第38話 ルベリオ王国
その後、マフアン達が逃げてきた方向へ逆走するように森を駆け抜けた。
あの二十人ほどいた魔人は殺し尽くした。どうせ魔人は生きていても害にしかならんだろう。
子供の姿をした魔人が泣き叫んでいたが、あれもフェイクだ。大体、魔王の魔力によって生み出される存在がなぜ子供の姿なんだ。
あれは我々人間を油断させるための狡猾な罠だ。魔人は子どもの姿である必要は全くない。それなのに子供らしき存在がいるのは、俊敏性と瞬発性、それに感情的な葛藤が生まれやすい身体的特徴だからだ。
この時代の人間は魔人に対して免疫が無い。子供だからと言って保護してしまうだろう。アルベールにも伝えておいたから大丈夫だと思うが、ルベリオ王国は無事だろうか。
ルベリオ王国は距離的には近いが、寄るかどうか迷うな。寄れば休息を取ることができるのと、魔人が国にいる可能性があるため情報収集もできる。それに、エイルとティナと合流して情報交換をしてもいいだろう。
……いや、ルベリオ王国はエイルとティナに任せている。大きな問題が起きればアルベールの方で対処してくれるだろう。
体感的に、魔王はそこまで遠くない。
魔人がこの森を抜けて逃げ出すという事は、森の奥か抜けた先にいるはずだ。
ルベリオとアストリア王国を跨ぐ超巨大な森。
このどこかにいる。
私の感知魔術はそれほど優れていないから、見つけるには足を動かす事になるだろう。常に感知術式を展開しているが、未だに見つからない。
「ふぅ……」
数時間は走り続けている。いくら鍛えているとはいえ、多少は疲労を感じる。
このままではジリ貧だ。探すことに体力を使い、肝心の魔王を疲労のせいで殺し尽くす事ができなければ私の負けだ。
少し休もう。
私は大木を切り倒し、無理やりに切り株を作る。かなりの年月を感じる圧倒的な質量を持つ樹木だ。私などよりよほど長生きしているに違いない。
「すまぬな」
お前を休憩のためだけに切り倒してしまう私を許せ。
大きな切り株に寝転び、少々身体を休める。
体内で魔力循環を行う事で細胞を活性化させ、疲労を吹き飛ばす。
魔神から授かったと思っているこの黒い魔力。私が元々持っている魔力と混ざりつつある。
使えば使うほど強くなり、より強力で絶大な力を発揮するだろう。先程魔人を殺し尽くした時も負の感情にあてられ、多少力が増した。
私自身が魔神の力に飲み込まれるのも時間の問題なのかもしれない。私が強くなればなる程、魔神の力と融合して離れなくなる。
それは恐らく、元には戻らん。いずれ私には不幸が舞い降りるだろう。
だが、その時まで。
その瞬間までは守り手でいたいんだ。私が破壊を齎す化け物になる前に決着を着けねばならない。
セラフィエル……。
奴はなぜ魔王を生み出すんだ。
あれほどの力がありながら、魔王を使い人類を滅ぼす。奴のリセットした世界の中には、魔王によって世界に終焉が訪れたものもあるのだろう。だから、何度も魔王を使っている。
そして、そんな中でも魔神の力を振るう人間は見た事がないようだった。
魔神とは……なんなのだろう。
なぜ私に魔力を与えたのか。
なぜ私を転生させたのだ。
お前はどこにいるのだ。
なぜ、この魔神の力はここまで強力なのだ。
いや、この力……。
より集中して感知術式を展開してみるか。
魔神の力は今まで攻撃術式にしか使用していなかった。
だが、冷静になってみれば攻撃以外にも流用できるはずだ。制御の訓練はいつもやっていた。私ならできる。
……あぁ、そうか。なるほど。
魔神の力を使用して感知術式を組もうとしたその瞬間、私の脳内に全ての情報が届く。
使い方、効果、使用感、魔力消費、術式の組み方。
全て、私を蝕む"ヤツ"が教えてくれる。
ははは。こりゃすごい。
力が漲る。
「……"夜伏"」
