第35話 崩壊の兆し
魔王編、始まります。
魔人をやむなく『保護』した我々は、学園内ではなく川向こうの雑木林になっている所へ連れていき、話を聞く事にした。
「いいか?聞かれた事だけに答えるんだ。全ての質問に答えた後、お前の身体が穴だらけになっていない事を祈ってやる」
恐怖に震えるように頭を大きく上下に動かす魔人。
こやつらは狡猾だ。全ての行動に意味がある、もしくは相手を騙す意図を持っていると考えた方がいい。
恐怖に震えている演技をしているならば、その意味は何だ。
あぁ、私の後ろにいるティナとアルベールの同情を引くためか。
笑えるな。ティナはともかく、アルベールは初めから私の心配しかしていない。
こやつを殺す事によって私の立場が危ぶまれる心配をしているだけだ。
「さて、まず質問させろ。なぜお前は魔王から逃げているんだ?魔人とは魔王の尖兵だろう」
魔人は恐る恐る口を開いた。
「ま、魔王様は狂ってる……。魔王様の魔力から生み出された子供たちであるあたし達を、生まれた途端に殺し尽くすんだ。何が目的なのかも分からない……」
魔王が魔人を殺す……?
なぜだ。そんな事に意味は無い。
魔王は人類を滅ぼす事が目的の生命体だ。魔人を使う事で人類を追い込む事こそが存在意義。
私がかつて戦った大魔王ヴァルハザールもそうだった。奴は闘争を好み、自ら魔人を率いて人間をその膂力をもって引き裂いて血を浴びていた。
「魔王は魔人を殺す事で何かを得ているのか?」
考え込むように黙る魔人。
「……いや、そんな訳がねえ。そもそもあたし達は魔王様の魔力を素材にして生まれている訳だから、そんなあたし達を殺しても魔王様に還元するものはない。強いて言うのなら、戦闘経験くらいだ。だがそれも当てにならないよ。あたし達魔人は、魔王様に攻撃できないんだ。だから、逃げる事しかできなかった」
なるほどな。
それはまともな戦闘になる訳がない。
何らかの呪いだろう。生みの親に対して、反旗を翻す事はできない。そもそもそういう思考にならない様に生まれている可能性もある。
分からん……。
「お前たちは何処から逃げてきたんだ?魔王はどこにいる」
「わ、分からねえ」
ピキッと頬が怒りで震える音がする。
「ま、待て!待ってくれ!本当に分からねえんだよ。あたし達は魔王様から必死で逃げてきたんだ。がむしゃらに走ったせいで方向なんか分からねえし、森に入っちまったから余計に方角が分からないんだ」
…………。
「姉さん、そいつ嘘ついてないと思うよ」
アルベールが初めて横から口を出した。
「なぜ、そう思うんだ?偽の情報を掴ませるだけで国が崩壊する事だってあるんだ。警戒しておけ」
「うん、分かってるよ。でもね、それでもこいつは嘘ついてないよ。だってこいつ、さっきから『あたし達』って言ってるから」
……!
そうか。
「複数人で同時に逃げ出した、だがコイツは一人だ。本当にがむしゃらに逃げてしまって散り散りになった訳だな」
「す、すげえ……なんで分かんだよ…………ブガッ」
また余計な言葉を話したこいつの顔を蹴ってやった。
「ちょっと!余計な暴力は振るわないでよ!」
ティナは魔人の怖さを何も知らない。さっきよりは優しい暴力なんだから大丈夫だろう。それに魔人は頑丈なんだ。人間と比べてもスペックの差は明らかだ。
「だが、こやつの言葉の真贋が分かる訳じゃあない。油断するな」
「あぁ、分かってるよ。こいつ、全力だったらかなりまずい」
アルベールは分かってるか。
そう、コイツは本来相当強い。
私が弱いと言ったのは満身創痍だと偽っていると思っていたからだ。
だが、本当に辛そうだ。
旧時代の頑丈な魔人は身体に何本もの矢が刺さっていても気にせず特攻してきた。研究された結果によると、魔人に臓器はあるものの基本は魔王の魔力によって活動する魔力生命体だ。
こやつらの臓器は生命活動の補助の側面しか持っておらず、臓器が潰されても多少は動けるし、命を燃やして戦闘もこなす。
魔人は己の命を鑑みない事が多い。ヴァルハザールの支配があったせいかもしれないが。
そんな魔人が、ここまで弱っている。
つまりこれは……魔力を供給している魔王も弱っている……?
