第42話 謀略のダンス
「……やっぱりクリスタちゃんなんだね。イザベラとの仲良しごっこは楽しかったかい?」
な、何で?どういう事?
クリスタってCクラスのイザベラの友達でしょ……?
「貴方の婚約者ごっこも見応えがありましたよ。イザベラと貴方だけが本気にしていましたけど。うん、そうですね!やっぱり謀略の中で踊るダンスは華やかさに欠けてましたよ」
「僕にはそこそこ華があると思ってたんだけど。自信無くしちゃうね全く……」
軽口の応酬に聞こえる。
聞こえるけど……。
本気だ。
この子、本気で私達と敵対してる。
エイルも初めて見る焦燥の顔をしてる。軽口の間、目はじっとクリスタを見て、ずっとこの拘束を解こうと抵抗してる。
確かにこの拘束魔法、尋常じゃない強度だ。
少なくとも学園に通う子女のレベルを大きく超えてる。
エイルをここまで焦らせる程の相手。
私が勝てる存在じゃない。
「クリスタさん、初めましてよね?私はティナ。イザベラのルームメイトよ」
会話を試みたおかげか、クリスタは冷たい眼差しをこちらに向けた。
「うん、知ってるよ。魔術を習ってる事も、イザベラの偽りの身分を用意した事も、ソロン様の罠に無様にかかって死にかけた事も、そのせいでイザベラに負い目を感じてここまで来てしまった事も、その負い目をアルベール様が利用した事も、全部ぜーんぶ知ってるよ。君には何も期待していない。君に聞きたい事も一つもない。だまっててくれないかな?」
「ッ!」
見た事もない程感情の無い目だ。
私の事が心底どうでもいいと思ってる。
怖い。
これ、私に何の価値も見出してない。
本当にエイルだけが目的なんだ。
経験したことの無い、得体の知れない恐怖が私の身を襲う。
「クリスタ。ティナちゃんの扱いには気をつけなよ。もし殺しでもしたら僕はどんな手段を使ってでも自殺するよ」
「……」
クリスタが初めてエイルを睨みつけた。
学校で見る姿と違い過ぎる。
それに、私は今エイルに守られたんだ。
クリスタがエイルの捕縛を命じられたって事は、死なせてはいけないんだ。エイルはルベリオ王国第一王妃の息子だ。その血筋はアストリア王国にとっても無視できるものじゃない。
また、守られた。
悔しい。
思わず歯を強く噛んでしまう。
「さて、僕たちを連れて行ってどうする気なんだい?」
「そんな事わざわざ話すつもりは無いよ」
クリスタは冷たく言い放つが。
「ふーん。何も知らされて無いんだね」
「……黙って」
これは……カマかけだ。
それでも、クリスタの反応で分かる事はある。
エイルは凄い。圧倒的な実力差がある相手に対して逆に情報を得ようと画策してる。
私も少し冷静になろう。
予想外の事が立て続けに起きて相手のペースに呑まれている。エイルはそのペースを崩そうと足掻いてるんだ。
「イザベラの婚約者だって聞いたのに、大した事ないね。こんなに簡単な任務だなんてガッカリ」
…………?
違和感があった。何だろう、この感じ。
「ご期待に沿えなくて申し訳ないね。僕が評価されているのは実は戦闘力じゃなくて、演技力なんだよ」
エイルは冷静に会話を続けている。話すことで打開策を閃こうとしてるんだ。
私も何かがひっかかってる。打開策になるか分からないけれど、さっきの言葉に違和感があった。
「ふーん。イザベラって簡単に騙せそうだしね。私の事も途中まで全然気づいてなかったし、気づいても放ったらかしてたし。貴方たちみたいなお馬鹿達も守らないといけないなんて、イザベラも苦労が多いね」
イザベラ。
クリスタはさっきからイザベラって言ってる。
アルベールは様を付けてたのに、イザベラは呼び捨て。
今のクリスタは何者かから、もしかしたらソロンとかから仕事を受けている。
だとしたらこの態度は仕事中のはず。
なのに、王族のイザベラを呼び捨てにしてる。
あぁ、分かっちゃったかも。
単純だった。
それさ、私も経験があるのよね。
「クリスタ」
「……」
チラリともこちらを見ないクリスタ。
でもね、そうはいかないわ。
「アンタ、イザベラの事本当に好きになっちゃったのね」
「ッッ!!!」
アハハ、図星だったみたい。思ったより可愛い反応するじゃない。
「そういう事か……。さすがはティナちゃんだね」
エイルからも褒められてしまった。
でも、あぁすごい。
クリスタから向けられる視線を見て、鬼の形相ってこういうんだなと、私はぼんやり思った。
謀略に踊らされているのは、どっちなんだろうね。
◇◇
僕は未だ王宮に閉じ込められている。
姉さんの居場所が分からないから手紙を送ることすらできないし、今のところ出来る事が無い。
せいぜい、母さんと雑談するくらいだ。
「母さん、姉さんは魔王討伐に向かったけど心配だねえ」
「あの子に心配など不要です。それに魔王とやらの戦力は分かりませんが、今目の前の滅びを見過ごしてまで対応する必要はないでしょう。あの子は優先順位を間違えましたね」
