第21話 惜別
「あ、姉さんもちゃんと合格してるね」
「お前はちゃんと首席だな。寮も一味違うものが用意されてるんじゃないか?」
「寮はさすがにみんなと一緒みたいだよ。入試で首席だからといって、最後まで首席とは限らないからかな」
試験の結果は合格だ。もちろん、アルベールは首席だ。私と母上からの熱いエールがあったとはいえ、期待通りの成果だ。
アルベールは、私の言う事をよく聞く。これは比喩でも何でもなく、とてもよく聞いてしまう。
私が守れと言えば守り、首席で合格しろと言えば合格する。魔術を極めろと言えば本当に魔術を極めるまで努力を辞めないだろう。
これを自分の意思が無いと言うのは簡単だが、私はこれを強いと感じる。
非常に強固な意思が、私への恭順という形で示されているのだろう。
そして、強烈な忠誠も。
敵であれば厄介極まりない相手だ。
「ところで、寮っていうのはなんなんだ?」
「えっ、姉さん知らないの?本当に?」
私にも知らないことくらいある。
寮ってなんだ。学生が住む事くらいしか知らないぞ。
「……寮っていうのはね、家から学園が遠い人が学園に通うための集合した家のことだよ」
あまりに常識的なことを解説してしまったせいか、心配そうな顔で答えられてしまった。
ふむ、そうかそうか。
ん?
「ソロンやエヴァンはずっと家にいたぞ?」
「あれはちゃんと王宮から通ってたんだよ。基本王族も寮で暮らすけれどね。ソロン兄さんは王太子だからさすがに護衛しやすい所に暮らすよう指示があったんじゃないかな」
それは理解できる。アストリア王家唯一の長男だ。その身はよく大事に育てられたことだろう。
「エヴァンは?」
「エヴァン兄さんが寮に行くと思う?」
行かないだろうな。でも卒業させないといけない。特例で認められたということだろうか。
しかし、寮か。
「やはり王族は気遣われるだろうか」
「そりゃあね。僕たち王家はこの国に数いる全ての貴族の頂点だよ。僕たちの性格や考え方が分からないから、不敬だと言われて処刑される事が無いように、まるで絹の手触りを確認するかのような扱いを受けること間違いなしだ」
なるほどな。それはそれは優しい扱いをされるだろう。
「私たちの顔を知っているのか?」
「あ、確かに分からないから顔で判断するのは難しいかもね。でも僕たちから名乗らないと、他の貴族の子供は名乗りづらいと思うよ」
うむむ、そうか。
対セラフィエルとして色々考えているが、何か形になった様なものは無い。前世より魔神の力を扱えるようになったとはいえ、それでは届かない。
やはり私は学園ではあまり目立つような事をしない方がいいだろう。面倒に巻き込まれてこの身体の成長期を停滞させるのは非常に痛い。
なんとかアルベールを隠れ蓑にしてコソコソ抜け出したりできないものか。
「隠すか……」
「えっ」
◇◇
「では、皆様。ありがとうございました」
私は学園へ向かう馬車の前で、見送り組へ別れを伝えた。
「イザベラ、お前には退屈だろうが学ぶ事はいくらでもある。人との関わりを、貴族の交わりを、王族の育みをきちんと学ぶのだ。退屈の一言で終わらせるには勿体ない場所だ。期待を上回る成果を持ち帰ってくることを期待している」
ユリウスは行く前、そんな事を言っていた。見送り組にはいないが、父として娘を案じる心を感じた。
退屈だと思うかどうかは分からないが、その言葉は肝に銘じることにしよう。
そして、見送り組筆頭のソロンは。
「ふぐぅぅ〜!イザベラ、アルベールぅ!もう行っちゃうのかよォ!うぅぅうう〜〜!元気でいろよぉ!」
大泣きだ。
王太子の男泣き。
お前が真っ先に泣くなよ。メイドが泣けないだろ。
「ソロン兄様。最近ルベリオの動きが怪しいです。きちんと母上達を守ってくれるのを期待しています」
これは本心だ。
どうにもルベリオ王国の動きは不可解だ。
バレバレな侵入、教えられたものと異なる解除魔法、容易に発覚する主導国ルベリオ、表面上は友好的な態度。
まるで異なる人物がそれぞれ異なる考え方のもとルベリオ王国を動かしているような、そんな不気味な感覚がある。
それに、我が婚約者であるエイルも学園にいるだろう。どうにも憎めない奴だが、関係者だ。その辺の深掘りを向こうでさせてもらうとするか。
「イザベラ」
最後に母上、アナスタシア。
いつもの様に完璧な寂しそうな顔だ。
その顔にはお面でも被っているのか?
