第20話 強さ
さて、色々とあったが筆記試験は無事終わりだ。
アルベールも手応えがあったらしい。
私も手応えバッチリだ。あれなら真ん中より少し上程度の成績で収まるだろう。
無駄に注目を浴びれば学園内で厄介なことに巻き込まれる事もある。アルベールには悪いが、私にキャンパスライフは必要ない。
アルベールには、学生しか味わえない青春の味を知っていただこう。
その後の剣術試験は問題ない。私は順当に手を抜いた。
アルベールには本気でやれと言っておいた。面白いことになるだろうと思ったが、予想通り剣術試験担当の女教師が吹っ飛んでいった。
魔法(魔術)の使用を禁止していたはずだが、どれだけ軽いんだあの女。
その後、女子受験生が黄色い声を上げていた。
早速モテているな、アルベール。
少しだけ偉大な姉に分けてくれないだろうか。
さて、問題の魔法試験だ。
主に攻撃魔法の適性を見るようで、数メートルほど離れたカカシに魔法を当てるだけだ。
アルベールには適当に火炎術式の展開をしておけと言っておいた。先日詠唱破棄という技術を目にしたんだ。そのまま魔術を使い、詠唱破棄だと言い張ればいい。
私は……
「"大いなる炎神よ、あー、そこそこの力を寄越せ"。なんとかファイアー」
適当な詠唱をしたフリをして、中火でカカシを炙ってやった。
◇◇
「ふふっ。姉さん、あの詠唱はないよ……」
うるさいな。小っ恥ずかしいだろうあんなもの。
年寄りを虐めるんじゃない。いや十二歳だが。
「仕方がないだろう。詠唱など知らん」
「くくくっ……」
笑い過ぎだ。
試験を終え、そんな下らないやり取りを学園内でしていた所。
突然二人の女子が目の前に現れた。
片方は赤みがかった暗い茶髪を短くまとめた、眉が下がった大人しそうな女。
もう片方はいかにも強気そうに目がつり上がった鋭い目の金髪ロング。
なんか怒ってそうだ。何かしただろうか。
「さっきの試験見てたわ。あのくだらない詠唱は何?」
「や、やめようよティナちゃん……」
ティナ?愛称だろうか。
そして、詠唱について触れられるのは困る。私は本当に何も知らないからな。
「私の詠唱がなんだと言うんだ?詠唱がくだらないと訳の分からないケチをつけるほど、お前が暇なのは良く分かった。未熟な子供はお家でおままごとでもしていろ」
本物の子供を煙に巻くのは心苦しいが、喧嘩を売ってきたのはそちらだ。
さて、どうだ?
おっ、怒りのボルテージが上がっているな。更に目を釣り上げて怒っているのが非常に分かりやすい。お前は弱いな。
「〜!!このっ……。詠唱っていうのはね、この世界に魔力をお与えになった偉大なるセラフィエル様を讃える言葉でないといけないの」
昔のエヴァンのような事を言っているな。奴も不敬だなんだと言っていたが、今やもう魔術の虜だ。私に指導している程だからな。
そう、この世界の魔力はなぜかセラフィエルが与えた事になっている。私の中に宿る魔神の力がそれを否定しているが、そもそも魔神の存在がセラフィエルとどう関係しているのかも分からんから一概に否定する事もできない。
つまりは、何もわからんという事だ。
「そのセラフィエルが魔力を与えたのは聖書に文献として記載が残っているだけだろう。そのセラフィエルの存在をどう証明するんだ?」
「えっ」
おいおい、弱過ぎるぞ。
「セラフィエルの存在を今すぐ証明しろ。聖書は人が作ったものだろう。という事はセラフィエルは人が作り出した偶像なのか?それを否定する材料があるのかどうかを聞いているんだ」
「……………………」
まぁ、答えられないだろう。それに、セラフィエルの存在を確信しているのはこの世で私一人だ。
「……存在なら聖女様が天啓を受けているわ。セラフィエル様から直接ね」
聖女様?そんなもんいたか?
「意味不明だ。その聖女が適当な事を言っていたとしても誰も否定できないだろう。それに、私があんな適当な詠唱をしてもこんなに元気なのは何故だ?」
「それはセラフィエル様がお優しいから見逃してあげてるだけよ!」
セラフィエルというのは、適当な詠唱を許してくれるお優しい神様なんだな。突然現れて私の家族を皆殺しにしたセラフィエル様に感謝をしないと。
……ふざけるなよ。
あの勇ましいクロエを。あの不器用な優しさを持つクロエを。いつも私に勇気を与えてくれたクロエを。私の弱い心を優しく抱き留めてくれたクロエを。
私の主を、私の妻を、私の全てを奪ったあやつが優しいなどと……!
