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セラフィエルの憂鬱  作者: 笑顔猫
幼少期編
10/22

第10話 第一王妃ミネルヴァ

 

 ソロンとの対談から数日後、ミネルヴァと話し合いをする場を設けてもらうことができた。

 そこはソロンに感謝だな。ついでに隣で話をしてくれるようだ。私一人では不信感を与える結果になりかねん。



「お久しぶりです、義母様」


「えぇ、一年前に会って以来かしらね」


 ミネルヴァは落ち着いた様子だった。

 第一王妃らしく、凄まじく綺麗な女性だ。私の母上とは異なり、キリリとした眉毛に迫力のある目つき。

 えらく整った鼻筋に柔らかく膨らみのある胸。


 ソロンの母親という事を感じるいい瞳だ。


 もう三十代だと思うが、その美しさは一つも失われてはいない。今もユリウスの寵愛を受けているだろう。


 ユリウスが私たちに会っていなかったのはこの美しさに本当に夢中になっていた、などというオチではないだろうな?


 まぁ、そんなことは置いておいて、さっさと本題に入ろう。世間話をする仲でもあるまい。


「ソロン兄様から聞いたことかもしれませんが、改めて申し上げます。私とアルベールには、王位を継ぐ意思はありません。監視は必要ありませんし、身の危険を感じる必要もありませんよ」


「……」


 やはり訝しんでいるな。

 だが、我が弟アルベールの為にもここは気張らねば。


「母上、イジーの言う事は全て事実ですよ。ソロンが保証します」


 ミネルヴァは目を細めた。


「それを「はいそうですか」と受け入れるほど私の心は綺麗にできていないわ」


「そのようなことは……」


「あるのよ。口先だけの約束を受け入れるなんて、そんな馬鹿な真似は私にはできないわ。イザベラ、分かったなら帰って頂戴。話は終わりよ」


 取り付く島もないな。

 だが、私も引いてはいられない。


 それに、私との対談をそのような態度で打ち切るなど許すものか。この対談はお前が思っているより深い意味を持つぞ。


「ならば、王位継承権を放棄しましょう」


「!!」


「イジー!それは!」


 何度も言うが、私は王になるつもりは無い。そもそも、強くなる上で帝王学の勉強など邪魔でしかない。


 このように無駄な言い争いなど、私達はしてる場合ではない。


「義母様、私は洗礼された騎士のように強くなりたいのです。王など目指している暇はありません。そのような面倒なことはこのお馬鹿のソロン兄様にお任せします」


「イ、イジー……」


 私がソロンを阿呆だと勘違いしている前提で話をした方が上手くいくだろう、ソロン。

 捨てられた子犬のような顔をするな、気色が悪い。


「……なぜ、強くなりたいの?」


 お、食いついてきたな。話を聞いてくれそうだ。


「アルベールが、そう望んだからです。手の届く全てを守りたいと、幼いながらも真剣な顔で誓いました。私はそれを支えたい」


 継承権の放棄など大したことでは無い。


「義母様。確かに私は異質な存在であり、不気味に映ることもあるかもしれません。しかし、アルベールは違います。あの子は純粋に全てを守ると誓っています」


 ミネルヴァは真剣な顔で視線をこちらに向けている。


「王位継承権の放棄は、義母様への敵意が無いことのアピールというだけではありません。これから大きく成長していくアルベールの重過ぎる足枷を取り除く事が目的です。それを、この件を通じて利用しているに過ぎません」


 真意を見極めようとしているミネルヴァ。

 そんなに見つめるなよ、照れるだろ。


 しかし、いくら掘り起こしても何も出ないぞ。私は本心で言っているのだからな。


 それに、大き過ぎる権力は私の足枷でもある。そもそもの私の目的は、セラフィエルの打倒だ。このまま王族としての生をそのまま全うするつもりは一切ない。

 今のうちから己の体を鍛え、心を鍛え、魔力を鍛え、弟を鍛え、戦術眼を鍛える。そうでもしないと、私のあの黒い魔力を自在に操りセラフィエルと対等に戦うことなど出来やしない。


 今世の私は前世に比べ、身体的な長所が無い。前世より大きな努力が必須だ。

 王族として王位を争うなど愚の骨頂だ。


「……本心で言っているようにしか見えないわね」


「それは、本心だからでしょう。一度信じてみては?」


 ソロンは私に味方してくれている。

 次期国王の言葉だ。無視するには重い言葉だぞ、ミネルヴァ。


 一呼吸の間があり。


「王位継承権を放棄する。その言葉に偽りはありませんね?」


「弟に誓って」


 それと、クロエに誓って。


 あまり表にしていないが、私の心の底では怒りや悲しみ、後悔、不甲斐無さ、憎しみなど様々な感情が渦巻いている。意識して抑えていないと、今にも叫び出してしまいそうなんだ。