魔人に対して魔王は無敵だ。多少弱っていようが魔人を殺す事など造作もないだろう。
だが、例えばあのヴァルハザールから少し強い程度の魔人が逃げ出せるか?と言われると否、と答えるしかない。
それほどまでに魔王というのは飛び抜けた個だ。魔人など比較にもならん強さを持つ。
多少弱った程度で見逃されるほど魔王は甘くない。
コイツらが逃げ出せた理由は何だ……?
「魔王は、弱っている様子だったか?」
「……!あぁ。そう言われると確かにそうだ。殺そうと思えば殺せるタイミングはあったように思える。で、でも!他の魔人やこれまでの魔人はみんな殺されてんだろ?あたし達だけ見逃された訳じゃねえと思う」
……いや、待て。
『他の魔人』だと?
そうだ。忘れていた。
こいつら、いつから生み出されてんだ?
「他の魔人はいつから生み出されてるのか分かるか?」
「い、いや。さすがに分からねえ。あたし達が生まれたのはついこの間だ。長年生きている奴なんかいなさそうだった。魔王様一人だけだったよ」
長年生きてる魔人がいない。
本当に魔人を生まれたそばから殺しているとしたら、そこには必ず理由がある筈だ。
無意味な殺戮など……いや、魔王は狂っているとこやつは言っていた。狂っているのがどの程度なのか分からないが、魔人たちを無意味に殺戮する狂った魔王が居るのかもしれない。
私は魔王なぞ一人しか知らないのだから、特殊な存在がいる可能性も捨てきれない。
だが、それでもありえない。
狂っている魔王は、必ず人類を標的にするだろう。
わざわざ魔人を標的にした挙句、ずっと魔王城に居を構えている魔王など、それこそ魔王の正体が人間でもない限りそんな事は起こり得ない。
だが、魔王は人間に務まらない。こうして魔人が誕生している以上魔王は魔王だ。
人間が擬態する事は出来ない。
謎だ。
だが、王国に報告は必要だろう。
「アルベール、命令だ」
「はい」
命令と言えばアルベールは臣下として言葉を受け取る。それこそ、あのオズワルドとか言う狂信者を彷彿とさせる。
「私の知る魔王と魔人についての知識の全てを与える。余さずに全てを我が父ユリウスに伝えろ。これは王国の存続に関わる問題などではない。人類の存続に関わるものだ」
アルベールが返事も忘れて目を見開く。
想像以上の大事だと私が判断したことに驚いているんだろう。
「人類の、存続に……それ程魔王は脅威なのでしょうか」
「当然だ。場合によっては私も死ぬ」
「ッッ!!」
ようやく本気になったな。ティナは話についていけず目を白黒させている。
「時間が無い。アルベール、これも命令だ。お前の全てを使ってこの魔人を監視する人員を手配しろ。今のところ害意は無いが、こやつは災害を撒き散らす存在だ。いつ襲いかかってきてもおかしくないと思え」
「仰せのままに」
アルベールは片膝をついて仰々しく礼をする。
「ティナ。頼みたい事がある」
「は、はい!」
緊張した様子で私の言葉に反応するティナ。いい緊張だ。
「エイルと協力してルベリオに探りを入れろ。侯爵家の力を最大限使え。ルベリオで何かが起きてるかもしれない」
そう、ルベリオは数年前からおかしかった。魔人が中から弄り回してる可能性は否定できない。
「わ、分かったわ。エイル様とルベリオに探り……大切な任務ね」
「そうだ。現状お前にしか頼めん。エイル一人では荷が重いだろうし、侯爵家の力を借りたい」
ティナは力強く頷き、頼り甲斐のある握り拳を見せてくれた。
「任せなさい。必ずやり遂げるわ」
「どんな些細な情報でも構わん。何か分かれば私とアルベールに伝えろ。手紙でもいいし伝令役を誰かに与えても構わん。ただし、危険を感じたら即撤退しろ。何が起こるか分かったもんじゃない。お前たちを失うのは認めない」
ルベリオについて、母上にも詳細を伝えるべきか。いや、どうだろう。あの人は一概に味方だと信じておくには不気味過ぎる。アルベールに判断を委ねよう。
下手に私があれこれ考えるより、国々の勢力図を鑑みた上でアルベールに判断してもらった方が良い方向に繋がる可能性がある。
信頼できる者に託すというのは、やはり難しいな。
「イザベラはどうするの?」
私か。
私は。
「魔王を見つけて殺す」
私にしかできない事をする。
こういう時のための力だろう。
ようやく、守る事に使えそうだ。




