線で見られるし、ユリウスからも恨まれてしまうだろう。
まあそこはさすが私の信じた賢王といったところか。
「さて……何から手をつけようか」
そう、話は何も進んでいない。
ソロンが殺したとして、動機は何だ?
エヴァンはお世辞にも有能な人間とは言えなかった。
ソロンが光ならばエヴァンは影。
大きな光の前に立っては影に隠れてしまう、そんな人物だった。
私が敵に回る可能性があるリスクを負ってまで殺すような人間じゃない。
考えられる理由は何だ?
エヴァンは魔術という不可解な概念を研究していた。
魔法に依存した光神教徒であるソロンが魔術を毛嫌いするであろう事は容易に想像がつく。
ソロンもティナに直接手紙を送る程興味津々だった程だ。
ただ、それだけか?
この黒死病が世界中で蔓延し、そこら中に迫り寄る死がある最中に魔術の研究に莫大な資産を投じるエヴァンは国の金食い虫だ。
国としてもそのような"異端"に夢中になる王族は害悪だと斬り捨てる事もできる……か?
更にエヴァンは私の為に動いている節もあった。
ソロンからすれば敵のために異端である魔術の研究を続けるエヴァンの姿は異様に映るだろう。
エヴァンは私の技術的支柱だ。
私の魔術を進歩させる役割として申し分無かったが、それ故に殺害されたとも考えられるが……。
いずれにせよエヴァンよ、お前が父上に認められたいと思いながら努力している姿を、ユリウスは見ていたぞ。
それ故に、あそこまで悲嘆していたのだ。
ユリウスは後悔していた。
エヴァンともっと触れ合い、認め合い、寄り添い合えばよかったと。
言葉にはせずとも、その背中が、その空気が、その表情が物語っている。
だがな、私は違うぞ。
私はユリウスほど優しくは無い。
今にもこの身が爆発しそうな程に怒りが込み上げてくる。
冷静に立ち回っているつもりだが、腹の中でヤツが暴れている。
抑えなければヤツに、セラフィエルに気取られる。
抑えろ、抑えろ、抑えろ……。
目の前がチカチカと光るようだ。
怒りの感情を抑える事が、ここまで苦痛だとは思わなんだ。
ソロン、ソロン、あぁソロンよ!
お前は一線を超えた!
愛を喪う愚か者!
愛を知らぬ呆気者!
人の生は愛によるのだ。
愛があって人は育み、成長するのだ。
荒れ狂う心と魔力を落ち着ける為、外に飛び出した。
執務室から廊下に出た私は窓の外を見やる。
山々の奥で遠くに映るは光神教の総本山、聖王国。
ミスティテラ神聖王国……。
ソロンが光神教に傾倒し始めてからアストリア王国内はおかしくなってきた。
なぜソロンは光神教徒になったんだ?
ヤツは賢いし腕も立つ。
自立可能な超優秀な兵士でもある訳だ。
そんな奴が本気で宗教に傾倒するか……?
エヴァンが、王族が死んだのだ。
手段を選んでいる場合ではない。
直接ソロンの元へ殴り込んでやろう。
……まさかとは思うが。
ソロンの奴、洗脳されてたりしないだろうな……?
◇◇
心を落ち着かせた後は正気に戻った。
ひとまずはソロン本人ではなく身近な人の話を聞こうと思い、久しぶりに母アナスタシアの元へ向かった。
こちらの考えを全て見通している気がしてあまり得意じゃない母親だが、いくつもの仮面を持つと言う点で言えば王族にぴったりだ。
被った仮面の枚数順で王妃が決まっているんじゃないだろうな?
女官の案内にしたがって母の部屋の元にたどり着く。
二回ノックをすると。
「どうぞ」
中から声がする。
「失礼します」
「……あら?」
少し驚いた様子のアナスタシアがこちらを見ていた。
「お久しぶりです、母様」
「ええ、大きくなったわね。学園入学以来でしょうから、四年は経ちましたか?」
相変わらずの丁寧な語り口だ。
腹の底では暗闇が蠢いているだろう。
「はい。母様は相変わらずのようで安心しました」
「ふふ、そうでしょう。貴女より先にアルベールにも会いましたが、あの子もアストリア家の男子として立派に成長してくれていました。イザベラのお陰と言ってもいいのかもしれまさんね」
随分とご機嫌だ。
どう考えてもご機嫌になるようなタイミングではないだろうに。
アナスタシアもエヴァンが死んだ事は知っているだろう。
それにユリウスが失意にあったことも知っているはずだ。
アナスタシアは優しい仮面の下に激情家の顔がある。
その更に下には、冷徹な支配者を思わせる顔もある。
そんな母が、知らないわけが無い。
「今日ここに来たのは無駄話をする為ではありません」
「エヴァンの件でしょう?貴女はもっと怒り狂ってしまうのかとも思いましたが、案外冷静ですね」
……やはり知っていた。
もちろん私は怒り狂っている。
その怒りに身を任せてしまえば、内なる魔神が目を覚ましてしまう。
既に負の感情にあてられて力の底上げが止まらないんだ。
「冷静に保っているだけですよ。……何か知っていることはありますか?」
「何も」
嘘だ。
知らない事など無いくせに。
「なぜそんなにご機嫌なのですか?」
「それは喜ばしいからよ」
……は?
エヴァンが、私が慕う兄が死んで喜ばしいだと?
「何を言っている!」
怒りを滲ませて私はそう言うと、飄々としたように母は答えた。
「だって、完璧なソロンが初めて打った下手な手よ。これを利用しなさい、イザベラ」
私は冷静さを失っていることをようやく自覚した。
敬愛する兄を喪って感情的になっていた。
冷たい水をかけられた気分だ。
先にこちらへ来ていてよかった。
「……ありがとうございます。おかげで冷静になれました」
「貴女は賢いけれど、その考え無しな行動は解せませんね。もっと周りを見渡しなさい。貴女は嵐。動けば他の者も皆巻き込まれるし、大きな事も起こす。それが良い事か悪い事を別として」
その通りだ。
人間を超越した力を持つ者が無闇矢鱈に動けばそれこそ嵐だ。
「やはり私には頭脳労働は向いていません」
苦笑いしながらそう言うと。
「お馬鹿ですね。向いていなくても動かさなきゃいけない事は腐るほどあります」
そりゃそうだ。
この歳になってまで母に怒られてしまった。
やはり、母親というのはいくつになっても逆らえんな。
「ひとまず、冷静になったその頭でできる事をなさい。ルベリオに関しては感謝しているから、その分私も協力しますよ」
ん?
ルベリオ……?
「母様、私はルベリオ王国に関与していませんが何かありましたか?」
そう言うと、アナスタシアは当然とばかりに言い放った。
「あぁ、そういえば貴女はいませんでしたね。ルベリオは滅ぼす事にしました。男に偽装していた悪女エイルと、ついでに貴女にくっついていた邪魔なヴォルコフの監視役である小娘も同時に排除するようアルベールに命じましたよ。あの子なら完遂してくれるでしょう」
は……?




