第4話 起床
起きろよ、アーサー
起きろ
起きるんだ
満足した死ではなかったはずだ
数多くの未練があったはずだ
忘れたのか、アーサー
「起きろ」
「!??!!!?!?」
急に引っ張られるように意識が浮上した。
なんだ、何が起こった。直前の記憶があまりない。
目の前は明るいがぼやけていて何も見えない。視力を失ったままなのか?
手足もよく動かせん。ぼやけた視界で複数の人が動いているのが分かる。
分かるが……。
「@&#〜〜@★●§▼」
な、何を言っているのか全くわからん。何がどうなって……。
私は激しく混乱した。
しばらくして気づいたが、私は赤子だった。豪華な服を着た人に抱き抱えられ、揺られている。
それに、女子だった。なぜだ……。
あぁ、我が姫クロエよ。すまぬ、女の身になった私も愛してくれるだろうか。
手足は短く、声も出せない。それに話している内容も分からん。女性にもなってしまっており、混乱の極地だったが冷静になれば色々分かることもある。
これは、生まれ変わったのだろうか。
輪廻転生という考え方があるのは知っている。人は皆、何かの生まれ変わりであると。
死んだ後は死後の世界があるだとか、何も無いだとか、前世の行いに応じて何かに生まれ変わるだとか。
死んだ後のことなどあまり考えていなかったから興味はなかったが、記憶を継承した生まれ変わりなど殊更聞いたこともない。
冷静になると同時に、死んだ時の記憶も思い出していた。
大量の銀鎧の女、巨大な斧槍で腹を貫かれるクロエ、切り裂かれるアルベール、金色鎧……セラフィエルとの戦い。
何を取っても衝撃的な出来事であった。早くそれについて詳しく調べたいが……今のこの世界が何年後なのか、もしくは何年前なのか、本当に私がいた世界なのかは幼子の私には調べる術が無い。
大人しく乳母のミルクを貰うことしかできない。
三十年以上王として君臨した私が今になっておしめを替えられるなど……屈辱だ。記憶が蘇るならもう少し成長してからにしてほしいものだ。
あぁ、便が出る……。
すまぬ、乳母たちよ。私は何もできないのだ。
やることが無いので、魔術の鍛錬をすることにした。今世でもあの黒い魔力を扱えるかどうかは分からないが、魔術への造詣が深ければ"アレ"も多少まともに制御できるようになるだろう。
それに、前世では剣に傾注していた。今世では魔術を極めるのも悪くない。ただ、剣が好きなことに変わりはない。今世では剣の達人に師事でもしてみようか。
そう思った時、もう一人大泣きする赤子を乳母が連れてきた。私の真横にだ。
大泣きだ。
うるさくてかなわん。
誰の子供だろうか。家同士の繋がりが深いと一緒に育てることがあるらしい。
私の隣に居るということはそういうことか……?
考えても分からんな。
私は魔力を練り、身体の魔力回路を循環させ魔力制御の基礎練習に励んだ。
それから三年が経過した。
言葉が少しずつ分かるようになってきた。私の名はイザベラというらしい。
私の時代においてイザベラとは「神に捧げられる者」という意味合いがある。私はセラフィエルに捧げられたわけか。洒落が効いているな。
……面白くは無いが。
「イザベラ様、本日もお可愛らしいですよ」
私の世話をしてくれているメイドの一人が毎日そんなことを言っている。名は知らぬ。教えてくれないし。
私は女になってしまったが、なかなか可愛らしい童女に変身していた。しなやかな金の糸を紡いだかのような金髪に、長く鋭利なまつ毛、丸みを帯びたあどけない頬。
こんなにも可愛らしいのだ。世の女性が自分を美しく着飾る理由をようやく理解した。あれは男性へのアピールではなく、美しい自分をより美しくするためのものなのだな……。
更に驚いたことに、今世でも私は王族らしい。
私の本名はイザベラ・ルシアン・アストリア。アストリア王家の長女だ。
兄は二人おり、二人の兄とは母親が違う。
長男のソロンとは少し話した。年齢が十二歳も離れた兄なのでどう思われているのか少し気になって部屋を抜け出し、話しかけたのだが。
「ソロン兄様……」