「はい」
「寂しくなりますが、向こうでも元気でやりなさい。アルベールとエイルをお願いしますよ。それに、貴女の言う通りルベリオが少し動きを見せています。寮にこだわる必要はありませんからね。それに、もうメイドは居ませんからね。部屋の整理整頓は毎日やるように」
……はぁ。
全く恐ろしいな。一見娘を心配する母親のセリフだが、これを言ったのが我が母上であるアナスタシアであれば話は違う。
これは、警告だ。
すぐに王宮に戻れるようにしておけ、とそう言っている。
近々何か起こるのかもしれない。
もしくは、母上が何かを起こすのか。
正直、ルベリオ王国の動きで最も怪しいのは母上だ。この人の考えは凡人である私には全く不明と言っていい。
何を考えているのか分からないというか、何を考えていてもおかしくはない。
「…………お任せください。アルベールには青春を楽しんでもらう事にします」
私は笑顔でそう言った。
これで伝わるだろう。
アルベールはそちらに行かせない。
アルベールは王国の守護者だが、アルベールの守護者は私だ。
子供がいつまでも子供だと思っているなら大間違いだぞ。
「それでは、行ってきます」
深いお辞儀をしてアルベールと共に馬車に乗り込んだ。
ナタリアという最後まで私を甲斐甲斐しく世話していたメイドが泣き叫んでいる。
安心しろ、お前の事など忘れん。
例え書斎にいた私の居場所をソロンに教えた内通者だとしても、世話をしてくれた恩を忘れるほど薄情じゃないつもりだ。
馬車を走らせて数分後、微笑みながらアルベールが口を開いた。
「姉さん、楽しみだね」
我が弟は新しい人生の舞台に心を踊らせているようだ。
「お前は短き学生生活を存分に味わえ。お前にはその資格がある」
アルベール、我が弟よ。お前はそれでいい。守る力をつけ、身体を成長させ、知識をつけ、強くなる。それでもお前はまだ子供だ。
まだ見ぬ明日を楽しむ事すら奪うことはしないつもりだ。そもそも、そんな事をせずともお前は強くなる。
お前は人を動かせ。
私は国を動かす。
ソロンでも母上でもユリウスでも化け狐でも何でも使ってやろうじゃないか。
アストリア王国にちょっかいをかけるルベリオ。
この間邂逅したセラフィエルを神と崇める光神教徒ども。
セラフィエルから天啓を受ける名も知らぬ聖女。
一時も忘れる事のない輝く金色鎧。
どいつもこいつも、全くもって不快だ。
なぁ、お前もそう思うだろう。アルベールよ。
あぁ、早く。
早く到達しなければならない。
足踏みをしている場合では無いんだ。
「"薄黒葉"」
魔王ですら切り裂くであろう神速の一太刀。今のアルベールでも知覚すら出来ないスピードで手刀を放ち、私の服に張り付いていた吸虫を消滅させる。
全く、ダメじゃないかソロン。
あの時教えただろう。監視の時は、気配を誤魔化せと。
「くだらん」
小さくこぼした。
誰も分かっていない。
私に宿る魔神の力は少しずつ私を蝕んでいる。
ティナ嬢との邂逅の際に魔神の魔力が怒りで一時的にコントロール不能になったためか、私の中の"アレ"がとうとう起きた。
今後は定期的に魔神の魔力を使わねば、黒い力が身体に溜まり続け、徐々に私の存在は魔神によって染められていくだろう。
今はまだ平気だが、数年後はどうなっているか想像がつかん。これは劇毒だ。
私の力は強くなっている。しかし、"アレ"はその度に力を増す。
「姉さん、僕学園で力をつけるよ。己の力じゃない、僕では賄いきれない力を持つ仲間を見つけるよ」
当然だ。それを母上と私は望んでいる。
お前は私の道具だろう。望むことをやるんだ。
は?いやいや、道具なんかじゃない。
私の大切な弟だ。弟なんだ。
息子によく似た、できた弟なんだ。
魔神の思考汚染を防ぐ方法は無い。できることは、気合と根性で正気を保つことだ。
私は学園で、正気を保っていられるだろうか。
私はその時、上手に自殺できるだろうか。
幼少期編、終了です。
次回から学園編になります。
申し訳ございませんが、執筆中のため毎日投稿終了となります。
現在学園編のラストまで執筆中ですが、面白いことになっていますので、期待して待っていてください。
もしお時間などありましたら、感想などいただけると喜びます。
数日後、またお会いしましょう。




