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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
幼少期編
12/22

第12話 多忙ゆえ

 

 それからの私は激務だった。

 アルベールへの厳しい鍛錬の監督にエヴァンへの魔術の概念を教える講義、私自身の鍛錬もある。

 休みなどある訳がないし、朝から晩まで動き続けていた。


 だが、充実していた。これ程までに楽しいと感じる生は久しく無かった。

 いつも心の何処かに暗い感情があった。前世の事は誰にも話せない。打ち明けることもできず、表に出すこともできない仄暗い感情を持ち続けるのは、相応に心労が溜まる。

 そこから目を逸らし、忙しさに引っ張られることで余計な事を考える事が減った。

 夢中になっていたのだ。


 だから、うっかりしていた。


 詳しく聞いてなかったのだ。



「私も、学園に……?」


「あぁ。イジーも十二の歳になれば学園に通うはずだ」



 貴族の子息は皆、学園に通わなければならないことを。




 我が国で学園と言うと、基本的には「国立アストリア魔法学園大学」のことを指す。

 この学園は貴族が中心に通っており、貴族が知っておくべき知識や魔法の扱い方を学ぶ場所だ。

 十二歳の子供が十八歳になるまでの六年間をここで過ごすことになる。


 それ以外の小規模な勉強施設はあるが、貴族が通うようなところでは無い。孤児院が経営していたり、資産家の商家が暇つぶしに建てたりしているものだ。


 正直言って、私は学園で学ぶような事は何一つ無い。

 知っておくべき知識は五歳までに文字を読めるようになったことで書斎に籠って全て覚えたし、魔法など私は扱わない。それはアルベールもそうだ。


 私に足りない頭脳や気遣いは、エヴァンやアルベールが担う。中途半端に魔法を覚えた唯の子供が私の役に立つとは思えない。


 私たちに学園は必要無い。


「ソロン兄様、私に学園は必要ありませんよ」


「そうは言ってもな……。学園に通い、卒業することは貴族の務めだ。王族の子供が卒業しないなど、王家の恥になるぞ」


 王家の恥だと言われてしまうとな……。

 ユリウスや母上に迷惑をかけるつもりは無いので、行かなければならない気持ちになるが……だからといってまともに通ったら私やアルベールの成長が阻害される要因になる。

 そうなったらいよいよ通うこと自体が悪影響しかない。


「エヴァンですら卒業したぞ」


「え!?あのエヴァンがですか!?」


 ソロンは苦笑いした。


「若干特例っぽさは否めないがな。お前たちがコソコソやっている魔力制御訓練の実用性を論文にして発表したらしい。他にも身体強化の魔法がどうとか言っていたが、その功績を持って一応卒業と認められたようだ」


 なんだ、私のおかげか。

 エヴァンにまた一つ貸しができたな。


 だが、そうか……。これは母上とアルベールに相談するべきだな。学園に通うのか通わないのか、通うとしたらどのような生活をするべきなのかを今から考えなければその六年間は無駄になるだろう。


「ソロン兄様、ありがとうございます。もっと早く教えていただきたかったですが、まぁソロン兄様なので大目に見るとします」


「おい、どういうことだ。ったく、俺の可愛い妹を返せ」


 おいおい、あの変態ソロンはどこに行ってしまったんだ。


「なんて事を言うんですか。私は今でもソロン兄様の可愛い可愛い、ソロン兄様が大好きな妹ですよ」


 あの頃の私よりも随分と成長し、顔つきもより可愛らしくなったに違いない。今後くる成長期の美しさに目を奪われる男はたくさん出てくるだろうが……。


「馬鹿を言うな。お前の全盛期は三歳で終わりだ」


 フラれてしまったな。





 その後、母上であるアナスタシアに学園の話を持っていったが。


「はぁ……。やはり貴女はどこか抜けていますね。学園に通うなど常識です。書斎で何を読んでいたのですか」


 大変呆れられてしまった。

 すまないな母上。この時代の常識は知らないことだらけなんだ。


「確かに貴女に学園の勉強自体は必要無いのでしょうね。ただし、学園というのは貴族にとって勉学をする場所というだけではありません」


 ん?

 あぁ、なるほどな。

 つまり、


「婚約者、もしくは派閥メンバー探しの場になっているということですか」


「当然です」


 そういうことだろう。

 学園はアストリアの王侯貴族の子息だけでも相当数集まる。権力を強めたい、領地を発展させ民に良い生活をさせてあげたい、息子や娘にとって良い相手を見繕いたい。

 様々な貴族家の思惑・計画が、学園の中で、子供を通して行われるのだろう。


 また、国立アストリア魔法学園大学は他国からの評価も非常に高い。子供たちの中には他国の重鎮の子息も普通にいると聞く。これも婚約者探しの一環だろう。


 私にとっては本当にどうでもいい事だが、他の貴族によっては死活問題だ。ソロンには信じられない数の貴族の娘が押し寄せたに違いない。


「貴女の婚約者候補は既に見繕っています。アルベールもですが」


 え、は!? うおぉ、待て待て待て!


