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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
学園編
33/48

第32話 ロゴス

 

 ティナの裏切りは、ソロンによって引き起こされたものだった。

 手紙を見せてもらったが、巧みに誘導されている。これではティナを責めるのは酷だ。誰でも騙されるだろう。


「ごめんなさい、イザベラ。あなたの秘密、バラしてしまったわ」


 いつも強気に釣り上げている眉が下がってしまっている。


「気にするな、とは言わん。ただ、必要以上に落ち込む必要も無い。この程度の内容なら、秘密とは言えんだろう。ソロンにとっては大事な情報源だろうが、私にとっては些事だ。大事なのは、この反省を活かす事だ」


 内容は魔術理論の基礎だ。

 ただし、魔術に精通していない人用にあえて細部まで書かれていない。これでは、魔術の真の理解を得ることはできないだろう。


「……そうね、分かったわ。ただ、あなたと関わるという事がどういう事か理解していなかった私に責任はあるわ。もう身をもって体験したから、二度と失態を犯すことはしない」


 決意の表情だ。

 ティナはこれまで侯爵家で複雑な出来事に飲まれないよう大事に育てられてきたのだろう。

 それは仕方の無い事だ。あえて獣の潜む檻に放り込むような事は、私ぐらいしかしない。


 だが、こうして学んだ。


 知識欲が信仰を上回るティナにとっては手痛い失態だったに違いない。そして、それを糧に更に学ぶことだろう。


「さて、話はここまでだ。エイルよ、卒業までにやる事は分かっているな?」


 流石にイザベラシックは終了したようだ。落ち着いたエイルは微笑み頷いた。


「もちろん。ソロンの内通者に誤情報を送っておくよ。任せて!」


 エイルには独自の嗅覚がある。敵味方を嗅ぎ分ける事など容易い。


 そして、オルシュ侯爵家にはより詳細な魔術概論を教えてやろう。私は依怙贔屓(えこひいき)するタイプなんだ。

 これでソロンの優位性は無いに等しくなった。お前が持ってる情報など、オルシュ侯爵家の数倍劣る。


 せいぜい、ソロンには王宮で踊ってもらおう。


 さて、長かったがお開きだ。




 ◇◇




 季節は過ぎ、エイルは卒業していった。ただ、私の助言通り王宮に住み込む事になったらしい。

 会おうと思えばいつでも会えるだろう。


 私達は四学年まで進学し、後輩の方が多くなった。


 後輩が増えたという事は、新たな出会いも増えた。


「イザベラ先輩ちょ〜かっこいいれすぅ〜…………」


「……素敵だ」


 こんなナメた奴らも出てくる。

 何なんだ、これは。


「えと……どなた?」


 クリスタが二人の後輩に真面目な顔で聞いた。

 そう、クリスタとはまだつるんでいる。敵だ何だというのがひたすらに面倒になったので、一周回って気にしないことにした。

 クリスタの前で隠す事はほとんどしてない。全て報告してもらって身の潔白を証明するのが早いと断じた。


「あ、失礼いたしました!私、アイザ・アルカティアと申します!かの有名なイザベラ四年生に出会えて感動しております!」


 ……えっ。


「有名……?私は有名なのか?」


 アイザと名乗る女は、その青みがかった短髪を揺らしながら答えた。


「あの超有名だった王子様のフィアンセだと方々で囁かれておりますれば、私の耳に入るのも当然というものです」


 ……はぁ。またあいつ(エイル)か。

 卒業しても影響があるほどだとは思わなんだ。


「それで、お前は?」


 ヘニョヘニョの液体のようになっている暗い赤の髪色の女は黙って私を見ていた。


「は!?あ、あの、私アリス・ミーディンガーです!イザベラ先輩好きです♡」


 目をハートマークにしたまま、急に告白されてしまった。


 コイツは女だ。


 なんなんだ一体……。


「ベラちゃん、モテモテだね?」


 やかましい。

 私は名前すら覚える事を止めた。


 こんなのに一々構っていられない。


 無視してクリスタを連れて教室に戻る。




 教室内には少しだけ減ったメンバーがまだいる。

 成績の優劣によってクラスの変更がある。Bクラスで入学しても、非凡な成績を残した生徒はAクラスへ昇格できる制度がある。

 これは個人の実力主義を徹底するための措置だ。入学からも成長しなければ意味が無いので、アリだ。


 もちろん、脱落することもある。一段階落ちる生徒もいるが、二段階も落ちると退学になる。まあ二段階落ちる奴など努力が足りないか、よほど糞のような成績を取らんとならない。


 初めの頃つっかかってきたエリオットは、私が少し指導してやったおかげでBクラスに上がれたようだ。元々優秀な奴だったからな。そんなものだろう。

 その際はえらく感謝されて手まで握ってきたからビンタしてやった。


 なぜか喜んでいたが。


「やあ、久しぶりですね。イザベラさん」


 しょうもない事を考えていると、またしても声をかけてくる存在がいた。聞き慣れぬ声に振り返ると、教師らしき男が立っていた。


「……?」


 見た事があるような顔だ。


 誰だったか。


「お勉強はもういいのですか?」


 ……!