その瞬間、巨大な森を囲うほどの魔力が駆け巡り、余りにも大量の森の情報が私の脳内を襲った。
「がぁっ!」
脳が焼けそうだ。酷い耳鳴りと気を失ってしまう程の頭痛。目と耳からは赤く滴る雫が零れ落ち、食いしばる歯が悲鳴をあげている。
情報量を絞れ。広範囲だが、大雑把でいい。
一定以上の魔力を感知しない限り反応を抑制するように変更。
それだけで私の脳内の処理能力に随分余裕がでてきた。
そして、魔王の位置も。
「ははっ。見つけたぞ」
それは森の最奥。ここからは走っても明日にはなってしまうな。
まぁ、いい。行き先が分かっただけでも随分と心に余裕がある。
魔王に会うまでには身体のコンディションを良くしておかねばなるまい。前世の時のように、満身創痍で魔王と対面するなど二度と御免だ。
ようやくこの力を守る事に使うことができそうなんだ。
頼む。
待ってろよ。
もうすぐ殺してやる。
◇◇
「ティナちゃん……」
「うぅ……。おえぇ」
私とエイルはルベリオ王国に辿り着いた。
そこで見た光景は、地獄だ。
腐った死体、殴殺された死体、刺殺された死体、呻いて生きてるだけのほぼ死体。
悪人に襲われ肌が露出し、更には下腹部まで切り刻まれてしまっている女性も複数見える。
私の胃の中身は全て空になった。
「一体何が……。それに、酷い臭いだ。これが僕の祖国だなんて信じられない。これは……崩壊だ」
崩壊。
まさにその通りだ。まともに生きている人間はいない。たぶん、みんなどこかに逃げたんだ。
そこら中、腐った死体だらけ。嗅いだ事もない醜悪な空気が私の鼻腔を刺激する。
「うぅ……。それでも、イザベラの命令よ。何としてでも情報を持ち帰らないといけないわ」
そう。それでも私は、イザベラのお願いを叶えてあげたい。
一度重大な裏切りをしてあの子の心を傷つけたんだ。私のできる事は限られているし、あの子ほど優秀じゃないし、強くもない。
でもね、約束したのよ。
私はあの子のお願いなら何だって聞くわ。
嫌だって言われても、離れてやらないんだから。
「……イザベラは、この状況ならどうしただろうね」
そうね。この状況なら……。
「生存者を力技で見つけ出して、無理やり話を聞き出す!これしかないわ。あの子は頭を使うより先に手が出るから」
ごめんねイザベラ。でもその通りだと思う。
私は表情を取り繕い、この嫌な空気を振り払う。
「あはは、言えてるね。さすがイジーの親友!じゃ、その生存者とやらを頑張って探し出そうか」
いるかも分からないけれど、探さないと始まらない。
イザベラ程じゃないけど、私だってAクラスの上位よ。そこそこの悪人程度、複数人に襲われたって返り討ちにできるわ。
それに、イザベラから直接魔術を教えて貰ってるもの。アルベールほど強い人が現れない限り私達に負けは無い。
危険が無い訳じゃないけれど、戦力としては申し分ない。
「えぇ。共にこの地獄を乗り越えましょう」
私は生涯この光景を忘れないでしょうね。余りにも凄惨な光景に、未だに嘔吐きそうになりながらも歩を進める。
「頼りにしてるわよ、婚約者さま?」
エイルは私の事を気に入ってくれている。イザベラみたく、様付けも敬語もいらないと言ってくれ、友達だとも言ってくれた。
イザベラとの繋がりでエイルも精神的に成長してるところがあるのかもしれない。こんな私を、どうしようもなく愚かな私を今は支えてくれてる。
エイルが実は女の子だって聞いた時は本当に心臓が飛び出るくらい驚いたけど。
でも、私にそんな秘密を打ち明けてくれるほど信頼してくれてる。
イザベラも、エイルも、婚約者同士で本当にお人好しなんだから……。
私は、友達の期待に応えたいのよ。
信頼に応えたいのよ。
もうあんな失態は犯さないわ。
エイル、見ててね。
ふふ。私、あんたの事も好きよ。




