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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
王宮動乱編
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第49話 帰還

 

 私はすでにセラフィエルについての思考を止め、王宮へ向かって走り出していた。今世界で何がどうなっているのか一刻も早く知りたい。


 疫病がどこまで蔓延しているのか私はまだ確かな事が何も分からない。

 あの地獄のような光景が国中で広がっているなど考えたくないが……現実から目を背けてはいけないのだろうな。


 道中でセラフィエルについてあれこれ考えたが、結局は私の推測に過ぎない。


 今目の前の危機を乗り越えることを考えねばならないだろう。


 それに、『()()


 今の聖王国にも存在している聖女は一体何をしているんだ。

 まさかこの世界の危機に際し遊び呆けている訳でもあるまい。国が潰れ、パンデミックの最中聖女の回復魔法は世界に通ずるはずだ。


 聖王国に多額の寄付をしている国は数知れず存在する。それはアストリア王国もそうだ。


 この世界の危機に回復魔法の使い手を多数抱えている聖王国が沈黙を貫くのであれば、それは世界を救う気が無いという事になる。


 もしそんなナメた真似をしてくれるのであれば、私も対応を考えざるを得ないだろう。



 だが、魔王アーサーが疫病に倒れたのは、感染したからではない。ペナルティとしてセラフィエルが付与した呪いだからだ。


 この疫病は、ただの余波だ。


 それほど強い呪いを、魔王アーサーは気の遠くなるほど長い年月をかけて一人で抑え込んでいながら魔族を殺し尽くしていた。



 さすがは私。



 もう一人の私よ、クロエと共にあらん事を。





 ◇◇





 久しぶりに王都に帰還した私が目にしたのは、賑やかな街並みだった。


 心底安心した。アストリア王国は死んでいない。


 守るべき国が活力ある姿を見せてくれるだけで、とても安心出来る。

 だが、その中身はいつ崩れてもおかしくない状況だろう。刻一刻と滅びが近付いてきている。


 ひとまず王宮に戻ろう。

 懐かしい顔を見に行かねばな。


 特にエヴァンだ。

 次兄であるエヴァンは私が教えた魔術の虜になっている。今頃新しい魔術をいくつか開発していてもおかしくはない。


 ふふ、魔王アーサーから引き継がれた魔王の力を見せたら、あの研究バカはひっくり返ってしまうに違いない。



 王城の門にたどり着いた私は複数いる門番に話しかけた。


「アストリア家長女のイザベラだ。ただいま帰った。父にお目通りがしたいから通してもらうぞ」


「!? はっ!ただちに!」


 大層驚いた様子の彼らが急いで門を開けた。

 久しぶりの実家だ。


 王城へ進む道中には大きな庭園がある。

 意外と思うなかれ、第一王妃のミネルヴァの趣味だ。


 キツい眼光にキツい性格、キツい言動と揃い踏みだが、趣味は可愛らしい。

 これは素晴らしいものだ。会うのが少し楽しみな程にな。


 ここ数日は色々あり過ぎた。

 ゆっくり美人と茶でも飲もうか。


 早速登城した私は、エヴァンを探す事を忘れて癒しを求めに美人を追いかけ回しに後宮へ向かおうとする。



「い、イザベラ様……!?帰ってこられましたか!?」


 途中で会ったメイドにも大層驚かれた。


 なんなんだ一体。

 私がなにかしたか?


 せいぜいこの世のものとは思えない程の強大な力を持つ鬼と喧嘩した後、魔王に引導を渡した程度だ。


「あぁ、今戻った。……まずは父上に事の顛末を報告したい。どこにいるか分かるか?」


 くそう。ミネルヴァに会いたいなどとメイドに言えるものか。


 さらば私のティータイム。

 今度改めての逢瀬としよう。


 まぁ……ミネルヴァは嫌な顔をしそうだが、それもまた一興だ。

 受けて立とうではないか。


「……はっ。陛下はおそらく執務室かと。同行いたします」


「感謝するが、同行はいらん。仕事に励め」


「はっ」


 妙にかしこまったメイドだな。

 私が王族だからだろうか。


 城のメイドは大抵が貴族の令嬢だ。

 伯爵以下の更に次女以下はこぞって王城勤務を求めがちだ。


 そこまで明るい職場ではないはずだが、王城務めに大きなメリットがあるのだろうか。

 ソロンかアルベールのお手つきでももらえば儲けもの、という事か?


 色々考えられそうだが、私は考えるのをやめた。


 無駄な思考だ。

 今の私はどうやってミネルヴァをお茶に誘うかしか考えていない。

 父上を巻き込めばあるいは……。


 そうこうしている内に父ユリウスの執務室にたどり着いた。


 雑なノックをすると、中から懐かしい声が聞こえた。


「入れ」


「失礼します」


 転生してから早十五年。

 父ユリウスは少し老けたようだ。


 だが、皺の入り方は国王として年季の入った渋い面と言えなくもない。


 威厳のある顔立ちだ。

 アルベールには表現できないだろうな。


「イザベラ……帰ってきたか」


 我が父は大きく目を開き、希望を持つような表情を顕にした。


 希望……?