 思い出した。

 お勉強。そうだ、学園の書庫で魔神とセラフィエルについて調べていた時に出くわした、赤い瞳の怪しい教師だ。

 アルベールからはその後特に連絡が無かったのですっかり忘れていた。


「……何の用だ?」


 自然と警戒してしまう。こやつは怪し過ぎる。


「いえね、足りない知識を与えてあげようと思いまして。不要であれば無視していただいて構いませんよ」


 足りない知識……?

 何だこいつ、何を知ってる。


「クリスタ、少し出てくる。帰ってこないかもしれないから、そのつもりでいろ」


「う、うん」


 何となく、クリスタには聞かせられない話のような気がする。何故かというと、クリスタの様子がおかしいからだ。


 身体が少し固くなった。

 クリスタは、身構えたな。


「おや、聞いてくれるのですか?てっきり無視でもされるのかと思いましたよ」


 私もそうしようと思った。

 だが、私の嗅覚が伝えてくる。


 こいつの話は聞いた方がいい気がする。


 論理に裏付けされた、経験と知識からくる直感。

 無意識下の判断が、焼き付いたアーサーとしての記憶が、こいつの話を聞けと叫んでいる。


「……移動するぞ」




 ◇◇




 書庫で魔神について調べた時、少し気になった文を発見した。


 いつ作られたのかも分からない古書に記載があった。


 『大いなる魔が死を運ぶ』


 『惜別の魔物が、黒く染める』


 『死の魔王』


 魔王。名詞として魔王という言葉自体はある。

 だが、それは私が討伐したあの魔王を指す言葉では無い。魔を極めた真髄に至る事を魔王と呼んでいるんだ。あまり現代では聞かない言葉だが。


 この古書は魔神の事を言っている訳ではないと思っていたが、違ったのだろうか。分析ができていない。


 だが、どれも『死』を暗喩している。

 魔王の事を『死』と言える程、この世界の人間は魔王を知らない筈だ。


 これを調べるには時間が足りなかった。


「ここでいいだろう」


 ここは、いつしかアルベールと来た寮の裏側。川の向こう側に位置する場所だ。

 秘密の話をするにはピッタリだ。


「ええ、わざわざありがとうございます」


 こやつは丁寧な仕草を一貫して続けている。私を王族だと認めているのか。


「それで、何の話だ」



「……魔神について、知りたい事があるのでは?」



 !!!


 思わず魔神の魔力を解放してしまった。


「〜ッ!!!」


 男は盛大に顔を引き攣らせて汗を垂らしている。


「おい、知っている事を全て話せ。出し惜しみをしてみろ。お前が知る限りの惨い事を全てやり尽くしたあとアルベールに差し出してやる」


「ま、待ってください!私は最初から全てを話すつもりだ……!貴女の味方です!」


 ハッ。それを正面から受け止めるほど優しくないぞ。


「黙れ。余計な口を開くな」


 私の感情のコントロールにはまだ不安が残る。やはり、私の魔神の力が強くなればなる程、コントロールは難しくなる。それは技の制御だけの話ではなく、私の感情の事でもあった。


 今は、制御できているとは言えないだろう。



「その魔力を出さないでください!気取られます!」



 ………………。


 はぁ。分かった。


 落ち着きを取り戻し、魔力の解放を止めた。


「はぁ、はぁ。し、死ぬかと思いましたよ……心臓に悪いのでやめてもらえませんか?」


 やかましい。初手で殺さないだけマシだろう。


「ならばさっさと話せ。お前は何者だ」


 取り乱した男は服のシワを直し、私に向き合った。


「失礼いたしました。私の名はオズワルド・アレディス。しかし、これは学園での仮名です。真名は、オズワルド・ロゴス・ヴォルコフです」


 ヴォルコフ家……!

 それに、ミドルネームに()()()と名乗ったな。

 ヴォルコフ家でロゴスを名乗れる者は限られる。それはヴォルコフ家当主、もしくは正式に本家を継ぐことを許された人間にしか名乗ることを許されない名だ。


 つまりこいつは、ヴォルコフ家の重鎮。それも当主含め正当後継者と認められた唯一の人間だ。


「出来の悪い妹が世話になっているようで、恐縮です。いやはや、その節はどうも申し訳ありません」


 こいつ。

 あっさりクリスタの事をヴォルコフ家だとバラしたな。


「でも、クリスタの事には気づいていたでしょう?」


「まぁ、な」


 状況から考えればそうとしか思えなかったから。


「あの出来の悪い妹は馬鹿なので、馬鹿な方につきましたよ。ははは、ソロン殿下に命じられるまま行動するなどド三流もいいところです。あれに付き従うなど考えられませんよ」


 まるでソロンを認めていないかのような発言だ。王家はヴォルコフ家に並々ならぬ信頼を置いている。そのヴォルコフ家が王家に忠誠を持たないなどあってはならない。

 ましてや、ロゴスが。


「その言葉は重いぞオズワルド。ならばお前は誰に付き従うと言うんだ?」


 オズワルドは待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせつつも、含みのある笑顔で答えた。


「それはもちろん、イザベラ・ルシアン・アストリア様にですよ。魔神の愛し子、お待ちしておりました」


 貴族の忠誠の礼を取るため、片膝を床につけた。


 


 

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