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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
魔王編
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第43話 クリスタ

 

 私は、ヴォルコフ家の直系の娘として生まれた。

 あまり覚えてないが、私の母親はとても穏やかな人だったようだ。


 穏やかな人に育てられた私は、穏やかに生きる人生が待っていた筈だった。



 でも、そうはならなかった。



 ヴォルコフ家は王家を影から守る存在。表向きは王都の騎士団の人事を担っているが、実際はその騎士団の中にいる他国スパイや犯罪者などを炙り出す機能がある。

 また、隠密に長けたスキルの持ち主や情報収集に都合のいい人材がヴォルコフに流れてくる。


 そんな中、ヴォルコフ家の直系なんていうのは子供でも幼少期から過酷な訓練を受けさせられる。

 死ぬ子もいたらしい。訓練で死ぬなら本番では味方の足を引っ張って死ぬだろうからと放っておかれた。



 私は吐き気がした。



 耐え難い苦痛の中、過酷な訓練に耐え、ヴォルコフ家直系の娘として実力をつけた私にあてがわれた最初の任務は、近くの集落に現れた野党の討伐命令だ。


 十人以上の厳つい男達の中を一人で泳ぐように斬り殺していった。

 泳いでいたのは、血の海だ。

 まだあの時の血の匂いが取れていない気がする。



 その後、学園の入学が決まった。

 学園に通う事でヴォルコフ家に連なる分家の者と接触し、学園の情報を入手しなければならない。


 学園でしかできない仕事を頼まれるだろうから。


 そして予測通り、学園での任務を言い渡された。


 でも、依頼人は予想外も予想外。

 王家の王太子殿下であるソロン様直々の特殊な任務が私宛に知らされた。

 内容は、ソロン様の妹であるイザベラの監視と学園生活での詳細な報告の任務だ。


 監視の目的は知らされていない。ヴォルコフ家は依頼通り遂行するのみ。

 私はイザベラと友達になるよう努めた。



 イザベラはとても賢いし、強い。

 実技の授業で見たイザベラの行動。

 ここまで鍛えてきた私でも絶対に勝てないと思わせる剣技と魔力コントロールだ。


 あの傑物であるソロン様が直接私に依頼をしてくる程の何かが彼女にあるのだろう。


 日々報告書を記入していたが、内容に困ることは無かった。



 そして、イザベラの話は面白い。

 退屈な学園の講義よりも数倍為になる。これは知識としての学習だけでなく、彼女の人間としての自己統制が経験のないほど高いレベルで行われていた。

 達観した人生観や、独特の価値観など、飽きる事も尽きる事もない話題を提供してくれていた。


 『クリスタ、聞いてくれ。同居人から教えてもらったんだが、聖書には面白い事がいくつか書いてあるんだ』


 『【魔法を切り売りする者は徳がある。しかし、魔法を切り売りする事には罰がある】この文節はどういった意味だと思う?解釈は異なるだろうが、私は人の為にすべき事はやり遂げろというメッセージに思える』


 『戦士は人の為に魔法を切り売りするが、愚か者は魔法を使うこと自体に意味を見出すものだ。魔法の使い方に気をつけろ、という事でもあるだろう。聖書とは存外、読み手に考えさせる良いものだな。クリスタはどう感じる?お前の話を聞かせてくれ』 


 私に意見など無い。

 意見を考えるよう教育された事が無いからだ。

 私は与えられた役割をこなすだけ。任務に関係の無い事には関心がない。

 今まで、そう思っていた。


 でも、それでも。

 イザベラの話は聞いていたい。


 私は聖書なんて読んだことも触れた事も無いが、イザベラの楽しげな顔につられて、私も本当に学園生になったような気分でいた。



 それに、頭を撫でてくれた。



 人生で初めて優しく触れられた頭は、音を立てずに絆されていった。



 そんな時、ソロン様から追加のご指示がきた。



 『イザベラの内なる力の存在を調査せよ』



 内なる力……?