「あぁ〜!可愛いイザベラ!イザベラ可愛い!いや待て、俺の妹がこんな廊下に一人でいるなんて、護衛の騎士をなぜ付けていない!」
…………それは我が家が王城だからだろう。
「おい!そこのメイド、早く我が国の精鋭騎士を三十人ほど呼んでイザベラの護衛をさせるんだ!」
「兄様、おやめください!やめろ!誰か兄上をお止めしろ!」
「何をしている!メイドよ、走れ!」
本当に少しだけ話した。少しだけしか話したくなかった。
その後は白目を剥いてしまった気がする。あまり思い出したくない。
「ねえさま、ねえさま」
そうそう、私の隣で延々と泣いていたうるさい赤子は私の双子の弟だったらしい。
名はアルベール。奇しくも私の最初の息子であり、目の前で悲惨な末路を遂げたアルベールと同じ名だ。兄と比べて非常に可愛い。大人しく、実に素直で私を慕う。
アルベールという名は、私の時代においては古語で「高貴なる輝き」を意味していた。
あのセラフィエルに向かって「アバズレ」と叫んでいた高貴なる我が息子よ、私の双子はお前のようにはさせないぞ。
私に似て輝ける金髪に穏やかな双眸、優しげな表情、全てが可愛らしい男子だ。将来は世の貴婦人の視線を一つに集めることだろう。嫉妬の原罪を司ることは容易に想像できるな。
「ねえさま?」
おっといけない。ジッと見つめてしまった。
わざわざ私の部屋に来てくれた客人を持て成すべきだな。
「どうしたアルベールよ」
「その黒いのなぁに?」
……。
まさかとは思うが。
「……これの事か?」
私はほんの少しだけ、黒い魔力を出すことにした。
幼い私は魔術に大きな才があったようで、寝ながらでもできるカストルム近衛騎士団流魔力制御訓練を数年ひたすら続けただけであの強大な力の制御をある程度可能にしていた。
「それ、たまに見えるよ!姉さますごい」
見えちゃうのか……。
アルベールの才能に戦慄を覚える。私などよりもよほど強大な魔術師になるに違いない。
「アルベールよ、これの事はこの姉との秘密だ」
「ひみつ?」
「そうだ。内緒、というやつだ」
三歳児が約束を守れるだろうか。難しいだろうなぁ。
今から大人たちへの言い訳を考えておかねばなるまい。
「わかった!」
……分かっていないな。
全く。
……全くもって、我が息子アルベールにそっくりだ。
好奇心が旺盛で、愚かな私を慕い、よく支えてくれたアルベールに。
姿は似ていない。しかし、中身は幼少の頃のアルベールに非常に良く似ている。
「アルベールよ、これは魔力というんだ」
「ま、まろく?」
他の国は知らないが、この国はおおよそ十歳頃から魔力の発現が認められ、制御する術を学ぶようだ
三歳には早い話なのだが。
「魔力だ」
「まろす」
遠くなったな……。まぁ、三歳などこんなものだろう。私も伊達に五児の父をやっていない。子供の扱いなど慣れたものだ。
「姉のように偉大になりたいか?」
「ねえさまみたいになりたい!」
私にみたいになりたいなど、そこまで評価されるようなことは何もしていない。所詮は制御不能な借り物の力に振り回された愚かな男なのだ。
……だが。
「そうか」
私は真剣な顔で改めて向き直った。
「アルベールよ、お前には辛い思いをさせるかもしれない。辞めたくなる時が来るかもしれない。挫折を味わう苦味を知るかもしれない。苦悩する日々が待っているかもしれない」
アルベールは不思議そうにこちらを見ている。
「それでも、姉のようになりたいか? 父と母を、お前の大事な人を守れる偉大な人になりたいか?」
「なりたい」
優しくも力強い瞳だ。強固な意思はそれだけ行動に反映されていく。弟よ、お前は必ず何かを守れるようになるだろう。
そして、その術を教えるのは私だ。
私は近衛騎士だ。守ることに関しては右に出る者はいない。この世で一番大事な人を守れなかった私が守る方法を教えるなど烏滸がましいが、その教訓もアルベールに伝えねばならないだろう。
不甲斐ない私が、転生してしまったのだ。
ならば、小さいこの手でできる限りのことはしていくべきだろう。
二度と後悔などしないように。