その口、首まで引き裂いてやろうか。
「あの女が……っ!」
おっとまずい。あの黒い魔力が表に出そうだった。
この黒い魔神の力は怒りや悲しみなど負の感情によって増幅する。そして、増幅すればする程コントロールが難しくなる。
落ち着け。相手は純粋な子供だ。今までそう教育されてきたに過ぎない。
こやつも受験生のはずだ。合格後、エヴァンの様に魔術漬けにしてやれば心を入れ替えて私にありがたい指導をしてくれるだろう。
ティナは大粒の冷や汗をかいて呆然としている。
しまった。子供に見せる姿ではなかった。
未熟な心を反省し、深呼吸をした瞬間。
「ギャッ」
アルベールがティナの顔面を握り締め地面に叩きつけた。
「アル!やめろ!」
「姉さん。こいつは、いらないよ」
見た事が無いほど冷たい目をしていた。
ここまでの豹変は見た事がない。
私が感情を抑え切れない姿を見られたからか!
「アル、いいからその手を離せ。相手は子供だ。ムキになる事は相手と同格にまで己を下げることと同義だ。騎士たる者、常に冷静に俯瞰せよ」
「……はい」
先に冷静になれなかったのは私だ。叱る資格は無いだろうが、とにかくアルベールを止めなくてはいけない。
不満げにティナの頭から手を離すアルベール。綺麗な鼻から美しい血を流したティナはすぐに顔を上げ叫んだ。
「ぐぐぐ...……痛い痛い!痛い痛い痛い!!な、何をしてくれたのよっ!!私の家はオルシュ侯爵家よ!詠唱すら知らない蛮族の貴女ごときお父様が……」
「僕たちの家はアストリア王家だバカ娘。お前の父ごと家を捻り潰されたく無ければその汚い口を閉じろ」
おぉ、怖い。怒ったアルベールは初めて見たぞ。
「は、はぁ?アストリア王家なんて嘘すぐに……」
「た、大変申し訳ございませんでした!!」
今まで静かにしていた片方の大人しい子供が土下座をして謝ってきた。
なんだ、信じたのか?
「ちょ、スフィア!何を信じているの」
「ティナちゃん。アストリア王家にいる双子の話、何度も聞いたでしょ」
何度も聞かされるほど有名らしい。そんなこと思いもしなかったが。
ティナと呼ばれたマヌケは徐々に顔を青ざめさせ、わなわなと口を振るわせた。
「う、嘘でしょ。だって、あんな、詠唱で……嘘…………」
「悪かったな、あんな詠唱で」
そもそも詠唱なんか知らん。魔術しか使ったことが無いんだから。
こちらを指差しながら震え始めるティナお嬢様。
「姉さん、可哀想だよ。あんな魔力見せて脅すなんてさ」
「?いやあれは……」
あぁ、そうか。
「いやしまったな、悪かったティナ嬢。少々脅かし過ぎたようだ。そもそも私たちに詠唱は必要無いんだ。今度改めて魔法について話し合おう。お前は優秀だから必ず合格している筈だ。同じ学び舎で共に成長することを期待しているぞ」
良い笑顔で振り返り、帰路につく。
腰が抜けたように立てなくなってしまっていたティナ嬢に謝ったが、大丈夫だろうか?
◇◇
しばらく歩いた後、アルベールが口を開いた。
「姉さん、珍しく怒っていたね。どうしたの?」
いや、それはお前もだろう。私が聞きたいくらいだ。
「……少し、昔を思い出した」
「昔?」
そう、昔のことだ。
どれほど昔の事か分からないくらい、昔の事だ。
現代にはセラフィエルを讃える宗教が存在している。
光神教だ。
そして、光神教徒だけで構成された宗教国家も存在している。
現代には光神教の教えが根付いている印象がある。それがセラフィエルには都合が良いんだろう。なんともやり切れない気持ちになる。
我がクロエを殺した怨敵を讃える国家。
滅ぼしてしまっても、心は痛まない。
しかし、宗教というのは難しい。国家を滅亡させた所で宗教自体が消えるわけではない。それに、国家単位で光神教の教えが染み付いている国もある。
それら全てを敵に回してまで滅ぼす価値は無い。
私の私利私欲の復讐の為にアストリア王家を巻き込む訳にはいかん。
私の心は滅茶苦茶だ。
「姉さん……」
あぁ、少し考え込んでしまったようだ。
心配そうなアルベールの顔が私の瞳に映る。
「すまん、今は何も話せない。そして、今後も話すことは無い。頼むから、聞かないでくれ」
すまない、アルベール。
弱い姉で、すまない。
私はいつ、強くなれるのだろうか。
幼少期編、終了です。
次回から学園編になります。
恐らく面白いことになると思うので、期待して待っていてください。
一ヶ月後にまたお会いしましょう。