あはは。相変わらずとんでもない母親だ。
もう一つの災厄の対処へ向かった子供に言う言葉じゃないよ。
ほんと、相変わらず気に入らない。
「僕は母さんも心配だよ。あの病、まともじゃない。原因も不明だし、感染したら一発で死んじゃうよ。エヴァン兄さんなんてイチコロなんじゃない?」
「ええ。本当に恐ろしいですね。エヴァンは食事を大量に研究室に持ち込んでいるらしいですが……。アルベール、貴方も気をつけなさい。身体が大きくなっても私の子供という事は変わらないのだから」
はぁ。
「あはは、そうだね。ただ、大きくなったのは僕らだけじゃないんじゃない?」
「……?」
母さんは首を傾げてる。
お忘れのようだから教えてあげないと。
「"欲望"だよ。学園を襲撃させたのは母さんだよね?」
「…………」
母さんは変わらない表情でこちらを見てる。
姉さんはもうどうでもよくて忘れてるだろうけど、僕はずっと考えてたよ。
あの襲撃、母さんの指示だ。
戦力が低かったのは、相手するのが僕らだから簡単に倒せるようにしたんだ。
それに、禁書庫の開錠魔法が実際のものと異なるのは本当に開けられたら困るっていうのもあるけど、母さんがそもそも知らなかったからだ。
背景にルベリオ王国が関わっていると簡単に分かったのは、母さんの欲望によるものだ。
母さんの欲望。
それは、母さんの祖国であるルベリオ王国を潰すことだ。
その為にアストリア王国を利用しようとした。禁書庫に他国のスパイが侵入しようとしたんだ。国王である父ユリウスは敵対的感情を抱いたに違いない。
「だからさ。この疫病の蔓延、母さんはルベリオ王国を潰すのに丁度いいと思ってるんだよね?」
「…………」
氷点下にまで下がったアナスタシアの視線。
ひゅ〜怖い。キレた姉さんも怖いけど、母さんのキレ方も別の怖さがあるね。
「別に隠す事ないでしょ?そんなの随分前から気づいてるよ。姉さんは興味無さそうだったから気づいてないけどさ。それでも考えたら分かるんじゃないかな?母さん、ちょっと衰えたかい?」
「……はぁ。我が子に衰えたなどと言われるとは終ぞ思わなかったわね」
おや、心外だなぁ。
子供は成長するものなんだから気をつけないと。
大きくなったのは身体だけじゃないんだ。
魔力、膂力、戦闘力、権力、思考力、洞察力。
それと、忠誠心。
全てが昔の僕のままだと思われちゃ困るな。
「ルベリオくらい滅ぼしちゃおうよ。ぶっちゃけ僕にはどうでもいい事だし。それにさ、エイルにも更なる価値ができる。そうでしょ?」
ルベリオが滅んだら、残る王族の血はエイルだけになる。そして、エイルはルベリオ王国の情報収集からもうすぐ帰ってくる。
……そうなれば、ルベリオ王国の全てはアストリア王家の手中に収まる。ルベリオの全てはアストリア王国の物だ。
それに、母さんはルベリオ王国の土地や権力を欲してる訳じゃない。
ルベリオ王国そのものの滅亡を欲してるんだ。
ただ、エイルに死なれるとルベリオ王国跡地の統治が難しくなる。王家の血筋は一人くらい居た方がいいって事だろうか。
いや、エイルには他の役目があるのかもしれないな。
いやはや、本当に怖いお母様だね。
さすがは僕達の母親だよ。
「……そうですね。ソロンには申し訳ないけれど、ヴォルコフを動かしましょうか。ロゴスまで動かす必要はありません。未だ持て余してるオズワルドの不出来な妹を使いましょう。いくら愚かでもイザベラの婚約者を捕らえるくらいできるでしょう」
うん、そうだね。僕もそうした方がいいと思う。
姉さんには申し訳ないけど、偽の婚約者に裏切りの親友なんてどうでもいいでしょ。
そもそも、この時のために母さんはエイルを婚約者としてあてがったとしか思えないけど。
「うん。ソロン兄さんに話しておくよ。ヴォルコフの馬鹿娘には、そのまま疫病でももらって死んでくれた方がいいかもしれないね。僕達にはオズワルドだけいれば十分だよ。うん、そういう事にしよう」
無能な敵ならまだしも、無能な味方なんてものはさっさと殺してしまった方がいい。
あぁ、いやいや。疫病で死んでもらうんだった。
危ない危ない。
「そうですね。後腐れなくいきましょう。アルベール、始末は任せましたよ」
我らが母もご満悦の様子だ。
アレの名前は……クリスタとか言ったかな。
姉さんを裏切ってソロンについた愚か者。
姉さんを孤独にしてくれたおかげで僕の立場は確固たる物になった。随分と姉さんの信頼を勝ち取れたよ。
そこは感謝してる。本当だ。
そして、親友と婚約者を失った姉さんは更に孤独になる。
僕を疑いもしない姉さんには、僕しかいなくなるだろうね。
僕の世界には姉さんだけがいればいいし、姉さんの世界には僕がいればいい。
嗚呼、楽しみだよ。
姉さんを独り占めできるなんて、幼少期以来かもしれない。
だから、用済みだ。
裏切り娘を殺す時は、きちんとお礼を言ってあげないと。




