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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
魔王編
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第39話 サイ

 

 私はまだ森を駆け抜けている。

 自分の足だと遠いが、思ったよりは近い距離に魔王はいる。


 さすがに『夜伏』の最大出力は私の身体に大きな負担を与えている。あの衝撃から数時間経った今もまだ頭痛を感じている。

 おかげで魔王は見つかったが、コンディションが良いとは言えんな。


 やはりまたどこかで休息を取らねばならないか。



 ……?



 なんだ?

 急に森が静かになった。


 こういう場合は、大抵何かが起きている。



 例えば……強力な魔物の出現。



 僅かな気配を感じ、後ろを振り返る。



「……」



 二本の角を持つ、鬼だ。


 二メートルは超えているであろう身長に、強靭な肉体を持つグレートブルータルオーガと呼ばれる魔物だ。


 赤肌に盛り上がった筋肉質。片手に持った巨大な血錆の鉈は私の肉体など簡単に潰してしまうだろう。

 こちらを睨む視線は、それだけで人を殺してしまいそうなほど鋭利な三白眼だ。


 そして、こやつの強さの本質は肉体じゃない。


 その類稀なる知性だ。

 戦闘技能、視線の誘導、魔法軌道の予測など、見た目に反して頭を使った戦い方をすると言われている。



「……」


「…………」



 お互い視線を交わし、様子を伺う。


「人間、お前強いな」


 ……!

 しゃ、喋った!


「お前、話せるのか?」


「ここまで話せるのはオレだけだ。他の雑魚どもには無理だがな」


 グレートブルータルオーガは知性を持つが、人間の言葉を話す個体がいるとは思わなかった。 

 それに、こやつの肌は傷だらけだ。古傷だろうが、全身にくまなく切り傷が刻み込まれている。


 歴戦のオーガだ。厄介だな。


「人間、名はなんという」


 名前を聞かれた。

 魔物に名を聞かれることがあるとは思わなんだ。


「私の名はイザベラだ。お前に名はあるか?赤肌のオーガよ」


「オレの名はサイだ」


 魔物の名付けは特別だ。

 極端に強い個体や、異常に発達した器官を持つような、通常では有り得ない特徴を持つ魔物を識別するため、人間の中で魔物単体に名を付けることがある。


 それに、魔物の中で魔人や魔王に名付けをされる魔物も一定数存在する。

 何か特殊な匂いを感じたから名を聞いたが、やはり名前持ち(ネームド)だった。


「サイ、ね。何か謂れでも?」


「サイは、オレが今まで戦った中で最強の男の名だった」


 最強の男……?生憎だが聞いた事がないな。

 他国の人物だろうか。


 まぁ、こんな森の奥地まで立ち入る者など腕が立つに決まっている。


 それと、コイツはヤバい。とんでもなく特殊だ。

 ただでさえ赤肌のオーガは最強の魔物と議論される程だ。

 そんな魔物が豊富な戦闘経験を持ち、言葉を学び、自ら()()()をするなど聞いたことも無い。


 冗談じゃなく、かつての魔王ヴァルハザールと殴り合いの喧嘩ができる強さを持っているかもしれない。


 そして、そのサイとかいう男の名を名乗っているという事は、だ。


「オレは殺した相手の名を奪う。故にオレはサイ。次の名は、イザベラとやらにしておこうか」


「ぬかせ。お前にイザベラは似つかわしくない」


 大男の名には勿体ない綺麗な名前だ。


 名乗る事はこの私が許さん。



 強敵と戦う覚悟を決め、軽く息を吐いた瞬間。




 眼前まで鉈を振り下ろされていた。




「うぉお!」


 刹那で避けた私の横を、一瞬遅れて突風が巻き起こった。避けたそのままの動きでカウンターを狙ったが、難なく距離を離されてしまった。



 まさか。


 まさかまさか!



 こやつ、私の呼吸と瞬きの隙間を縫って攻撃してきよった!

 そんな事、人間でも不可能なテクニックだ。


 最強の魔物が持つ反射神経と動体視力。それを存分に使い、空気を掴んで戦闘に活かしている。


 ははは。

 凄いぞこいつ。


 サイは鋭い視線をより鋭敏にさせ驚きを口にした。


「……初太刀で仕留められなかったのは久しぶりだ」


 だろうな。こんなもの、普通の存在が避け切れる攻撃じゃない。

 恐らく、生まれ持った天才的な魔力の才があるんだ。その知能を使った努力もしているだろうが、無意識に発動している魔法の完成度が高過ぎる。


 極まった身体強化だ。それを元々持つ強靭な肉体が力の底上げをしている。


 だが、残念だったな。私には通用しない、


「サイ、お前が今まで戦った相手がたまたま雑魚だっただけだと教えてやろう。不運(グッドラック)はここで終いだ」


 身体強化を極めたのはお前だけじゃないぞ。私はまだ早くなる。


「"神域"」


 黒い魔力と私の魔力が混ざりつつある私の身体強化術式は、その威力を増している。

 もはや学園入学当時の私とは比べ物にならん強さだ。


「……!」


 サイ、反応が遅れてるぞ。

 すでにサイの懐に飛び込んだ私が顎目掛けてアッパーを繰り出す。


 サイはギリギリの所で後ろに仰け反り、そのまま後ろにジャンプした。


 それは悪手だ。


「"闇棘"」


 空振りした私の空いた左手から闇色の槍が三本放たれる。


 さあ、忙しくなってきたぞ?