「はい。ただいま帰還しました。色々報告したい事がありますが……何かありましたか?」


 少しユリウスの雰囲気がおかしい。

 娘の前で威厳を保つ事を欠かさなかったユリウスが、私の顔を見て明らかに安心した。


 しかし、見える表情は安心だけではない。


 私と会った事で不安も生じた。

 複雑な心を抱えているな。


「あぁ……うむ。先に報告を聞こうか。この数日行方不明だったお前が何を成し遂げたのか聞きたい気分だ。イザベラ、期待している」


 その言葉を聞いた私は、一瞬硬直した。


 

 ()()()()()()



 私は、今までそんな事言われた記憶が無い。


 アストリア王国の国王であるユリウスは厳格だ。

 王たらんとするため、私生活でも甘えを許さない。


 一人娘である私にでさえ、厳しい態度を崩さなかった。


 内心では好感情を抱えていても、表には出すまいとしていた。

 ユリウスにはあるべき王の姿があり、それを演じている。


 そのユリウスが、私に期待していると明言した。



 ……それはなぜだ。



 ユリウスでは解決できない問題が起きたか……?

 王都は無事なように見えたが、別の問題が発生したのかもしれない。


 それはユリウスを疲れさせる程の事で、私に対して期待してしまう程解決が難しい事件だ。

 パンデミックに関する内容であれば初めからそう言っているだろう。

 私も関与する事で、報告も円滑になるからだ。


 ユリウスは先に報告を欲しがった。


 逆に言えば、先に私に報告をさせたいのだ。


 先に事件の内容を言ってしまうと、私の報告が滞る可能性がある程の重大な問題だ。




 ……とても嫌な予感がする。




「……では、まずは学園内で起きたことから説明します」



 事情を聞きたい気持ちを抑え、私は学園で魔人と接触してから今までの事を話した。




 ◇◇




「なるほどな」


 納得したように頷いたユリウス。


 話せる事は全て話した。

 ただし、魔王の正体がアーサーだったことは話していない。

 これを説明する為には、私が転生している事まで話さなければならないからだ。


 それと、サイと戦った事は報告したが、味方に加えた事も報告していない。

 魔物という先入観からサイの知能に疑いがかかるのは少々都合が悪い。


 私がいくら説明した所で、人間を超える知性の持ち主である鬼が味方になったと理解してもらう事は難しいだろう。


「お前は魔人の存在をどこで知ったのだ」


 おっと、痛いところを突かれたな。

 だが言い訳は考えてある。


「学園の書物に描かれていました」


 これを証明するのは難しいだろう。学園の書庫には何万冊という本が収められている。

 その中から魔人の記述を見つけるのは多大な労力を使う。

 パンデミックの中でそんな事をする意味が無い。


 故に、この言い訳は通じる。


 だが、疑いは残る。


「……そうか。イザベラよ、お前がこの感染症と共に発生した脅威を単独で退けた功績は余りにも偉大で英雄的だ。大々的に発表したい所だが……少々対処が早過ぎだ。その魔王とやらの脅威を誰も感じていない。これは大きな問題だ」


 あぁ、確かに。

 魔人の存在発覚から魔王討伐までが早過ぎて、各国が脅威だと感じていない訳か。


 偉大な功績だが、誰もそれを功績だと思えない。


「別に……私にしかできない事を、やるべき事を実行したまでです。功績欲しさの行動ではありませんので、私を祭り上げる必要はありませんよ」


 これは本当だ。

 現時点で私以外に魔王討伐が可能な人間がいるとは思えない。


 それに、魔王の正体は私だった。

 私以外に討伐されたら困る。



 魔王アーサーの打倒は、私の使命だったのだ。



「お前のその謙虚さは美徳だが、国としてはそうはいかないだろう。功績を欲しがっている人間がいることまで気づくべきだったな。私は聖王国に強気に出る機会を一つ失ったぞ」



 えっ?



 ……あぁ!しまった!

 ユリウスは私の功績をもって聖王国に助けを求めるつもりだったのだ!



「い、いやその、魔王による死者がほとんど出なかった事に対しての功績は確かなものかと!世界中に散らばったであろう魔人に関する対応策を一番先に提示したのも私ですよ!それに魔王の力を引き継ぎましたし、この力を誇示すれば聖王国ごとき敵ではありません!」


「ハッハッハ!イザベラよ、滅多な事を言うものではない。お前からすれば国という単位は小さいものかもしれないが、聖王国はお前が思うよりこの世界に必要とされてしまっているのだ。気に入らないからと攻撃し、略奪していいものではないぞ」


 慌てて早口で捲し立ててしまった私を大きな度量で諌めてくれた。

 歳上の私よりもしっかりしているな……。


 素晴らしい国王であり、尊敬すべき父上だろう。



「そうか、偉業を成し遂げてきおったか……」



 少し表情に影が落ちる。


 なんだ、まただ。

 我が父上には珍しく、えらく弱気だな。



「先程から勿体ぶられていますが、王宮で何があったのですか?気になって仕方がないのですが……」



 ユリウスに催促した私だが、直後に後悔する事になる。



「あぁ、実はな……」



 複雑な表情だ。

 厳格なユリウスには見られなかった顔。


 初めて見る偉大な父の落ち込んでいる姿から放たれた言葉は、それすらも霞む程の衝撃を私に与えた。





「エヴァンが、死んだ」






 

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