「母様、私に婚約者は不要です!」


「不要な訳がないでしょう。貴女は現アストリア王家唯一の王女ですよ。その身の重要さを理解しなさい」


 そ、そりゃあそうなんだが、私は男だ!

 知らない男にこの身を要求なんてされたら、思わず剣を抜いてしまうかもしれない!


「か、母様!」


「もう……なんですか?」


 呆れた顔で聞き返してきた母上。

 ここは覚悟を決めるしかない……。


 何か考えろ……!何か、何か無いか!?

 私には既に将来を誓ったクローディアという人がいるとか……いやダメだ!私は未だに王宮から一歩も外に出ていない。それに明らかに女の名だ。


 激しい訓練のせいで子供の産めない身体になってしまったとか……いや、ありえないな。

 子供が産めなくなる程の怪我を負った日にはアルベールが発狂するに違いない。報告も何も無いという事は、子供を産むに足りる体だと自ら証明しているようなものだ。


 ぐっ…………ここは仕方が無い。禁断の告白をするしか道がない……!


「母様。私は……実は…………」


「実は?」



「……………………女が好きなのです」



 我らが母上が初めて演技を忘れた瞬間だろう。

 その顔は、驚愕に染まり、口元は見た事が無いほど引き攣っていた。





 〜Side:アナスタシア アストリア王国第二王妃



 ここ数年で初めて、表情を取り繕うことができなかった。



 私の産んだイザベラはとんでもなく賢く、途方もない努力をし、誰もが追いつけない功績を残している。

 魔術という概念を発見し、魔法研究の第一人者であるエヴァン様に魔力について教え、双子のアルベールを現最強(ソロン)に匹敵させるまで育成させたその輝かしき功績は他の追随を許さないだろう。


 そんな完壁に思えるあの子に足りないのは、人の悪意を感じ取る能力だ。

 そう、思っていた。


 異質な魔力を持ち、異様な頭脳を持ち、異常な剣術を習得しているあの子は、年齢から考えると信じられないほど大人の影を感じる。


 既に()()()()()()()()()()()と思わせるアルベールへの指導は、私から見ても鬼気迫るものだ。


 あの子は本気で何かを守ろうとしている。


 ただ、人の悪意には鈍くなる。

 化け狐とのやり取りは特に顕著にそれが出ていた。


「頭脳労働は苦手なんです」


 そうあの子は言っていたけど、本当は違う。

 人の悪意に気づけないほど、愚かじゃない。


 気づいてる、でも無視してる。

 より正確に言うなら、()()()()


 でも、それは大したことでは無いと言うかのように気にしていない。

 ミネルヴァとの駆け引き、あの子に叱りはしたけど結果は悪くないものだった。


 よく考えれば分かるし、分かる力もあるのに分かっていない。

 それは、人の悪意をものともしない圧倒的な()があるから。


 ソロンも、化け狐も、それにユリウスも、あの気に入らない宰相も、ルベリオのお馬鹿さん達も。 

 私とアルベール、おまけのエヴァン。

 それ以外の全員があの子の力を侮っている。警戒はしているし、対策もしているかもしれないけれど、あの子には何の妨げにもならない事を分かっているつもりで分かっていない。



 あぁもしかして。

 あの子、この世界にあまり興味が無いのかしらね……。



 もしくは、つまらないからあえて自分を追い込んでる。

 尤も、あの必死さはつまらない故の努力とは思えないのだけれど。

 ……信じられないことに、()()()()のかもしれないわ。



 学園に行けば成長が遅れると思っていたから、行く訳が無い学園の情報収集を怠っていた。

 結婚なんてしたら剣が振れなくなるから、婚約者を見繕っていると()()()()()時にあんなに慌てた。


 女が好きなんて、言うとは思わなかったけれど。

 ふふ、面白い。



 あの子は本当に、面白い。



 そうね、婚約者を本当に用意してあげようかしら。


 あんな()()()()な子供をウチの大事な子に押し付けようだなんて、お礼に凡愚のサリアを頭から捻り潰してぐちゃぐちゃにしてあげようかと思ったのだけれど。


 使えそうだわ。


 アルベールは少し嫉妬してしまうかもしれないわね。

 あの子については、ユリウスとじっくり話し合わないといけない。



 イザベラ、期待の子。私の希望の光。



 私もね、この世界がつまらないのよ。



 早く壊してくれないかしらね……。


 

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