 仰け反りながら放たれた槍に対応するには、手に持つ鉈で弾き飛ばすしかない。避けるには距離が近過ぎる。

 そして、大振りの鉈を振るのは大きな隙になる。


 その隙を逃す私じゃない。


 予測通り鉈で目一杯闇棘を振り払ったサイのガラ空きになった腹を魔力を集中させて思い切り殴った。


「ぬぅううううん!!」


 私の拳の直撃を受けたサイだったが、後ろに飛び退りながらもなんと同じ姿勢のまま耐えた。


 ……いや、強過ぎるだろう。私の本気の殴打に耐えうる肉体とは恐れ入った。

 今の私とサイの間に身体的な能力差はあまり無い。


 本当にヴァルハザールと殴り合いが出来る程の個体だ。


 魔力の扱いも繊細で細やかだ。動きに合わせて筋肉一つ一つにそれぞれ強化を施しているな。長期戦も想定して魔力を節約している。


 下手をすれば人間より余程知能が高いかもしれない。少なくとも魔力の扱いに関して、学園の中で勝てる者は居ない。


 驚きながらも思考をしていると、サイはその厳しい顔をより凶悪にして笑った。


 

「……ガハハハハ!!イザベラ、お前はオレと同じ異分子のようだな!まともじゃいられないだろう。オレ達の力は強過ぎるからな」



 あぁ?

 お前と同じだと?


「阿呆が。同じな訳がないだろう」


 何だ、白けてしまった。

 様子見をしてやろうとしたがヤメだ。


 見せてやろう。


 これが"力"というものだ。



「"常闇(とこやみ)"」



 瞬間、世界は黒く染まった。

 地平線まで続く闇の世界。呼吸や心臓の音すら聞こえない悠久の無。



「ッ!!」



 実に愚かだオーガよ。


 この力がお前と同じ異分子だと?



「笑わせる」



 実に面白い。



 サイと名乗るオーガはまだ混乱している。五感を全て奪われるというのは初めて味わう感覚だろう。


 初見で抵抗する事など不可能だ。



「"夜双樹"」



 初めてまともに使う術だが、大丈夫だろう。


 使い方は私の中の"ヤツ"が教えてくれる。


 私の目の前に強大な闇色の巨木が二本生えている。

 その天を貫く程の巨木がたった一匹の魔物を拘束するため、目に見えぬ速度でサイの四肢を枝が貫通した。


「グオオオオオオオ!!!」


 貫いた残りの大枝がサイの身体に巻きついている。

 これではいくらサイでも抜け出す事は不可能だろう。


 ……また新たな力に目覚めたな。強力な敵との戦闘で昂ってしまった。


「この力がお前と同等などとよく言えたな。」 



 サイは四肢から血を流しながら不敵に笑った。



「ガハハァ!ここまでの力とは恐れ入った!童女の姿をした化け物であったな。このオレをここまで容易く撃ち破るとは全く思っておらなかった!」


 随分元気だな。この夜双樹はただの木じゃあない。私と魔神の力が溶け合った神に近い魔力によって作り出された、クリフォトの樹だ。

 この樹は悪徳の象徴。貫かれ、拘束されているサイの体力は蝕まれ、クリフォトの力が内側からヤツを喰らっている。



 これで、格付けは済んだだろう。

 私は夜双樹を解除し、サイを解放した。


 サイは怪訝な顔でこちらを見やった。


「サイ、聞きたい事がある」


「ハッ!まぁ待て、もう少し続けよう。我が敵の全ては己の武力のみで勝とうと思ったが、それは驕りもいい所だったとお前のおかげで気付かされた。礼を言う」


 なんだ?

 気持ちのいい性格だな。


 だが、己の武力のみ?


「ここから始まるは鬼に連なる秘術なり。我が魂に刻まれた力の源流よ。喚起せよ、隆起せよ。静寂にあらずんば我が元へ」



 呪詛のように何かを唱えたサイの身体は爆発的な魔力の奔流に包まれた。



 これは、まさか…………()()か!



 凄まじい魔力の大波に周囲の木々は大きく揺らぶられた。巨大な台風の中にいると勘違いする程に空気が乱れている。

 肌を切り裂くほど暴力的な魔力がサイ目掛けて集まってきており、その力を吸収している。


 

 やがて魔力が収束し、あの極大の力が宿ったサイの姿が現れた。





殲滅赫鬼(フェニヒトトイフェル)


 

 

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