 それに、今は眠っているが私の心の"アレ"がいつ起きるか分からん。早く成長しなければ私自身が"アレ"に飲み込まれてしまう。


「結構。そのままソロンを連れて陛下にお伝えしなさい。ソロン、終わったあとは確実に私に報告するように」


「分かりましたよ、母上」


「もちろん、アルベールも連れなさい」


「はいはい」


 目付きがより鋭くなったな。ユリウスの前ではどういう態度になるんだろうか。

 一人の男として興味が湧きかけるが、考えるのを辞めた。身内の母親に対して無粋な真似はすまい。




 これでミネルヴァとの対談はひとまず終わったが、話し合いが行われた部屋を出た後に一つ、気づいたことがあった。

 ミネルヴァとの駆け引きにおいて、王位継承権の放棄という特大カードを初っ端に持ち出し場を速やかに流した私だが、これはミネルヴァによって引き出されていた、という視点だ。


 序盤、私の言い分はソロンの言葉があったとしても受け入れられる様子は無かった。

 聞く耳を持たないミネルヴァに、私は少し怒りを持って反発するかのように特大カードを持ち出した。


 あれは、切り札を早々に出させるためのミネルヴァの武器だ。今思えば、継承権の放棄以外にも説得できる材料はあった。

 監視を続けてもいいから邪魔をするなだとか、ユリウスに言って注意してもらうだとか、ミネルヴァの実家に直談判するだとか。

 遠回りだが、確かに異なる対応は取れた。

 だが実際は王位を捨てる重大な選択肢を早々に引き出されてしまった。


 最後の「一度信用してみては?」というソロンの言葉はちゃんと聞き入れていた。やはり初めの突っぱねる言い方はペテンだ。少なくとも私の言い分は元々理解していたし、そもそもの話、ソロンの監視は息を潜めていたハズだ。


 私たちが王位に興味が無いことに薄々勘づいていて、直接会って確信を持ったが念の為継承権を捨てさせたな。


 ……やられた。


 やはり私にはこういったことは向かないな。クロエのサポートがあってこそ私は王として君臨し続けられたのだと今更ながら感じるよ。


 化け狐か……。

 母上がそこまで()()している理由の一端を垣間見たな。


 アルベールを迎えに行く道中、私は言葉を零した。


「ソロン兄様」


「うん?なんだ?」


「やはり私は交渉事がどうにも苦手なようです」


 ソロンは苦笑いした。

 こいつ、気づいていてあえて何も言わなかったな。


 これも策略だ。ソロンが私の味方であると思わされた。


「これから嫌になるほど上達するぞ」


「憂鬱です」


 やはり騎士はいい。剣を振るっているだけで役目を果たせる。私も王となった後も朝起きて剣の型をなぞり振るっていた。混沌渦巻く魑魅魍魎共の住処である王宮などに、私の居場所は無い。


 アルベールよ、期待している……。姉はダメだ。



 それからアルベールを連れユリウスに継承権放棄を伝えた。大層驚き、逆に「考えさせてくれ」と言われてしまった程だ。

 確かに、四歳が継承権を放棄するなどそこまで重要事だと理解していない可能性が高いからな。

 国王としては慎重に判断するべきだろう。


 翌日、母上にも継承権放棄の方向で話がまとまったことを伝えた。話し合いの内容を詳細に報告したが。


「相手が何を求めているのか、慎重に見極めながら交渉しなさい。あなたの言う通り、継承権放棄の話を持ち出すのが早過ぎます」


「はい」


「手札を出すのが早過ぎると、更なる要求をされる可能性がありました。ギリギリまで迷った挙句、絞り出すかのようにして元々の手札を出しなさい」


 四歳児に言うアドバイスじゃあないだろう。

 我が母上は全くもって容赦がないな。


「ただし、結果としては上々です。私も権力を求めているわけではありません。あなた達二人が、やりたいことをやれるように立ち回りなさい。期待していますよ、イザベラ」


 お、なんだ?

 随分とご機嫌だな。母上が私と二人きりの時に微笑むなど今まで無かったことだ。

 確かに今日は張り手が飛んでこなかった。私たちが王位を継ぐ資格を失ったことに喜ぶ理由があるのか?



 ……あぁ、母上もユリウスと会えていなかったのか。

 それは、申し訳ないことだ。


 母上とユリウスは政略結婚ではない。王族には珍しい恋愛結婚だ。

 だからこそ、政略結婚のミネルヴァは家格で劣る母上の力を侮ることは無かった。ユリウスが母上を優遇する可能性は十分考えられる。

 私たちを警戒する理由はごまんとあった訳だ。


 まだうら若き母上が最愛の人と結婚までしたのに、早々に権力闘争に巻き込まれ、逢瀬を重ねられなかった。

 その感情は、激情家の母上にとって許容し難い熱を持っていただろう。



 まぁ、なんだ。



 新しい妹でも弟でも、私はどちらでも構わないぞ、母上。


 

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