 イザベラは確かに強い。けれど、内なる力なんて曖昧なものに関係しているとは思えない。私の観察眼を持ってしても見抜けてはいない。



 それでも、依頼されたからにはヴォルコフ家としては受けねばならない。



 愚かな私は、言われるがまま調査をしてしまった。




 分家筋にあたる家々の中で特殊な方面に魔法の造詣が深いもの達がいる。

 その家の内、魔力感知に優れたもの達がいる。私はヴォルコフ家直系の娘だ。命令一つで人材を動かす事など容易い。


 手紙一つでイルシアという魔力過敏性質を持つ特殊な体質に生まれた人材を送り込んでくれた。

 内なる力とやらがどんなものなのか分からないが、私程度では見抜けない何かがあるかと思い、単純に魔力に敏感な者を寄越した。


「お呼ばれし参上仕りました。イルシアです」


「うん、よろしくね。イルシア、お前はイザベラの魔力のことだけ考えればいいよ。大事な事があれば即報告!分かった?」


「……はっ」


 無機質な顔。

 光の消えた瞳。

 特徴のない体つき。


 (……訓練で壊されちゃったのかな。ここまで表情が無いとその筋の人間だって分かられちゃうから使い勝手悪いんだよね。多分暇を見つけたヴォルコフの男のお人形にもされちゃってるだろうし。壊れた人形で遊ぶのは悪趣味だと私も思うけれど、欲望っていうのは留まることを知らないからね。まぁ、今回はヴォルコフ家だと名乗らせるからいいけど。弱いからそうなるんだよ。自分の運命を呪いな)


 そう思った私はイルシアをそのまま使う事にした。




 大事になるとは露とも思わず。




 イルシアとかいう女にヴォルコフ家を名乗らせ、私から注意を逸らして隠れ蓑にもする一石三鳥の策だ。

 そう思い、早速イザベラと顔を会わせてみた。イザベラはやはり門前払いして私との食事を優先させた。


 表向きは派閥や部活動の勧誘だと思われるようにセリフを考えたのは私だ。

 案の定、イザベラはそうだと思い込んだようで、私の言葉に従って食事の席まで一緒に付いてきてくれた。



『ベラちゃんも、イルシアさんも、尊敬できる所があるよ!』


 確かそんな事を言った記憶がある。

 その後、イザベラはとても優しい表情で私の頭を撫でた。



 私は……この温もりが怖かった。

 イザベラは、本当の親友のように優しく仲良くしてくれて、本当の母のように様々な事を教えてくれて、本当の父のように叱ってくれて、本当の姉のように撫でてくれる。



 王家の任務など、忘れてしまいたかった。



 そう思ってしまう事で、ヴォルコフ家として生きる事ができなくなるのが怖かった。

 幼少期からの努力の全てが否定されるようで、とても怖かった。


 過酷な訓練に耐え抜き、お父様からの厳しいと言ったらぬるい言い方になってしまう程の叱責を受け、ここまでヴォルコフ家として鍛え抜いた私。


 そんなヴォルコフ家としての私を根底から破壊してしまう存在がイザベラだ。



 ベラ……。私はどうしたら……。



 そして、イルシアからの衝撃の報告を受けることになる。



 『異端の力も感じました』


 『恐らく魔神の力であると』 



 私は発狂した。



 気づけばイルシアの顔面を蹴り上げ、拳を突き立てていた。 


「この愚図ッ!大事な事は即報告しろと言っただろクソ女!死ね!死ね!」


 魔神の力!異端の力!


 ソロン様は光神教徒だ。異端の力など認めない!


 ヴォルコフ家にも伝えられている魔神の力がイザベラの中にあるなどと知られたら、最悪の場合イザベラは神聖王国から正式に異端認定を受けて処刑されてしまうかもしれない。


 それが、イルシアに伝わってしまった!



 ソロン様にこれを報告しない訳にはいかない。これの報告義務を怠る事は許されない。



 私はヴォルコフ家全体の信用を失うか、初めてできた尊敬する人物の命とを天秤にかけられたのだ。



 イルシアを殺して口封じしても私のやった事だとすぐバレる。

 もしバレてしまえば、情報を隠した事など一瞬で看破されてしまうだろう。ヴォルコフ家が代々積み上げてきた物が一瞬で白紙になる。


 私にそこまでの覚悟は無かった。



 私は、唯一の友を喪ったのだ。




 もう壊れてしまった!




 元には戻れない。




 ……元に戻る?

 私は一体、何に期待していたのだろうか。



 答えはすぐには出なかった。


 

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